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page25 サラの特別訓練①

夏もすっかり姿を消し、いつの間にか秋風が肌にしみるようになった頃。

俺は雲一つない晴天を仰いでいた。


「......いい天気だな」


「なんで現実逃避してんの?」


さっきから後ろに立っているサラが俺の視界を手で塞ぐ。


「いや、こんなふざけた遊びが訓練とか言われたら天を仰ぎたくもなるだろうが」


俺達はつい先日、知性を持つゾンビであるブルーと遭遇した。

『ゾンビを未だ作り続けている研究所』を破壊しその黒幕を打ち倒す事を目的としている俺達にとって、彼女は研究所の在処を知っている唯一の人物。


だが、似た目標を持っているであろう彼女は『強い仲間』を欲していた。ならばと思い二人がかりで勝負を挑むも惨敗。

とはいえ一定の価値は認めてもらえたようで、しばらく近辺に滞在してもらえることになった。

再戦は一か月後と期限を決め、俺達は更に強くなるための特訓を開始する。


開始するとは言ったが、今まで実戦でしか強くなる機会が無かった俺達からしてみれば、強くなると一言に言ってもその方法がまるで分らない。

ところがサラには秘策があったらしく、その方法を先程説明された。


一旦そこまで時を遡ってみる。


「......なにこれ」


「バッティングマシン。偶々置いてあったのを前に見つけたの」


......どちらかというとピッチングマシンでは?

サラが自信満々にマシンをぽんぽんと叩いているあたり、流石に動作確認はしている模様。


「これと修行がどう繋がるんだよ」


「これで剛速球を打つのが修行だけど?」


自分から聞いといてなんだが、なんとなく予想はしてた。


「......もうちょっと噛み砕いて説明をしてくれ」


「私たちがブルーちゃんに歯が立たなかった理由って、攻撃に反応できなかったことが理由の一つだと思うの」


つまり攻撃に反応して避けきれないから、防戦一方になって負けルートに繋がってしまう。

逆に言うと反応さえできれば躱すも流すも自由自在。攻めのルートを作り出しやすくなる。

その反射神経を鍛えるための修行がこれだとサラが説明した。


......言うほど俺は反応できてなかったか?

サラが早々に戦線離脱したから数の利を失った結果、じわじわと追い詰められたのが前回の敗戦内容だったはず。

確かにブルーの攻めっ気を読めなかったり一対一で勝てなかったことの原因は俺だが、反応自体はできていたような気がする。


とはいえこんなこと言ってても何も始まらないし、せっかくサラが考えてくれた修行方法を無下にするのは可哀そうだ。

第一、何の修行方法も考えてこなかった俺が言えるセリフではない。


そんなことを考えながら天を仰ぎ、今に戻る。


「じゃ、行くよ。まずは一四〇キロ」


一四〇キロというと高校球児の平均的な投球速度くらいか。それなら流石に反応くらいはできるだろう。

打席で構え、マシンを睨む。


高校の帰り道、グラウンドから聞こえた野球部員のピッチング音を思い出す。

そういえばずっと昔、父さんが公園でキャッチボールをしてくれたっけ。


ガコン、とマシンが古ぼけた音を出し、口から球が吐き出された。

確かに速いが、それでも全然目で追える。

手元のバットを握りしめ、ボールを狙って思いきりスイング。


「......あっ」


カキーン、と清々しい音を鳴らし、ボールが真反対へかっ飛んでいく。

野球部用の一五メートルはあろう防球ネットを軽々飛び越え、遥か奥にあった家の屋根にぶち当たった。

十年の時を経て老朽化が進んでいたのか、衝撃で屋根がキレイに抜けてけたたましい音が響いた。


「悪い、バントだけで良かったのについうっかり」


サラの説明では当てて前に飛ばすだけで良かったはず。

昔を思い出したらつい力んでしまった。


「......京平って野球したことあるの?」


「いや、無いけど」


「......前々から思ってたけどさ、貴方運動部ならどこでもレギュラー入り狙えたんじゃない?」


「貧乏高校生が部費を払えるわけないだろ」


運動というか身体を動かすことは好きだが、昔はそんなことしている余裕はなかった。

必死にバイトして、ただ生きる事しか考えてなかったように思う。


「ま、これくらいなら狙ってホームラン打てる自信あるぜ。そういうわけでサラ、お前もやれ」


「あんなもの見せられた後だと自信ないなぁ」


新しいバットを倉庫から持ってきて渡したら、少しだけ嫌そうな顔をされた。なんで?


