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page20 This World Needs Keys

とある晴れの日の昼下がり。


「ご、ごめんって! 謝るからさ、ほら」


「うるさい! アンタって男はいつもそうなんだから!」


俺とサラが偶然通りかかった教室の中で、男女の声が響いている。

男女、とは言ったが威勢があるのは女だけで、男の方は情けないというか頼りないというか、まあそんな感じの声色だ。


「男の方ってこれ、荒川さんだよな...?」


荒川(あらかわ)来輝(らいき)。俺とサラの先輩で、最上川さんや藤堂さんと同い年の調達者(プロキュラー)

見た目通りのチャラい性格をしており、基地内の恋バナとか女の子の好みに詳しい。当然調達者(プロキュラー)の中では結構なムードメーカーを担っている。彼がいないと会議の空気が三割くらい重くなるのは常識だ。


「なんか怒られてるね。盗み聞きするの?」


「人の不幸は蜜の味、ってな。隣は空き教室だったろ?」


「うわ最低」


とか言いつつも盗み聞きに参加しようとしているのはサラらしいというかなんというか。

というか最初に盗み聞きを提案したのはサラだし。


そっと話を聞いてる限り、どうやら荒川さんと女が付き合っているっぽい。

んで他の女とも並行でいい感じの関係を築いていたらしく、それがバレて怒られているというのが一連の流れだと思われる。


「...これ荒川さんに勝ち目無くね?」


「というかだいぶ最低なことしてるよね。怒られて当然というか、むしろ女が甘いくらいでしょ」


同情しようにもできない会話が数分ほど続いた後、ドアが乱暴に開閉する音が聞こえた。

ちらりと廊下を覗いてみると出て行ったのは女だけのようで、荒川さんはまだ室内にいるはず。


「あのー、とりあえず大変でしたね...荒川さん」


ドアをそっと開けると、椅子に座って項垂れている荒川さんがいた。

いつものテンションはどこへやら、今はすっかり意気消沈してる模様。


「ああ、白黒コンビ...。恥ずかしいところを見られてしまったね」


そういえば最近、俺とサラを『白黒』と略して呼ぶ奴が増えている。

基本二人で行動してるからついたあだ名なのだろうが、個人的にはもうちょっといい名付け方無かったのかと疑問に思っている。

ちなみにサラはあだ名の事はどうでもいいと思っているらしい。


「さっきまで隣の教室で盗み聞きしてたんすけど、とりあえずちゃんと謝った方が良くないすか?」


「今の俺を見てそれ言うの人の心無さすぎない?」


盗み聞きに関しては咎めないんだ。


「要するに浮気してたんですよね?」


「浮気じゃないよ。最近他の女の子と話す機会が多かっただけ」


他の女の子、となると菊池か。

菊池舞(きくちまい)。元見習い調達者(プロキュラー)で、夏祭り後に正式加入。

実力は芳しくないものの、夜目が利く体質や任務への実直さは一定の評価をボスから下されている模様。

菊池がいたからこそ、俺はサラのもとへと駆けつけることができた。そういう面では菊池に感謝してなくもない。


そして、最近は菊池と荒川さんがタッグで任務を行う事が多い。

当初は菊池への教育を兼ねての出撃だったが、中距離からの銃撃が得意な菊池に近距離の攪乱と誘導が得意な荒川さんの組み合わせは、案外戦闘の相性がいいらしい。

合同出撃が多いとなれば自然と基地内の絡みも多いだろう。それを彼女さんに見られてた感じだろうか。


「じゃあそうやって弁明すればいいんじゃないですか?」


「怒っている相手にそんなこと言っても言い訳にしかならないでしょ。一旦やり過ごして、あとでじっくり話し合うか別れるかすればいいだけなのさ」


別れるという選択肢があるのが、もう()()()()()って感じがする。

俺が女性経験無いから無意識に僻んでるだけなのかもしれないけど。


「随分と達観してますね。俺らと一歳違いなのに」


「二人とも十八だっけ? 本当は進路について悩む高校生だったはずなのにね。ちょうどここみたいな学校で」


「あー...そうっすね」


「なんか歯切れが悪い返事するね」


前世でバリバリ高校生やってました、とはさすがに言えない。俺もサラも。

言われてみれば、荒川さんたちは中学、高校、大学と本来受けるはずだった教育や青春を一切味わえずにこの基地にいるという事なのか。


ちなみに教育自体はこの基地でも行われているが、それはあくまで中学レベルまでの話。

加えてざっくりとした説明だけでテストも無いので、本当に最低限の知性を身に着けるための時間としか認識されていない。

エンジニアなどの専門職になりたいなら、実際に行って教わるしかないのだ。そんな奴ほとんどいないが。


「んで、どうするんすか? 俺は謝った方がいいと思いますけど」


「いや、飽きたしいいよ。あっちも俺にうんざりしてそうだったからちょうどいいでしょ」


「うわぁ...」


「適当に好きな子と付き合って、冷めたら別れる。そういうもんでいいんじゃないの? 付き合うという行為に対して真剣になりすぎだって」


恋愛に対しての感情がドライすぎる。落ち込んでたのもフリだったというわけか。

だけど、彼の主張が完全に間違っているわけではないのは確かだ。こんなご時世で相手を選べるほどの余裕なんてあるわけないのだから、あれこれ悩む前にさっさと告白するというのはある意味正解ではある。

