page26 サラの特別訓練②
謎の特訓が終わった次の日。
「これが次の特訓ね」
いつもの空き教室で昼寝でもしようかと思ったら、サラが机の上に何かを広げていた。
「特訓って一つだけじゃなかったのかよ」
「当たり前でしょ。あれだけで一か月後ブルーちゃんに勝てるとでも?」
「いや、そうは思わないけどさ」
俺が返事を渋った理由。
それは机上に敷かれたものに一抹の不安を覚えたからだ。
「それって雀卓だよな? もしかして次の訓練ってのは麻雀のことか?」
「そうだけど?」
何当たり前の事聞いてんだ、という顔でサラが俺に視線を向ける。
そんなにおかしなこと言ったわけじゃないと思うのだが...。
「麻雀っていうのはね、相手の牌を予測しつつ自分がいかに綺麗に上がれるかを競うゲームなの」
つまり並列思考能力を鍛える訓練、とサラは主張しているわけだ。
確かに攻撃を捌くだけでは意味無いし、むやみやたらに攻めたとしても勝機は薄い。
相手の動きを予測しつつ、いかに自分の択を通せるかが重要なのだ。
そしてその見極めは戦いの中でしていかなければならない。
そのためには相手と自分両方に注意を向けつつ、リアルタイムで作戦を立てながらそれを実行に移していく必要がある。
言いたいことは分かる。やりたいことも分かる。
だけどこれ、ゾンビとの戦闘の方が鍛えられるのでは?
そもそもじっくり考える時間のある麻雀と油断してたら殺されるゾンビ戦とじゃ鍛えられる脳機能に大きな差があると思われる。
それともう一つ問題が。
「俺、麻雀のルール知らないんだけど」
ド素人の俺からすれば、中国発祥の複雑ルール系ギャンブルという印象しかない。
一度バイト先の上司からルールを教えてもらったことはあるが、専門用語が多すぎて良くわからなかった覚えがある。
「それは大丈夫。私が知ってるから教えるね」
何で知ってんだよと思ったが、そういえばこいつは前世をしっかり生きてたんだった。
それだけ生きてりゃルールに触れることもあるか。
(麻雀のルールはちゃんと読まなくても大丈夫です)
「全部教えてたらキリが無いから大事な奴だけ教えるね。
まず、麻雀でよく見るこれ。なんか数字とか緑色の何かが刻まれてるやつ。
これを牌と呼ぶの。
麻雀はこの牌を十四枚揃えて点数を貰うゲームね。タンヤオとか聞いたこと無い?
そして十四枚の牌を揃えるといっても、当然適当じゃダメ。
揃え方はざっくり言うと二通りあって、
一つ目が同じ牌を三つ揃えたもの+同じ牌を二つ揃えたもの。
二つ目が連続する数字を三つ揃えたもの+同じ牌を二つ揃えたもの。勿論例外はあるけどね。
連続する数字、というのは一、二、三っていう事。
そして麻雀の初手は十三枚からスタート。
勿論最初から組み合わせが揃っていることはそうそうないから、一ターンに一度山から牌を一枚引いて自分の牌を一枚捨てるの。
これを繰り返して、自分の手札を良くしていく。そして最終的に上がって点数を得るというのが麻雀の基本的な流れ。
どう? 分かった?」
「質問。さっき連続する数字を揃えるとか言ってたけど、この『東』とか『中』とか書かれてる奴はどうすんの?」
「東南西北白発中ね。それは連続する数字が無いから、三つ同じのを揃えるしかないよ。国士みたいな例外はあるけど」
「じゃあ揃えるのが他よりむずいから、早々に捨てとくのがいいのか」
「基本はそうなんだけど、麻雀にはポン、チー、カンというシステムがあってね。鳴くと呼ばれてるんだけど。
簡単に言うと相手の捨て牌を奪えるの。
ポンは同じ数字を揃えるために捨て牌を奪う事。
チーとカンにも同じことが言えるけど、宣言した後に揃えた牌を右端に寄せておく必要があるわ。
寄せ方は誰から奪ったかで変わるけど......まぁそれはいいや。
寄せた後は自分の牌を一枚捨てる必要があるから忘れないように。
チーは連続する数字を揃えるために捨て牌を奪う事。
上家......つまり自分の直前の番の人からしかできない行為だから気を付けて。
これも寄せた後、自分の牌を一枚捨てないとダメ。
カンは同じ牌を四つ揃える事。これに関しては自分だけでも宣言できるし、ポンした後に牌が来たらカンに変えることもできる。
これのメリットはドラが増える事。つまり、上がれた時に貰える得点が多くなるってわけ。勿論敵の得点も増えるから、むやみにカンするのはやめた方がいいわ。
寄せた後は山から一枚引いて、一枚捨てるいつもの手順が必要よ」
「ん? そのシステムがあるなら鳴きまくれば早く上がれるし得じゃね?」
「鳴きにはメリットもあるけどデメリットも多くてね。
メリットとしては、単純に上がりが早くなる事。
それによって相手にプレッシャーを与えられるのも大きいかも。
