page3 初陣
「新入りの調達者に武器を渡せってわけね」
「そういう事」
学校基地の外れにある武道場。
そこは夥しい量の凶器と、一人の怪しげな男だった。
「あ、俺は黒金っす」
「アンタ、サラちゃんと同じ十八だろ? 俺も同い年だから」
「お、おう......」
登山用の帽子を深く被っているせいで表情が口元しか読み取れない。
ただ、好意的っぽいのは嬉しい。
「それで、武器は何にする? 拳銃は生憎売り切れだがね」
「何にする、と言われても......」
そもそも調達者になるのも成り行きだし、どういう武器がいいかも分からないし......。
助けを求めて白珠の方を向くも、彼女はナイフの置かれた机をまじまじと見ているだけだ。
数秒固まってたら、何かを察したのか武器屋が語り掛けてきた。
「アンタ、昔のサラちゃんに似てるな。そういう迷いとかも含めて」
「え?」
俺が? 白珠と似ている?
「自分が置かれた状況に理解が追い付いてないんだろ?」
そりゃそうだ。
訳も分からずこんなゾンビまみれの世界に飛ばされて、いきなり戦えって?
たった昨日まで普通の高校生だったんだぞ。無理に決まってる。
「だけどさ、この世界はそんなもんだぜ? いつ隣人を失うか分からない中で、皆それぞれ戦ってる。
調達者だけが危険じゃない。農家だって自分たちの食い扶持を繋ぐため必死だし、エンジニアはライフラインの整備を命懸けで行ってる。かくいう俺も、お前ら前線の支援役だぜ?
今ゾンビが雪崩れ込んじまえば一瞬で壊滅なのにな。それでもやるんだよ。
生きるという事は前を向いて歩くってことだ。いつの時代も、それは変わらんと思う。
それでも気に入らんというなら、何か目標を見つけるんだな」
「目標......」
武器屋の言うことは正しいと思う。
多分この世界で俺一人が逃げ出したいと思っているのだろう。
だけど、この世界は同い年の彼らだって汗水垂らして働いてる。
俺一人だけ、なんてことは許されないんだ。
戦って、生きる。
生きるために、戦う。
せっかく貰った第二の生だ。俺はこの世界でも生き抜いてやる。
「お、ちゃんと決めたようだな。さて、武器どうする?」
にやりと笑って、先ほどの会話なんて無かったかのように武器屋が腕を組んだ。
★★★
「さて、今日は監視班からの討伐依頼だ」
一夜明けて、俺は基地の出入り口に他の調達者達と立っていた。
昨日の荒川さん。
狙撃銃を持った人。
フードを被ってブツブツ呟いてる人。
爪になんかつけて妙なポーズをとり続けているメガネの人。
サングラスを掛けたムキムキの黒人。
なんというか、皆癖が強い。
あと、結構若い。黒人だけは歳食ってそうな感じするけど。
「黒金君、良い武器もってんねー」
荒川さんは金髪だしチャラいしでだいぶ癖強い寄りの人のはずだが、他が凄いせいで霞む。
「荒川さん。昨日武器屋で後払いで買いました」
俺が使うのは先端がナイフ状になっている槍。薙刀とか、グレイブとかいわれてるやつだ。
勿論いざという時用にナイフも装備している。
「サラちゃんは?」
「着替え中らしいっす」
「呼んだ?」
俺の背後からぬっと白珠の首がのびる。
銀色の髪が鼻にかかってこそばゆい。
「討伐対象としては普通のゾンビだ。制圧エリアに群れを成してるらしい」
俺たちの会話を無視してボスが話を続ける。
「制圧エリア?」
「ゾンビを狩りつくしたところ。昨日私たちが出会った住宅街だと思っていいわ」
昨日のゾンビは制圧エリアに出てきた奴だったというわけか。
「敵数は確認できる範囲で八匹。大体一人一匹倒しゃいい」
「なるほどな」
俺も一匹倒さなければいけないのか。
分かっていたこととはいえ、緊張で思わず手のひらに汗が溜まる。
「あ、黒金。お前にこれ渡すの忘れてた」
ボスが黒いワイヤレスイヤホンらしきものを投げてきた。
片方しかないと思ったが、どうやら違うっぽい。
「無線通信機だ。耳から外すなよ。それじゃあ、全員出撃!」
★★★
「もう二人いないんだけど。大丈夫なのかこれ」
一人は全くの逆方向に、もう一人は単騎で駆け出して行った。
あっという間に五人になった中、最後尾の俺は前の白珠に話しかける。
「最上川さんはスナイパーだから高台に向かって別行動。穂村くんは爆弾魔だから単独特攻で大丈夫」
「爆弾魔に大丈夫な要素が無いんだが」
なんでそんなイかれた奴が基地にいるんだよ。
確かにそういう人は戦いとか好みそうな気はするけども。
「そういえば、白珠はなんで調達者に入ろ......」
ズドォォォォン!!!
