page24 血反吐はいても何度でも
「なるほど、アンタは薙刀が基本武器と。普通の得物と比べてリーチが長い分、機動力や操作性に欠ける。が、途中分解して二本の剣に変化させることで不意を突きながら咄嗟の機動性を確保しつつ、首を確実に斬ることができるのか」
ブルーが地面に刺さっていた薙刀を引っこ抜き、二つに割ったり刃をさすったりして弄ぶ。
「そして、嬢ちゃんはこれと同じくらい長い刀ね。明らかに体格と合ってないから誰かからの貰いもんかな? その割には中々うまいこと使って立ち回れてたが、まぁ慣れないよなぁ」
今度は背後に落ちていた刀を拾い上げ、白刃を指ですーっと撫でる。
思ったよりも切れ味が良かったのか、指から血を出したときは僅かに固まった。
「ま、二人とも武器は悪かねぇよ。武器は」
彼女の眼前で血反吐を吐いて突っ伏しているのが二人。
俺と、サラだった。
開戦と同時に俺が薙刀で突撃。
武器を持っていない以上、ブルーは引き気味に攻撃を受け流して俺の体力を消耗させ、動きが止まったところを刺し返してくると予想。
そこをサラがカバー。数の利を活かし、ブルーに反撃の隙を与えずに封殺するのが咄嗟に立てた俺達の作戦だった。
読み違えたのは、奴の攻撃性の高さ。
薙刀を持つ俺相手に懐へ潜り込んで、逆にこちらを守勢へと持ち込ませる。
サラを含めた二人分の攻撃を捌きつつ、まだ武器に慣れきっていないサラの体勢を崩してからの一撃KO。
有利を失った俺一人の連撃なんて屁でもないと言わんばかりに散々弄ばれた後、普通に競り負けて終わった。
考えてみれば、ブルーは俺らのような普通の人間ではない。
他ゾンビと同じく痛覚が鈍いのだろう。そのおかげで攻撃に対する恐怖心が薄く、常人にはできない思い切った選択肢を取ることができる。
ゾンビに対し、ほんのちょっとだけ羨望の気持ちが湧いたのは今日くらいだと思う。
「おええぇ......」
サラは奴の拳が悪いところに当たったらしく、お腹を抑えて悶えている。
俺はそこまで重症ではないが、ブルーに思いきり背負い投げを食らったので背中が痛い。
「強すぎだろ......」
「ま、ゾンビは身体能力が人間よか強いしな」
確かにゾンビは五感の大部分と知性を犠牲にしている代わりに、基本的な身体能力はかなり高い。
それを踏まえると、ブルーはある意味で俺達人間の上位互換ともいえる存在ではなかろうか。
「とはいえ、アタシに初見で傷をつけたのはアンタらが初めてだ」
「くっそ、馬鹿にしてんのか」
「褒めてるに決まってんだろ」
ブルーが頬の傷を舐めとった。
先程の刃の弄び方といい、彼女は自分の魅力を分かっているような節がある。
実際スタイルはいいと思うが(サラには敵わない)、ゾンビにもそういう気持ちがあるんだなと思うと妙に面白い。
「んで、お前は協力してくれんのかよ」
気持ちいいくらいに完敗したとはいえ、一応傷はつけた。
負けたら協力しないとは一言も言ってないはずだし、むしろ褒めムードに入ってるからこれは協力フラグが立ってるといっても過言ではないはずだ。
「そうだな。協力したいと思えるほど強くはないな」
過言だったわ。
「かといってアンタら二人を手放すのは惜しいな。見てておもろいし」
さっきから思ってたんだけど、こいつは俺達のどこに面白さを見出したというんだ。
余程人間関係に飢えてたのだろうか。
「私達だけじゃそんなにだけど、基地になら私達よりも強い人いるよ?」
ようやく腹痛から免れたサラが会話に入り込んでくる。
...よくよく考えたら女の子相手に思いきり腹パンをかますのは結構な鬼畜じゃないか?
「よし、アタシの部下になってもらおう」
そしてブルーは人の話を聞いてないし。
アタシはアンタらに研究所の場所を教える代わり、アンタらはアタシに絶対服従。
アタシは駒が増えてお得だし、アンタらも目的地に行ける。
お互いウィンウィンだろ、とブルーが説明した。
「は? 何言ってんだお前」
当たり前だが、そんな条件受け入れられるわけがない。
サラも同じ思いらしく、首をブンブンと横に振っている。
「なんでだよ。着いていくモンがあの基地からアタシに変わるだけだろうが」
「ごめん、ブルーちゃん。私たちはあの基地を捨てるわけにはいかないの」
確かに、あの基地内での調達者の扱いは正直言っていいものではない。
だけど、あの基地には仲間がいる。同じ調達者の人たちをはじめ、武器屋や古村に早川。
彼ら彼女らを置いていくわけにはいかない。
「ふーん。あの基地、ねぇ......」
ブルーが顎に手を置き、釈然としないような表情で基地を眺める。
「気に入らないからって基地をぶっ壊そうとか考えるなよ?」
コイツなら他のゾンビと協力して襲撃するくらいは考えそうなので、あらかじめ釘を刺しておく。
ブルーが他ゾンビと対話できるのかは今のところ未確認だが、同じゾンビである以上できる可能性の方が高そうだ。
「するわけないだろそんな事。アタシを誰だと思ってんのさ」
「バケモン」
「まぁいいや。アタシは南の海岸に拠点でも立てておくから、部下になりたくなったらこっちに来な」
コイツたまに人の話を聞かないのは何なの?