「じゃ、いくぞー。ホームランとか狙わなくていいからな」


「発言がブーメランすぎない?」


ガコン、と音が鳴り、先程と全く同じ速さの球がサラに襲い掛かる。

流石にこの世界を生きる人間なだけあって、少しもビビる様子はない。


だけどやっぱり、構え方がホームランを狙う人のそれだった。


「うおりゃっ!」


可愛らしい掛け声とともにバットがボールを捉えた。


......が、


「あっ」


俺の時とは軌道が真逆。つまり完全にファウル。

ゆったりとしたフライが校舎へと飛んでいき、やがて窓ガラスをぶち抜いた。


「......あの部屋って会議室だっけ?」


「うん。あ、藤堂さんがこっち見た」


「よし、俺は逃げるからサラ、後は頼むぞ」


「そういえば京平、一昨日貸した昼食代まだ返ってきてないんだけど」



★★★



「......成程、反射神経を鍛える特訓というわけか」


あの後三分くらいで藤堂さんが来た。

勿論烈火のように怒られたが、サラと俺で必死に説明した結果一応は納得してもらえたようだ。


そして俺達の頭には『貴重な窓ガラスを割った罰』という名の拳骨が一発ずつ課せられた。

藤堂さんにしては大分甘い、そして意外な罰だとは思ったが、こんなこと言うともう一発喰らいそうだから黙っておく。

地味なようでこれ、滅茶苦茶痛いです。


「ゾンビ狩るだけじゃつまらないもんね。こういうのもアリじゃない?」


後ろについてきたのは荒川さんと最上川さん、それと穂村。

ちなみにだが、藤堂さん含めたこの四人は全員同い年の同期。割と日常生活でも絡みがあるらしく、調達者(プロキュラー)の作戦会議は彼らが軸となって決めている。


「よし、せっかくだから俺達もやってみようか」


荒川さんと最上川さんは結構乗り気のようだ。


「んじゃ、バッター一番荒川。参りまーす」


俺とサラが先に打ったから正確には三番だが。

倉庫から新しいバットを持ってきた荒川さんがバッターボックスで構えを見せる。

やはり男はホームランを夢見る生き物らしい。


一四〇キロに設定し、マシンからボールが放たれた。


「よっと」


随分と大振りだったが、当たったボールはドライブかかった三塁ゴロ。

その後もう二球ほど打ってもらったが、三塁ゴロ→二塁ゴロ→一塁ゴロで全部似たような打球だった。


「んー、思ったより難しいねコレ」


「これ一四〇キロなんだろ? そりゃあ一朝一夕では打てないだろ」


一四〇キロを安定して打てるのは地味にすごいとは思うが、まあ納得はしないだろう。


「貸せ、俺が芸術的なホームランを打ってやる。さながら爆発のような、な」


「決め台詞っぽくしてるけど普通にダサいぞそれ」


今度は穂村がバッターボックスに。

堂々とホームラン予告した割に、しっかりと準備体操と素振りをやっているのは穂村の意外にマメな性格を表している......のかもしれない。


先程から一切変わらない速度と角度でボールが放たれる。


「とぉらっ」


「ストラーイク。バッターアウト」


キャッチャー役を買って出たのは最上川さん。

そして彼の右手のグローブど真ん中に、ボールがすっぽりと収まっていた。


準備していただけあってフォームはまあまあ綺麗だったとは思う。

だがよくよく考えてみれば、穂村は戦闘では中距離(ミッドレンジ)から爆弾や火炎放射器で攻めるタイプ。つまり反射神経は俺や藤堂さんほど鋭くはない。


「まだ一球目だろうが!」


余程ストライクが堪えたのか、顔を真っ赤にした穂村が次の投球を促す。

しかし後の二球もあえなくストライク。予言通りのバッターアウトとなった。


「フラグ回収乙ww」


ちなみに俺が先輩方の中で穂村だけ呼び捨てにしている理由だが、単純に前の武器を破壊された恨みからきている。

ぶっちゃけもう過ぎた話だからどうでもいいのだが、今更先輩扱いするのもなぁという考えもあって今現在まで呼び捨てのままである。


「クソ......藤堂、敵討ちしてくれ」


「お前の下らん敵討ちに俺を巻き込むな」


そうは言いつつもちゃんと打席に立つ藤堂さんは流石調達者(プロキュラー)のまとめ役だ。

そして彼ならまず間違いなくホームランを打てるだろう。調達者(プロキュラー)屈指の実力者にとっては赤子の手を捻るようなものに違いない。


「じゃ行きまーす」


サラのやる気なさそうな合図と同時にボールがマシンから放たれた。


「ふっ」


皆が見守る中、藤堂さんが選んだのはバントだった。

コツン、と軽い音をグラウンドに響かせ、回転を失ったボールが足元にころりと落ちる。


一瞬の静寂の後、口を開いたのは穂村だった。


「......ずる過ぎない?」


「何がだ? 修行内容はボールを前に飛ばす事。それならバントでもいいだろうが」


「それは...そうなんですが」


そういえばそういうルールだった。

誰もがホームランを打とうと意気込んでいたからすっかり忘れていた。


冷める事すんな、と穂村からグチグチ言われてるが、藤堂さんの空気を読まない姿勢は場合によっては大事だとは思う。

きっと彼もホームランは打ちたかったのかもしれない。だけどそれを堪え、あくまでルール上合格となる最低限を選び、通す。

まるで本来の実力を隠している強者みたいで、ちょっとだけかっこいいと思った。


「えーとまだやってないのは......最上川さんっすね」


全員で最上川さんに目線を向ける。


「......えっと、さっきまでキャッチャーやってたから手が痛くて」


「たった三打席で手を痛める程軟な訓練をしていないでしょう」


冷や汗だらだらで後ずさりする最上川さんの腕を俺とサラで掴む。


調達者(プロキュラー)内の運動音痴と言えば最上川さん。

果たして基地内での訓練で、彼は人並みの運動能力を身に着けることはできたのだろうか。



★★★



数分後。

打席には脇腹を抑えて呻く男が一人。


「......なんでマシン相手に死球(デッドボール)喰らうんだよ」


「オチが意味不明すぎる」

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楽しそうですね~~~(笑)
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