page28 振り返る奈落
「藤堂さん」
ゾンビ襲撃の知らせを受け、俺達調達者はそれを食い止めるべく校門前に集まった。
流石に欠席者はいるはずもなく、俺とサラで最後だったようだ。
「やっと来たか。説教の一つでもしたいところだが、生憎そうも言ってられん」
既に校門前には道を埋め尽くすほどのゾンビが湧いており、調達者だけでなく一般人の協力をもってしても食い止めるのに精一杯だ。
「俺達はどこに向かえばいいですか?」
「背後を取られないよう校舎の裏、つまり北だな。そっちを二人がかりで頼む」
夏祭りの時も、わざわざ一年かけて警備の薄い場所から攻めてきた。
もし今回もそういった可能性があるのなら、全方位で守りを固めなくてはならないということだろう。
すでに荒川さんと菊池は西、矢田さんは東、そして北西と南東と南西に武装した一般人が一部ゾンビと交戦を開始している。
藤堂さんと穂村は一番数が多いであろうこの南を担当するらしい。
「もし何かあったら俺が指揮を出す。俺が死んだら最上川だ」
最上川さんは既に校舎の屋上に陣取って狙撃を開始している。
一般人にも手伝ってもらってはいるが、やはり狙撃の性質上殲滅力が足りない。
このままでは突破されるのも時間の問題だろう。
「分かりました。ですが死なないでくださいね」
サラの言葉に、藤堂さんがフン、と鼻息を鳴らした。
「俺を誰だと思っている? お前らこそ、こんなところでくたばるんじゃあないぞ」
★★★
「ヴヴヴオ”オ”オ”オ”オ”オォォォォォ!!!」
一体。
「ヴオ”オ”オ”!!」
一体。
「ヴオ”オ”オ”オ”!!」
また一体。
「くそっ、斬っても斬っても埒が明かねぇな!」
初めから分かっていたことだが、敵の数が異常に多い。
十秒に一体のペースで斬り続けているのに、一向に光明が見えない。
「もう五〇〇体は殺してるんじゃないのかよ!」
さすがに誇張したが、それでも三桁は優に超えた数を斬り伏せているのは事実だ。
勿論俺一人で殺した数だ。サラのを含めればもっと多い。
「流石に相当な数がいるとは思ってたけど...ちょっと異常ね」
「だいぶ異常だぞ」
これだけのゾンビが何故一切気づかれずに襲撃できたのか、と薙刀をふるいながら思考を巡らせる。
普通に歩いてきたのなら足音なり腐臭なりで絶対気づく。そもそも前日のパトロールではこの大人数を一切確認できていなかったわけだし。
いくら足が速いとはいえ、何キロも離れた場所から走ってくるなんてことは無いはずだ。
人間をゾンビに変えて不意打ち、というのもゾンビモノのサブカルではおなじみだが、この世界のゾンビにそういった習性はみられない。
出血と猛毒で死に至ることはあるが、今までゾンビになった元人間は見たこと無い。だから基地内部からの発生というのも考えにくい。
ならば姿かたちを変形させて潜ませていた?
