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page21 川の流れのように

いつの間にか夏も終わり、すっかり過ごしやすい季節になってきた。

基地内に植えられている木々も葉を落とし始め、風流を感じつつも掃除に追われる毎日である。


「おーい、そこの白黒コンビ。頼みがあるんだ」


せっかくの秋なのに性懲りもなく汗水垂らして落葉掃除をしていたら、とある基地住民から声を掛けられてしまった。


「どうされました?」


調達者(プロキュラー)はその名の通り基地の外に出て様々な物資を持ち帰る職業なのだが、毎日そのようなことをやっているわけではない。

普段は住民の依頼を聞いて雑用をこなしたり、地下のトレーニングルームで自転車を漕いで基地の電力供給をしたり、子供たちの遊び相手になったりしている。

......もっとも、そういう事を任されるのはほとんど俺かサラのどちらかな訳だが。


「最近雨が降らなくてな、タンクの貯水が尽きそうなんだ」


確かに、思えば最近は全く雨が降る気配すらない日々だったような気がする。

タンクは屋上にあるから一度たりとて確認したことはなかったが、これだけ晴れが続けばそりゃストックも尽きるだろう。


「シャワーすら浴びれないのは流石に困るかんな」


基地でのシャワーは一日一回だが、汗をかいてない人は空気を読んで控えなければならない。

シャンプーやボディソープも同様。乳液や保湿クリームなどは勿論置いていない。ドライヤーも電気の無駄遣いになるのでうちわ等で髪を乾かす必要がある。

いろいろ制限が多い割にはこの基地は美人が多い気がするが、まあ知られざる努力があるのだろう。


「ああ。そういうわけでで水を取ってきてもらいたいんだ」


「いいですよ。基地住民からの依頼という形で他調達者(プロキュラー)に共有しておきますね」


俺とサラ以外の調達者(プロキュラー)には話しかけようとしない人が多いから、基本俺らが依頼の伝達役になる。

質問箱でも作ればいいのにとは思うが、まあ細かいことはどうでもいい。


「いつもすまねえなぁ」


五十代くらいの男性が深々と頭を下げ、小走りで元の仕事に戻っていった。


「...はぁーめんどくさ。力仕事は嫌いなんだけど」


「さっきまでと態度違いすぎだろお前」



★★★



「んで、俺らは北にある川を目指してる訳ね。しかもこんな早朝から」


調達者(プロキュラー)総出で、ということも忘れるなよ」


藤堂さんの言うとおり、俺たちは明くる日の早朝から水を求めて北に向かっているのだ。


目標は岩田川。基地からおよそ三キロメートルの場所にある比較的綺麗で大きな河川。往復で大体二時間かかるかどうか、という感じだ。

とは言え、それは荷物を持たなければという仮定の上で、という話だ。実際は大量の水を持って帰らなければならないため、ゾンビとの遭遇も考えると三時間で一往復できればラッキーくらいで考えるのが妥当だろう。


