page2 白い珠の少女
「私は白珠サラ。貴方は?」
「俺は黒金京平」
先程までこちらを追ってきたゾンビを撃破した彼女と軽く自己紹介を交わす。
銀色の髪は後ろでポニーテールにまとめており、サファリジャケットやトレッキングシューズも相まって動きやすそうだなと感じる。
顔立ちは非常に綺麗で、服装にもかかわらず名家のお嬢様と言われれば信じてしまいそうだ。
「よくゾンビから逃げきれてたね。私でも無理なのに」
「あ、やっぱ奴らの事ゾンビっていうのね」
「え?」
白珠がきょとん、とした表情でこちらの目を見つめてくる。
「ゾンビ知らないの?」
転生したから知りません、と言ったら面倒くさそうだ。
ここは適当に取り繕ってお茶を濁しておこう。
「あー......ちょっと遠い地域からの旅人で」
「ゾンビって政府からの正式名称だし、旅してたのに武器の一つも持ってないの?」
あっ、まずい。
「............」
「あとこのご時世に旅する理由って何? どう考えても避難基地にいたほうがいいと思うけど」
「............」
「もしかして前科とかある感じ? それなら......」
「ごめんなさい嘘吐きました」
やっぱり嘘は吐くものじゃないな.......。
★★★
「......というわけでして」
「転生、ねえ......」
俺があらかた話し終えると、白珠は顎に手を置いて考え始めた。
かなり突飛なことをカミングアウトしたつもりだが、全く動じてない。
「転生に心当たりが?」
「そっちじゃなくて、基地にどうやって言い訳して貴方を入れようかと」
そっちかい。てことはコイツ、俺の言ったことまともに信じてないな。
じゃあ俺が話した意味あった?
「つーか基地なんてあるのか」
「むしろ基地以外で人はほとんど住んでないわよ? 基地ほど頑丈で安全な場所なんてこの世界にはないし。私の住む基地は小さめだけど」
漫画とかでよく見る城塞都市、というやつか。
そこなら比較的安全に暮らせそうだ。
「じゃあそこに案内してくれ。いや、してください」
流石に横柄かなと思って言い直した。
「もともとそのつもりよ。あ、道中でゾンビの生態について教えてあげる」
白珠が喋りながら歩き始めた。遅れないようにと、小柄な背中についていく。
正式名称:ゾンビ
繁殖方法は不明。
全身が腐っていて、異臭を放つ。常に唸り声をあげている。
噛みつかれたりで傷をつけられると全身に猛毒がいきわたる。一時間以内に適切な処置をしないと死ぬ。
歯や爪が非常に尖っており、凶暴性が高い。
目や耳はあまり効かず、匂いで人の居場所を判断する傾向にある。
殺害方法は首を切断し、頭をつぶすこと。
「10年くらい前に突然現れたからあんまり詳しくは研究されてないんだよね。政府も今は壊滅状態だし」
「壊滅? そんなことってあるのか」
「なぜかわかんないけど大都市を中心に湧き出てきたからね」
こんな世界に転生するくらいなら記憶をなくして元の世界で生まれ変わったほうが良かったかもしれない。
あの神め......何がご褒美だ、完全に嫌がらせじゃねーか......。
「何か考えてるところ悪いけど、目的地に着いたわよ。ここが私達の基地」
顔を上げると、そこには壮大な建築物が......!
「......学校じゃねーか」
「学校って避難場所になるだけあって、ちゃんと設備が充実してるのよ?」
「いやまあ、そうなんだけども」
なんというか、基地というからにはガチガチの城みたいなのを予想していた。
「文句言うなら放り出すよ? それともここで死ぬ?」
「ごめんって。だから銃を取り出すのはやめてくれ」
★★★
基地全体は机や椅子のバリケードで強固に塞がれており、入り口は正面玄関のみ。
基地に入るときは、先ずボディチェック。
服を脱いで噛み傷がないか探られた後、持ち物を全て確認される。俺は着の身着だけだったから早く終わった。
そのあとは、新参の俺は基地のボスに挨拶しなければならないらしい。
基地の造りは学校を土台にしてるからか、かなりわかりやすい。
体育館アリーナや保健室、食堂など使えるものは割とそのまま再利用されている。
その中でもボスがいるところは校長室とのこと。
如何にも統括者がいそうなところだ。
「よう、新入り」
そこにいたのはふてぶてしい爺ではなく、筋骨隆々なオッサンだった。
部屋の真ん中に立って腕組みをしていて、ちょっと威圧感がある。
「黒金京平です。よろっす」
「いろいろ言いたいことや聞きたいことはあるが、まあその辺は後で白珠に聞いておく」
少し汚れのついたツナギに短く刈り揃えた黒髪と無精髭。
冗談抜きで土木作業員にしか見えない。頼りにはなりそうな見た目ではあるが。
「で、お前は何ができる?」
「何が、って?」
「なんだ、白珠からきいてないのか。
基地の住民にはそれぞれ仕事が割り振られているんだ。働かざる者食うべからずってわけだな。
例えば料理ができるなら食堂で、農作業に知見があるなら畑で働くんだ。
スキルが無えなら雑用なりで培ってもいいし、自分で何かを始めてもいい。その時は俺に一言ほしいがな。
とにかく、ここにいる以上何かには就かなきゃいけない。
それで質問だ。お前は何ができる?」
「何か、って言われても......」
何か特別なスキルがあるわけでもないし、きっと俺は物覚えも悪いだろう。