無くはないだろうが流石に無理がありすぎる。突然変異個体がいることを考えれば0%ではないだろうが、これだけの数が全員突然変異なんて考えたくもない。
ただ、『潜ませていた』場所によっては通常種でも襲撃ができる気がする。
ここから遠く離れた場所...は間に合わないだろうし違う。
その辺の放棄された民家なら数体は隠せるか? いや、隠せたとしても臭いで見つかる。もって数体の潜伏が限界だろう。
『臭いのある生き物』を『誰にも気づかれず』に『一時保存できる場所』があるはず。
となると————――。
「地下か!」
ゾンビで埋め尽くされる視界の中、ボゴッ、と前方の地面からゾンビの腕が生えたのが一瞬確認できた。
「京平、何か気づいたの?」
「ゾンビの居場所。アイツら地面から湧いてやがる」
一時間以上ゾンビを斬り続け、夜目にも慣れてきた段階でようやっと気づくことができた。
恐らく地上に上がるタイミングと場所は適当ではない。なんせここまで誰も気づかなかったのだ。
最初は近くの民家などから地上に出て、頃合いを見て襲撃開始。
その後流れの波が尽きないよう適度に残数を出しながら、俺達が疲弊するのを待っているのだろう。
夜という環境下、そしてゾンビ自身がゾンビが出てくる事のカモフラージュになっていたというわけだ。
「うおっ、あぶねっ!」
「話すのは良いけど油断しないでね」
出てくるゾンビは大半が雑魚だが、時折足が速かったり武器を持ったゾンビがいる。
突然変異、とまではいかないが、こいつらのせいでゾンビを捌くペースが乱されるので非常に邪魔だ。
「サラ、少し前に出てくれ」
「通信と休憩したいから俺の負担を減らしてくれってこと? いいけど多少漏れてくる分は自分で処理してね」
「ああ。サンクス」
『前に出ろ』の一言だけで意図を読み取ってくれるのは嬉しい。
サラの疲労具合をみると数分程度が限界だろうが、今はそれで十分だ。
『藤堂さん、俺です。ゾンビ共は地面に隠れてました』
先程渡された通信機で反対方向にいる藤堂さんたちに連絡を取る。
『ああ。俺達もついさっきそれに気づいたところでな。穂村の爆弾で地面ごと削り取っている。アイツの隠し部屋に爆弾が大量に置いてあるらしいから、基地住民に持ってこさせてる』
『ああ、なるほど』
確かに、地面ごと吹っ飛ばすなら穂村の爆弾はうってつけだろう。
ゾンビの殲滅にも相性はいい。
そしてさらっと言ったが穂村の隠し部屋とは何なんだ。
そんな部屋一度たりとも見た記憶がないが、基地の中にそんな物騒な部屋があったのかよ。
『だが、地下に潜んでるとなると一つ疑問が浮かぶ』
『何がです? ...おっと、あぶなっ』
通信に集中しすぎるとゾンビに対応できなくなる。
頭を並列思考で回すことを意識しなければ。
『地中から攻めれるなら、何故基地の外から這い上がってくるんだ? 基地内に出たほうが効果的に攪乱できるだろうに』
言われてみれば確かに。
何かに地表が覆われてたら這い上がれないのだろう、と思っていたが、見てる限りだと普通にアスファルトやコンクリートの中から出てきている。
つまり基地内に出るのは不可能ではない。じゃあなぜ、外からの襲撃という形で攻めてきてるのか。
『......時間差で内側から湧いてくるんじゃないですかね?』
『それは考えたが、俺達がそれに気づかないほど馬鹿だと思われてるのか?』
ここで俺達が基地内部に通信すれば、住民は泡食って二階三階へと上がるはず。
そうなれば狙う範囲は狭まるだろうが、襲うのが難しくなる。
内側から湧くにしてももう少し早めに湧いた方が効果的だったろうと思う。
襲撃開始から三十分後くらいなら守り切れなかったと思われるが、ある程度処理に慣れてきた今なら援護含めて防衛はやりやすいはず。
『じゃあ、あえて遅らせてる理由があるってことですか?』
『っと...俺はそう見てる。例えば基地内に裏切り者がいて、頃合いを計っているとかな』
あんな凶暴な屍共とコミュニケーションを取れる人間がいてたまるか。
そんな言葉が口を突いて出そうになったが、ブルーとかいう先例に出会ってしまった以上何も言い返すことができなくなっている自分に苦笑したくなる。
『頃合いって...襲撃直後以上にベストな頃合いってあります?』
『俺達の疲弊を狙ってるのかもしれん。外の陽動に体力を割かせた後、背後からの一撃を狙うとか』
『じゃあ後ろ側も警戒しとけば充分っすね』
通信の間も斬り続けていたこともあり、ゾンビを捌くのにも余裕が出てきた。
これなら背後への余裕も残しながら立ち回れそうだ。
『つーか穂村の爆弾持ってくるの遅くないっすか? そんなに変な場所に置いてあるんですかね?』
『む、言われてみれば確かに遅いな。何か手こずって——————————』
刹那、夜だというのに俺の影が眼前にくっきりと映し出された。
その瞬間、耳を劈くような轟音と背中越しでも火傷しそうなほどの熱気。
窓ガラスが割れていく音、
耐震用の柱が崩れ落ちゆく音、
さっきまで戦っていたゾンビが蜘蛛の子を散らすように逃げていく音。
頭の中が真っ白になる感覚。
僅か数秒の間に起きた出来事のせいで思考が回らない。
なんだ?
何が起きた?
「...なんで基地が燃えているんだよ」
俺の目の前に、かつて建物であった何かが燃えていた。




