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page22 口を開くは知性の証拠

「え、ゾンビの生態について知りたい?」


今俺がいるのは、基地の図書室。

ここには元から置いてあった本の他に、基地住民たちの日記や仕事の情報がまとめられている。

暇つぶしや子供たちの読み物には困らないので、割と人気のある場所だ。


そして今、面と面を合わせて会話しているのが、この図書館の司書。

見た目は二十代前半と言っても通じるくらい若いが、実際はアラフォーらしい。

ショートヘアと黒眼鏡が良く似合う女性だ。


「ああ。俺はあんまりゾンビについて詳しくないからな」


「君、調達者(プロキュラー)の黒金君でしょ? 既にある程度知ってるんじゃないの?」


「ああいや、俺が知りたいのはゾンビが生まれた経緯のこと」


首を斬れば死ぬとか、嗅覚が異常発達してるとか、噛まれたり引っ掻かれたりすると猛毒が回るとか、そういうのはどうでもいい。

この世界の秘密を解くには、まず歴史を知らなければならない。そんな気がする。


「経緯、と言われてもね......」


司書が随分と難しい顔をする。

どうやらゾンビに関する公式記録というのは確かに存在はするのだが、それが今どこにあるかはわかっていないらしい。


「とはいえ十年前だしね。ある程度なら覚えてるなら私が話してあげる」


「お、助かる」


そもそもゾンビというのはどういう存在なのか。

簡潔に言うと、様々な生物のDNAをごちゃまぜにして作られた人形。嗅覚や身体能力が異常発達している代わりに視覚・嗅覚・脳機能が低下しており、言葉による対話は不可能とされている。

基本は人型だが、ごくまれに別の生物がベースとなってゾンビが作られることもある。


最初に確認されたのは十年前。

研究所周辺の森で脱走したとされる個体が一般人に発見され、写真がネットに拡散されると同時期に他一般人が襲われる事件が発生。

被害者は約一時間にわたり悶え苦しみながら死亡した。死体には新種の猛毒成分が含まれていたという。


一般人への被害はその日を皮切りに大きく数を伸ばし、次の一か月では被害者が約二百人、その次月は約五百人、そのまた次月は約一千人と地域を問わず日本中を恐怖に陥れた。

被害者の死亡率は百パーセントだというのが大きな要因だったと思われる。


次々に現れるゾンビ達に、日本政府は兵器の使用をもって対抗しようとした。

だが、そこでイレギュラーとなったのが突然変異種の存在。奴らは兵器に対抗できる肉体を持っていたり、人間を殺すことに特化した能力を持っていたりと変異は様々。

殺しても殺しても次々現れるゾンビ達に政府が事実上の白旗を上げたのは、初出現からちょうど一年が経った頃だった。


政府が決死の抵抗を行っている際に、各学校や市民アリーナは避難所として解禁。支援物資や食料などが定期的に運び込まれたが、政府の崩壊と共に供給はストップ。

それにより避難所の数は当初の一割以下にまで激減した。場所によってはゾンビによる殺害ではなく餓死者や病死者の割合の方が高かったという。


「で、研究所ってのはどこにあったんだよ」


「それは公表されてない。だけど事件数から割り出した結果、愛知県・岐阜県・三重県・静岡県の東海地方のどこかにあると予測されてたはず」


当時のニュースだとその地方から他地方へ広がるように事件数と死者数が伸びて行ったらしい。

もう十年前の事だろうに、大した記憶力だ。


「ただ、研究所っていうのは一つじゃない可能性もある」


「あ、そっか。複数あるかもしれないのか」


そもそも研究所が真の黒幕だという考えが間違っている可能性もある。何らかの研究中にたまたまできたゾンビが暴れ始めてしまった、というシナリオもありうるのだ。

それならそれで生殖機能を持たないゾンビの数が減らない事の説明がつかなくなるわけだが。


「とはいえ大元は前述の通りで間違いなさそう。特に愛知が怪しいかな」


「なんで?」


司書が眼鏡をキラリと光らせた。


「大都市だからね」


「......え、そんだけ?」


「街が盛んなほど事件も起きやすい! 研究所のカモフラージュだってしやすいでしょ?」


いやまあ確かに、都市部の方が素材の供給がしやすいなどといったメリットは数多くある。

だが、ゾンビを作り出してしまうくらいマッドな研究をするのであれば犯罪率と検挙率の高い都市部はむしろ可能性が低いのではないだろうか。


「森っつってたからどちらかというと岐阜とかの山間部じゃねぇかな...」


「それも六里あるね」


「一理じゃなくて六里かよ。めちゃくちゃ納得してるじゃねーか」



★★★



「どうだった?」


図書館を出て、会議室にいるサラと合流。

ゾンビを生み出している黒幕の正体を掴むために、まず基本的な情報収集に俺たちは動いている。


「ゾンビ出現の経緯はあらかた分かった。が、その発生源はハッキリしないな」


「こっちも似たような感じ。正確なデータがない以上しょうがないんだけどね」


やみくもに基地を出て探しても、こんな調子じゃ何十年かかっても見つけられない。

せめてどこかから情報を仕入れることができれば......。


「......なぁ、ゾンビって話できないのか?」


「無理。言葉が話せないんじゃどうしようもないでしょ」


ゾンビのベースは人間だろうが、一部能力の為に脳機能や一部の五感が著しく低下している。

言語を話せないのも発声器官が死んでいるからではなく、脳機能の低下により言語を理解できないから、とされている。


「いや、確かにそうなんだけどさ......」


「なにか思う事があるの?」


「あくまで俺の妄想だけどさ、あいつら対話自体はできるんじゃないか?」


本当に脳機能が死んでいるのなら、人間を襲う際に『木の陰に隠れて様子を伺う』『去年の経験則に則って手薄なところを攻める』なんてことはできないんじゃないか?