それはそれで腹立つけど。


「そんなんだから悪評が出回るんじゃないですか?」


さっきまで傍観してたサラがようやく口を開いた。


「悪評?」


「基地中の女の子を食い荒らしてるとか、彼女に新型武器の試し打ちをしてるとか。いっつも女子更衣室とかでそういう話がされるので荒川さんや京平は知らないだろうけど」


この基地には体育館と武道場と25mプールの三か所に更衣室が設置されている。そして更衣室というのは異性がめったに来ない場所なので、こういう感じの噂とかが出回りやすい。

ちなみに武道場は武器屋の倉庫になっているから除外される。段ボールだらけで足の踏み場もないらしい。


そんなことより、荒川さんが結構嫌われてることに衝撃を受けた。調達者(プロキュラー)の嫌われ者と言ったら穂村と藤堂さんだけど、それ以外は正直そんなに悪いうわさを聞かない。

なんなら荒川さんはサラと同じように好かれてる部類だと思ってた。


「流石に事実じゃないっすよね...?」


「まあそうだけど、別に放っておいていいよ。元々調達者(プロキュラー)って嫌われ者の職業だからね」


基地全体から信頼されていた葛城や可愛がられているサラは例外として、調達者(プロキュラー)というのは基地内で居場所が無い奴に食い扶持を持たせるため、というのが発端の職業である。

中二病の藤堂さんや爆弾魔の穂村、狙撃以外ダメダメの最上川さんなど。


ゾンビの襲撃を防いだり基地外の物資を調達するという役割自体は確かに存在するし、そういう面では基地に無くてはならない存在。

だが、夏祭り時の防衛戦に対する無関心さなどを見ていると、役割の重要度に対して信頼が今一つ寄せられていないように感じる。

それはきっと、『死んでも基地存続には困らない捨て駒を使っているから』というのが一因になってると思う。


じゃあもし調達者(プロキュラー)がいなくなったらどうするんだ、となるかもしれない。

だけどその時は働いてる人の中から無能を選んで捨て駒にジョブチェンジさせることになるだろう。そうやって基地という一つの組織は存続を図っていく。

そうやって無能を切り捨てていった先に何が残るかは知る由もないが。


「イメージアップを図る気は無いんですね」


「......まぁ、この基地が嫌いだからね。とはいっても他に行く当てなんかないけれど」


自嘲するような物言いだが、どことなく諦めのようなものを感じる。


この世界では己の生き方を選ぶことはできず、この狭い基地の中で一生を終えるしかない。

それならいっそ、基地を出て行こうとする者もいたのではないだろうか。

そして、そのような者がどうなったのかは自明の理。


自由に生きることはできず、かといって自由に生きようとする勇気もない。

彼に限らずこの基地には、そんな絶望がうっすらと渦巻いている気がする。


「.......そろそろ、この基地は空中分解が始まると思うんだ、俺」


「どういうことですか?」


空中分解。

つまり、この基地というひとつの組織がなくなると彼は予想しているらしい。


「最近、普通とは違うゾンビが増えてると思わないかい?」


「ああ、突然変異種っすね」


初陣で出くわした大型ゾンビ。

夏祭りの防衛戦で相対した鉱石ゾンビ。

海で遭遇したサメゾンビ。

これら全部、僅か四か月で遭遇した突然変異だ。


俺が来る前にも突然変異種と戦闘したことがあるらしいが、いずれも一年以上昔には遡らない。

それまでは全くと言っていいほどでなかった突然変異種が、最近になってその頭角を現しているのだ。


「たぶんだけど、そういう突然変異種にこの基地は破られるよ」


突然変異だけが危険なのではない。通常個体だって動きが変わっている。

木に隠れて不意を突くような動きや連携して逃れられないようにする動きなど、基本的な知能も上昇しているような気がする。

以前はただ歩く、走る、噛みつく、引っ掻く程度の単純行動しか行わなかったらしい。


今でこそ基地は守られているが、いずれ知能の高い突然変異種が現れる。

そしてそいつに基地は破られ、また何千人もの人々が殺されることになる、というのが荒川さんの予想らしい。


「じゃあ、どうすればいいんすか?」


「それがわかってたら対策してるって。いずれにせよ、近々何か大きなことが起きる気がするな」


よっ、と反動をつけて荒川さんが椅子から飛び起きた。


出会った時から、この人にはうっすらとした苦手感があった。

いつもにこやかに微笑んでいるのに、その眼はどこかで何かが揺らいでいる。

もしかしたら、俺とサラの秘密にたどり着くかもしれない。そんな得体の知れないオーラに恐怖を感じていた。


「もしかしたら、君達はこの世界を元に戻せるのかもしれないね」


「......なんでそう思うんすか?」


「簡単さ。眼に絶望が宿ってない」


だけど、この人は紛れもなく味方であり、仲間だ。

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