突然、耳を劈くような轟音が鳴り響いた。
「穂村の爆弾! 総員警戒態勢!」
あーなるほど。
穂村という爆弾魔の戦闘音が合図になるから特攻というわけね。
「......どのみち危険では?」
音と煙のした方に向かうと、そこには一人の男と黒焦げになったゾンビの死骸があった。
「穂村くん、敵の逃げた方向は?」
「この先の交差点を左に五体、右に二体逃げてった。俺の芸術が決まらないとは不覚だな......」
「よし、黒金くんとサラちゃんは右の方を頼む」
「「了解」」
......芸術?
★★★
「白珠、そっち頼む」
「任せて」
しばらく追って制圧エリアギリギリのラインで見つけられた。
二体とも固まって動いてたらしく、逃しはしなさそうで安心だ。
「ウ”ウ”ウ”ウ”オ”オオオオオ!!!」
「うわっと!」
ゾンビの引っ掻き程度ならよく見ればよけれるが、奴らの体は猛毒。
つまり触れたら即アウトのクソゲーだ。
「ウ”ウ”ウ”ウ”!!」
「ほいっ、ほいっ、ほいっ」
空振りの攻撃を見極め、最小限の動きで捌き切る。
右手からの攻撃は石突で弾き、左手からは刃を突き刺して返す。
初めての戦闘なのに、不思議と頭が冴えている。
不思議と奴の動きがスローモーションに感じるのが、なんだか可笑しかった。
ゾンビがいきなりガパっと大口を開ける。
爪じゃ埒が明かないから噛みつきの合図だ。
来た!
「うおおおおおおおお!!!!」
渾身の力で刃をゾンビの喉奥に突き刺す。
奴らの体は爪と歯以外脆い。簡単に貫通した。
「ゴッッッッ......」
「くたばれこの野郎!」
すぐさま薙刀を再度握りしめ、そのまま水平に一回転。
左頬を切り裂いてからの、遠心力で右頬も切り裂いた。
口を切り裂かれたゾンビは事切れたように動かなくなった。
「やっ......た」
倒した。
俺が、怪物を倒したんだ...。
俺が、一人で......。
「えっ、もう倒したの!?」
ほぼ同時に白珠も撃破したみたいだ。
戦闘に夢中で気が付かなかったが、拳銃からも白煙がわずかに出ている。
「すごい......私の時は初めて倒すのに三ヵ月も掛かったのに......」
「へっ、楽勝だったぜ」
「すごい息切れしてるじゃない」
あ、ほんとだ。
ずっと集中していたから、いつの間にか汗もびっしょりだった。
「あっちももうすぐ終わるみたいだし、私達もいこっ......」
『サラちゃん! 新入り! 聞こえるか!?』
「ん?」
知らない声だ。狙撃銃持ってた人か?
『今すぐ逃げろ! 制圧エリア外からデカいゾンビが来てるぞ!』
「は?」
急に辺りが暗くなった。
おかしい。まだ日没までには時間が......。
「危ない!」
視界が大きく歪み、轟音と共に土煙が巻き上がる。
次に視界が開けたとき、そこには三メートルはあろう巨人と足元で転がっている白珠だった。
「白珠ぁ!」
咄嗟に俺を庇ったらしく、彼女の右足からは血が流れている。
頭も打ったようで気を失っている。内出血してないといいのだが......。
「グオ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォォォォォ...............!」
いや、先ずはこの馬鹿でけえゾンビをどうにかしなくちゃいけない。
交戦か、逃走か。
いずれにせよ、意識不明の白珠を抱えたままじゃ成功率は低いだろう。
通信機で援軍を頼む。
『最上川さん、でしたっけ? 挨拶もせずにすんません、白珠がやられました』
『マジか!? お前は!?』
『俺は守ってもらったんで無事っす。ですが俺一人じゃ無理です。援軍をお願いできますか』
『............』
意味深な沈黙。
嫌な予感がする。
『最上川さん?』
『悪い、新入り。荒川たちの方にも同型とみられる大型ゾンビが奇襲してきた。既に荒川が戦闘不能で、状況はかなりまずい。俺が行ってもいいが、そっちに着くまで十五分はかかる』
十五分!?
一体どこからこっちを見ているというんだ!?
『だから...........悪い、狙撃することしかできない。本当にすまない............』
声に混じってギシギシと歯軋りの音がする。
嗚咽混じりの声に、この人の優しさを垣間見ることができた。
『わかりました。狙撃ならこっちの指示でしてくれるんすね?』
『ああ。狙撃は死んでも外さない』
『それ聞いて安心しました。でしたら、俺と戦ってください』
『勿論だ』
大型ゾンビが眼前で唸りを上げている中、俺は昨日を思い出していた。
武器屋の店主が言ったあの言葉。
〈それでも気に入らんというなら、何か目標を見つけるんだな〉
目標、か。
今の俺の目標は、白珠を死んでも守ることだ。
「かかってこい、クソ野郎」