あと、麻雀ではあと一か所揃えたら上がれるってなった時に『リーチ』っていうのがあって、千点出して宣言した後は引いた牌をそのまま捨て続けなくちゃならない代わりに色々メリットがあるシステムなんだけど、一度でも鳴いたらそれはできなくなるの。つまり相手からすればどこまで揃えてるのかわからない。
それもメリットになるかもね。
デメリットとしては、さっき言ったリーチができなくなる事。
そして上がれても得点が安くなりがち。鳴くことで成立しなくなる揃え方とか、得点が安くなる揃え方とかがあるからね。
それと守りが弱くなるのもきつい。鳴きっていうのは自分の牌も二枚三枚寄せるわけだから、当然自分の番で捨てれる牌も少なくなる。
色々説明したけど、初心者は無理に鳴く必要性はないと思う」
「ふーん......複雑だな」
一話の半分くらい使ってもらった割に内容はそんなに入ってこなかった。
とはいえ昔の上司からの説明よりかは格段に分かりやすい。
「長々と説明したけど、一回試しにやってみようか。入ってきていいよ」
サラが廊下に向かって大声を出すと、ガラガラとドアが開かれた。
入ってきたのはお馴染みの武器屋もとい蓮堂勇次と、『spirits of gray』のギター&ボーカル&リーダーを務める古村凛花。
「久しぶりに麻雀ができるかと思ったら一人は初心者かよ」
「やっほー、久しぶりに暇ができたから来たよ」
初心者相手も容赦なく叩き潰しそうなのが武器屋、ただただ仲間内で麻雀を楽しもうと思ってそうなのが古村。
というかこの二人が麻雀経験者なのは意外だった。武器屋はともかく、古村はやってるイメージが全く湧かない。
「じゃあはじめよっか。順番の決め方は存在するけど、面倒だし私からでいい?」
「別にいいぞ」
★★★
「......なぁ、一つ聞いていいか」
「なに?」
「なんでお前ら俺からしか点取らねぇの?」
現在の得点は高い順に、
古村:五五〇〇〇
サラ:三四〇〇〇
武器屋:二六〇〇〇
俺:五〇〇〇
という状況。つまりボロ負け一歩手前。
最初は上級者相手だから多少遅れを取るのも承知の上だったが、ここまでコテンパンにやられるのが続くとなると話は違ってくる。
ちなみにこれ、既に三回ほど俺の得点がマイナスになって負けている。
「お前がロン牌ばっか捨てるからだろ。ちゃんと読め」
「どう読めってんだよ、こんなん運ゲーじゃねーか!」
「初心者は上がる事だけ考えちゃうから仕方ないよ。とりあえず、リーチ掛けた人がまだ出してない牌とか、持ち牌のどこから出したかとかで出しちゃいけない牌を予測してみるのがいいよ」
カスみたいなことしか言わない武器屋と違って、古村のアドバイスが胸に刺さる。
基地内屈指の人格者は伊達じゃない。
「じゃいくよ。京平もこれくらいなら全然逆転できるから頑張れ」
「他人事みたいに言いやがって」
逆転できる、とは言われたが、一位と五万点差ある時点で余程いい上がり方をしないと逆転は難しそうだ。
ここは一位は捨てて、二位か三位に食い込む方法を考えなければならない。
二位のサラとは二九〇〇〇点差、三位の武器屋とは二一〇〇〇点差。
俺が親だという事を考慮すると、そこまで絶望的ではなさそうだ。
さっき古村から貰った簡易版点数表と照らし合わせると、大体満貫(一二〇〇〇点)以上を直接ロンで奪い取れば十分勝機はある。
★★★
「...あ、ロン」
「え?」
十数分後。
最後の最後でようやく上がることに成功。
直撃したのは武器屋じゃなくてサラ。
本当は武器屋が良かったが、流石に対局が流れるよりかは誰かに当てたほうがマシだと思う。
「何点か分からんから計算してくれ」
とにかく上がりたかっただけなので、赤ドラがあるとはいえ多分碌な点数にはならないとは思われる。
俺の見立てだと満貫取れたら万々歳、という感じだ。
「えーと...リーチ、一発、タンヤオ、赤ドラ、裏ドラ...一八〇〇〇点だね」
あ、裏ドラ忘れてた。
「ん? それじゃあ......」
「サラちゃんと京平の順位が逆転するね」
「え?」
サラの動きが固まった。
「おい白珠。初心者になに負けてんだよ」
呆れ半分、冷やかし半分といった口調で武器屋がサラを煽る。
一応言っておくが、最終的な点数でいえば俺と武器屋に大した差はない。
そしてサラの方はというと、今にも泣きそうな顔でわなわな震えていた。
余程自信があったのか、それとも得意な種目で運負けするのが嫌いなのか、或いは単純に負けず嫌いなだけか......。
古村が背中をぽんぽん叩いて慰めていたが、一位の彼女がやったところで煽ってるようにしか見えない。
「いや、麻雀なんて運ゲーだし。こんなの偶々だし」
「俺と同じこと言ってるじゃねーか」
「とにかく、次は負けないから。もう一回ね」
......結局こいつ、自分が麻雀やりたかっただけじゃないのか?