「......まるで俺達が部下になることが決まっているかのような言い方だな」
「きっとアンタらは来るってわかってるからね」
それだけ言い残すと、彼女は颯爽と屋根を伝って南へと下って行った。
その後ろ姿と言い、先程の戦い方と言い、まるで嵐のような女だった。
★★★
「結局何だったんだよアイツ......」
その後特に何の収穫もなく一日が過ぎ、今俺達は空き教室で理由もなく駄弁っていた。
夜なので明かりをつける訳にもいかず、月の光だけでお互いを捉えている。
一応正式な寝床はボスによって定められているのだが、俺達含めほとんどの人はまともに守っていない。
大抵は廊下で大の字になって寝転んでいたり、外で凪ぐ夜風をその身に纏いながら穏やかに眠りへと落ちていたり、或いは職場で寝落ちしている。
要するに、夜の基地は死屍累々な光景が広がっているというわけだ。
ちなみに今使っている空き教室だが、入った後に入り口を机とか椅子とかで塞いでいる。
そうすることで、俺達はこの狭い基地にパーソナルスペースを作り上げることに成功した。
「私、いまだにあの子がゾンビだって信じれないかも」
窓の隙間から差し込む夜風が、サラの髪を靡かせる。
いつもはポニーテールにしているが、シャワーを浴びた後なので髪を結うのが面倒なのだと。
しっとりと濡れた髪が月光を照らし、いつもとは違った色気をその身に纏う。
今の彼女を独り占めできるだけでも、俺はこの世界にいれて良かったと思えるのだ。
「確かに、会話できるゾンビって見たこと無かったし、ちょっと現実感ないな」
「そもそもゾンビが現実感ないでしょ」
確かに、と二人で声を抑えて笑いあう。
月が雲に隠れ、サラの笑顔が見えづらかったことだけは少し残念だった。
「......それで、この先どうするの?」
「俺達はアイツを失うわけにはいかない。きっと奴もそれを分かっているんだろ」
別に仲間を求めていないブルーと違い、俺達はアイツの協力が必要不可欠。
なぜなら研究所への手がかりを知る人物が彼女しかいないから。
「かといって、ゾンビと主従関係になるのは流石にマズい」
「何言われるか分かったものじゃないしね」
「ああ。だから、先ずアイツに強さを見せつけるのが大事だ」
話を聞いた限り、ブルーは強い人間となら協力するつもりはあるようだ。
だから奴のお眼鏡に敵うくらいの強さを身につけ、再戦を申し込む。
膝でもつかせたら協力くらいするだろう。
「とりあえず一か月。それくらいならアイツも待てるはずだろ」
別れる際、彼女は海岸に拠点を作ると言っていた。
数日でこの辺を離れるなら拠点なんて要るわけないので、しばらくは逗留するつもりに違いない。
とはいえ奴の気が変わる可能性も否定できない。だから一か月くらいを目安にするべきだと俺は考えた。
「強くなるっていっても具体的にどうするの?」
「.....トレーニングとゾンビ討伐を繰り返す以外になんかあるか?」
地下での筋トレ、基地内のランニング、他調達者との練習試合。
外に出てゾンビの討伐と探索、資材の調達。
これまで俺達はそれらを通して強くなった。
「それだけでブルーちゃんに勝てると思う?」
......まぁ、多分無理だろう。勝てなかったから今こうやってブルーに敗走している訳であって。
とはいえそれ以外に強くなる手段なんて存在しないし、あったとしてもこの基地内で完結できる修行方法じゃなけりゃ意味がない。
「つっても、それ以外にどうすれば」
「ふっふっふ、私に考えがあるのだよ」
思い返してみれば、基地に帰還してから晩飯までサラとは別行動していた。
多分その時に何か対策方法を立てていたのだろうと思われる。
「......聞きたいところだけど、どうせ明日のお楽しみとか言うんだろ」
「あたりー。こういうのは意外性が大事だから」
「修行に意外性っていらなくね......?」
時に怒り、時に笑う。
外は明かり一つなく、ただ月が己を示すだけ。
だが、その下でくだらない話に花を咲かせるのはとても楽しいものだ。
ふと、隣で外を眺めるサラを見た。
その横顔が、とてもとても綺麗だった。