何者かに操られているという事が無いのなら、ゾンビにも学習能力、つまりは知性が存在するという事になるはず。


「理屈は分かるけど、それでどうやって対話を試みる気? 喋れないのなら結局同じじゃない?」


「結局そこなんだよなー......」


話し合いをしようってゾンビ相手に言っても、よほどご都合主義でなければ喰われるのがオチに決まってる。

可能性があっても実行に移せないのならどちらにせよ同じだ。


「おい、お前ら何してる」


「あ、藤堂さん」


会議室の扉をやや乱暴に開けて入ってきたのは、基地内屈指の実力者である藤堂さん。

乱暴な黒髪に黒いシャツ、ジーパンには土産屋で売ってそうなドラゴンのキーホルダーがくっついている。

そして右頬にある、恐らくゾンビからのものだろうと思われる傷痕。視線だけでも人を殺せそうな勢いだ。


「ゾンビと対話する手段、か......」


経緯を説明すると、珍しく藤堂さんが話に乗ってくれた。

ふざけたことを考えるな、と一喝されるかと思っていただけに、肘に手をつき顎に指を絡ませる彼の姿には驚きを隠せなかった。

彼にも色々思う事はあるのだろう。


「殺害するのではなく、捕えてみるのはどうだ?」


僅か五秒で返答が返ってきた。中二病だが頭の回転は速いらしい。


「捕らえた後に基地へ連れ帰り、時間をかけて言語能力を習得させれば手掛かりは掴めるかもしれん」


「...まず捕まえれます?」


黒金(オマエ)の実力なら造作もないだろう。それよりも基地へ連れ帰る方が難しいと思うがな」


そもそも住民が納得しないだろう。

秘密裏にやるとしても隠せる場所なんて基地内には限られてるし、その為だけに一部屋を立ち入り禁止にするのは客観的に見てもリスクが大きすぎる。

となると新しい部屋を拵えるか、基地の外で行うか......


「あ、じゃああそこはどうだ?」


「あそこって?」


「大型ゾンビと交戦した時に使った簡易拠点」


初陣の際は簡易拠点があったおかげで体を休め、サラを避難させて大型ゾンビを討ち取ることができた。

今でも周辺探索に使う事はあるが、あそこなら調達者(プロキュラー)以外の誰かが来ることはないだろう。


「ほう、考えたな。確かにあそこならゾンビ以外誰も寄り付かないだろうし、極秘の実験にはうってつけだ」


「京平って意外とそういうアイデア思いつくよね。せいぜ......昔は成績良かったの?」


「フツーにクソカスだったが?」


つーか今の危なかったなオイ。絶対『生前』って言おうとしてただろ。

なんなら修正後も若干危ない。もし俺らがこの世界に生まれてたら、成績の話は十年前の小学生で止まってる。だから成績の話自体が地雷になりうるのだ。

藤堂さんなら今ので俺らを怪しんでもおかしくなさそうだが、幸いにも気づいてないみたいだ。フリをしてるだけかもしれないが。


「だが、夜はどうする? ゾンビが活性化する夜に孤立してしまったら助けに行くのは難しいぞ」


かといって基地へ離れてしまったら、その間に何か起こってしまうかもしれない。


「......まぁ流石に安全が最優先でしょう。時間以外で奪われるものもないし、初回くらいは景気よくいったほうがいいんじゃないですかね」


「成程な。じゃあ早速、明日から実験に移るぞ。他の隊員にも伝えておく」


藤堂さんが忙しなく部屋を出ていくのを、俺たちはただ眺めているだけだった。

相変わらず、ここの人たちは行動が早い。まるで何かに追われているようだ。



★★★



次の日から極秘でゾンビ捕獲実験が始まった。


内容はいたってシンプル。その辺のゾンビを一匹捕まえ、簡易拠点に閉じ込める。

その後は経過観察をしながら少しずつ言語を覚えさせ、簡単な対話ができるようにする。

対話可能な状況にまでなったらゾンビを作り出した研究所の場所、ならびに作り出した人物名を可能な限り話してもらう。


結論から言うと、当然のごとく計画は失敗し破棄に終わった。

そもそもとしてゾンビが我々と対話できたとしても合理的な発言ができるとは思えないししようとも思わないだろう。

仮にできたとしても、自分を作ってくれた人の居場所なんて敵に教える訳がない。


だが、計画の破棄はそれとは全く別の原因にあった。


「......なぁ、アンタ一体誰だ?」


「アタシ? アタシに名前はない。()()()だからさ」


対話可能なゾンビが現れたからだ。

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