俺とサラの二人では到底終わるはずが無いので、調達者(プロキュラー)の先輩方と菊池の全員で水汲みに出かけているのだ。

近接戦闘ができない最上川さんもこんな場に駆り出されててある意味同情する。


「ゾンビが来たら守ってくれよ...。狙撃銃すらないんだからさ」


「俺だって爆弾は最小限に留めとけって藤堂から言われてんだよな...。そのせいで気分もダダ下がりだわ」


「荷物は最小限にして、持てる分は全て水に回す。俺たちは基地の生命線を担っているんだぞ」


ブーブー文句を垂れてる二人を藤堂さんが窘める。

聖人みたいなことを言っている藤堂さんだが、この人は基地内で嫌われているんだという事を思い出すたびに胸が痛くなる。

どうかみんなの誤解が解ける日が来ますように。


「いつも通り戦えるのは黒金、白珠、俺、矢田さん、菊池あたりか」


調達者(プロキュラー)の中でも近接戦闘に特化した者はこういう時強い。

銃や投擲物を主力にしてると他の荷物が持ちづらいのだ。


「菊池を戦力として数えてもいいのかよ」


「失礼ですね! 私だって立派な調達者(プロキュラー)の一員なんですから!」


「つーか見習い期間も含めると黒金よりも長いからな」


見習いなんかこの基地じゃニート同然だろうが。そんな期間誇って何になるんや。

上記が今口をついて出そうになった言葉である。


「ウ”ウ”ウ”ウ”ウ”......」


ふと前を見ると、住宅の塀の上からゾンビが顔を出していた。

こちらを確認したのか、もう一匹を連れてこちらにやってくる。


「おっと、ゾンビが来たね。見えてる二匹以外に隠れてる奴はいなそうだ」


後ろから挟み撃ちを狙ってるわけでもない。

何か特徴があるわけでもなく、ただのはぐれ個体が二体集まってるだけだ。


「よし、誰がや......」


「俺が行きます」


ゾンビの口に刃を突っ込んでからの水平一回転。

もう一体のゾンビごと纏めて斬り伏せる。


「速いな。俺たちが準備する合間に終わらせるとは」


「鍛えてるんで」


毎日トレーニングルームで筋トレをしているのだ。

これくらい楽に倒せなきゃ俺が困る。


「倒すのはいいけど私たちの目的は水汲みだからね。あんまり体力消費はしちゃだめよ」


「わーってる」



★★★



身体が重い。

膝が悲鳴を上げている。

汗が服の下まで伝って気持ち悪い。


持てるだけの水を持って錆びた道路を練り歩く調達者(プロキュラー)集団。

俺はその一番後ろで殿を務めていた。


「はぁ、はぁ......今何周目だ?」


目の前のサラに質問を投げかける。

彼女もさっきからすっかり黙り込んでいる。荷物を持つのに精一杯で、話をする余裕なんてないのだろう。

勿論、彼女だけが例外ではない。


「まだ三周目」


「マジで?」


出発時と比べて気温も疲労も段違いだ。

一往復三時間の三周目なので、スタートからおよそ九時間が経過したというわけか。

確か六時出発だったはずなので、今は十五時ということになる。


ちなみに持てる荷物は人によって差があるが、一番が矢田さんで大体五十キロ。最下位が菊池で大体十キロ。

他はそこまで差はなく、平均して二十キロくらいとなっている。全員合わせて一八〇キロ分の水を運んでいる訳だ。

そして今三周目の帰り道なので、これで合計五四〇キロ分の水を運んだことになる。


「藤堂さん......これ終わりはいつなんすか...?」


「大体五周すれば十分だろう」


「あと二周もするんすか? その前に菊池あたりがぶっ倒れますよ」


菊池は調達者(プロキュラー)の中でも一番背が低く、馬力も弱い。

こんな炎天下を歩いているので既に意識が朦朧としているのか、さっきから足取りがおぼつかない。見てて不安になってくる。


「つーか基地存続の危機なら住民総出で取り組むべきだろ...。なんで俺らに任せっきりなんだよ」


「それな。俺らがこのまま逃げたらどうするんだろうな」


この前荒川さんが『そのうち基地に大きなことが起きる』みたいなことを言ってたが、案外それは正しいのかもしれない。

いっそこのままどこかへ逃げるのも面白そうだ。


「......待て。何かが来る」


藤堂さんの一言で、全員目が覚めたように背筋を伸ばす。


「ゾンビか? 今日はそんなにいなかったからラッキーだと思ったんだけど」


「......いや、俺たちは()()()()()ようだ」


廃墟となった家のあちこちにゾンビが目を光らせているのが確認できた。

窓の奥から覗いている者、屋根の上で立ちすくんでいる者、錆びた車を齧っている者、鉄パイプを握って臨戦態勢に入っている者。

様々なゾンビがいるが、敵意をこちらに向けていることだけは分かる。


「雑魚共は放っておいて、あそこにいる奴が親玉のようだな」


一番高い屋根に佇んでいるのは、全身に毛が生えており、長めの腕を地につけてこちらを見つめているゾンビ。

人というよりかは猿に近い見た目をしている。最近よく出没する突然変異という事だろう。


「大猿ゾンビと呼称するか。黒金と白珠は奴を狙え。俺らは他の雑魚共を片付ける」


「了解」


「了解っす」



★★★



結論から言えば、見掛け倒し感が強いゾンビだった。


「ちまちま逃げやがって。こっちだって追うの大変なんだぞ」


こいつの能力は他ゾンビの扇動程度らしく、連携攻撃にさえ気を付ければなんてことない相手だった。

コイツ自身の能力はその辺のゾンビと大して変わらず、強いて言うなら逃げ足が速いことくらい。


「だいぶ離れちゃったね。戻ろっか」


「無駄に体力消耗させやがって、このクソゾンビがよ」


さっきまで響いていた穂村の爆音も鳴りを潜めていることから、あちらの戦闘も既に終わったっぽい。

いくら消耗していようと調達者(プロキュラー)がこんな雑魚共に負けるはずはないのだ。


わずか数分のように思えた戦いだったが、空には少し橙色が射していた。


サラと一緒に亀裂だらけの道路を歩く。


「......なぁ、サラ」


「ん?」


思わず隣にいるサラに声を掛けてしまった。

彼女も声を掛けられると思ってなかったのか、サファイアのような眼をこちらに向けて様子を伺っている。

銀色の髪が夕焼けに照らされていて、まるで鏡のように美しかった。


「お前はさ、この基地を出る気はないのか?」


それは、ずっと考えていた事。


俺とサラは別の世界からやってきた、いわば転生者。

本来、ここにいるべきではない人間だ。


「唐突だね。出て、どこに向かうの?」


「......それはまだ決めてないけど、どこか行かなくちゃならない所があると思うんだ」


俺が転生させられた理由は、生前に人助けをして死んだことに対するご褒美みたいなものだと神が言っていた。

だが実際はそんな甘いものではなく、ゾンビと戦って基地でじっとりと暮らす毎日。飯も水も有限で、日々の生活にも不便が付きまとう。


これがご褒美? サラと出会えた以外ご褒美だと思えたことが無い。

普通はもっと平和で楽しい世界へ連れて行ってくれるんじゃなかったのか。そもそもサラがこの世界に転生した理由もはっきりしていない。

となると、神の感性がまともなら、恐らく俺らを転生させたのは何か別の理由があるはず。


「......なるほど」


「だから、力を貸してほしい」


神との対話をもう一度実現するために。

志半ばで死ぬのではなく、この世界の謎を解いて会いに行く。


「京平が行くなら私も行くけれど、他に誰を連れてくの?」


「......へ?」


「......え?」

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