バイト経験はあるけど現場の雑用みたいなもので特に役立つわけでもない。
なら雑用か、何か始めるか......。
「調達者はどう?」
背後から声がした。白珠だ。
思っていた以上に身体検査に時間がかかっていた模様。
「調達者?」
「私たちのように基地の外で食料や資源の調達をする職業よ。ねえボス、彼足速いし中々見込みあるわよ。調達者にさせたほうがいいんじゃない?」
白珠が俺の頭をぽんぽんと叩きながらも、ボスに対してまじめな提案をする。
当のボスはかなり難しい表情。
「んー、調達者はいつでも人手不足だから大歓迎だが、死亡率が段違いに高くてな......正直、若いもんには任しづらい」
「私は認めてくれたのに? それに今の調達者の半分以上が若いもんじゃん」
白珠がむすっとした顔でボスを睨みつけるも、ボスは微塵も動じない。
「お前だっていまだに近辺の探索だけだろうが。とにかく、調達者は......」
「黒金くん、貴方50m何秒?」
「え、確か6秒2だけど」
二人が静まり返る。
「......速いな」
「いや、体力テス...じゃなくて趣味で測った記録であって、公式記録じゃないんだけど......」
「だけどゾンビから逃げきれてるのを私はちゃんと見てた。調達者の適性アリじゃない?」
正直逃げきれてたかといわれると怪しい。
確かに一分くらいは余裕だったが撒けてはないし、そもそも足が速いだけで調達者、というのは早計過ぎる気がする。
とはいえ代案は何も浮かばないけども。
「いや足の速さは......」
「よし、それなら明日調達者全員で出撃するから、その時に黒金もつれていく。面倒は白珠、お前が見てろ」
「あら、監視班から討伐依頼?」
「ああ。んじゃそういうわけで、基地の案内と武器の調達どうにかしとけ。ハイ終わり」
「……面倒だから反論無いけどさ、もうちょっと当事者に話聞けよお前ら」
★★★
そういうわけで、今は白珠に連れられ基地を周っている最中。
「それじゃボスの命令で基地の案内するね。まずここが食堂。朝と晩はここでみんなご飯を食べるの」
「一日二食なんだな」
このご時世で三食食べれるほど豊かではない、という事だろう。
食料は調達者だけでは足りなさそうだが......?
「それから、各教室は住民の寝床になってる感じ。十人一部屋ね」
「狭いなオイ」
「人が多すぎるからしょうがないわ。廊下で寝る人もいるし」
「さっきボスが人手不足だって言ってたんだが」
上司と部下で言ってること違うのはだめだと思う。
いろいろ言いたいけど、時間とるのも癪なのでそのままついていく。
「二階に上がって......ここが会議室。調達者のね」
「そういえば、調達者って何人いるんだ?」
「確か......六人ね。貴方入れたら七人」
思ったよりも少ないな、と言おうとしたがやめた。
★★★
「ここが屋上。畑と見張り台があるわ」
「畑もあるのか」
太陽光が直に届くからここに設置されたという事だろうか。
ここまで土を持ってくるのは大変だったと思う。
さっき地上にも畑があったので、そこから持ってきたに違いない。
見張り台は八方角ぶん設置されていて、第二、第三校舎にも設置されてるっぽい(他校舎がある方に見張りを設置する意味ない気がするが......)。
設置台数ぶんの人が配置されており、八時間交代で周囲を見張っている。
「お、サラちゃんが屋上来るなんて珍しいね」
見張りの男が声をかけてきた。
俺たちよりも一回りくらい年上みたいで、束ねた金髪とうっすら生えた顎髭が大学生っぽい感じだ。大学は無いけども。
「うん、新入りに教育を」
「ども、黒金っす」
「俺は荒川。いやあ久しぶりだね新入りなんて。サラちゃんぶりだ」
「え、お前も新入りだったん?」
急に衝撃の事実をカミングアウトされた。
皆への態度から古株かと思っていたが、まさか新入りだったとは。
「新入りとは言うけど、私が入ったの三年前だよ? もう新入りじゃないし」
「あの頃はお淑やかで可愛かったなあサラちゃん」
「今もかわいいですよーだ。こんな変態ほっといて行こ」
むすっと顔を膨らませ、白珠が踵を返す。
★★★
「あっちにあるのが家畜小屋。昔は色々育ててたけど、みんな死んじゃって今は鶏だけ」
「壮絶だな」
馬小屋を再利用してるらしい。
つまりこの学校には馬術部があったという事。珍しい。
鶏は食用にも卵用にも使えるから価値が高いらしい。
「んで、あっちにあるのがエンジニア室。もとは体育倉庫ね」
「だいぶ改造してんな」
なんかキラキラしたものとか火花が散ってるものとかが外に置いてある。
......大丈夫か?
「あとはもう一つ...いや、あれは後日のお楽しみね。武器屋いきましょ」
お楽しみ?
こんな世界でお楽しみなんてあるのか?
体育館の説明も放っぽいて、武道館へと向かうらしい。
★★★
体育館の裏側に、こじんまりとした武道館が建っていた。
他の建物よりも寂れており、老朽化が目立つ。
「着いた、ここが武器屋」
「ここが......」
武道館の扉を開けば、そこにあるのは大量の凶器たち。
ナイフや刀、拳銃など、どこから持ってきたんだというものでいっぱいだ。
「お、サラちゃん。銃弾の補充?」
「ううん、彼に武器を頼める?」
「ほほう、新入りか」
奥からのっそりと出てきたのは、帽子を深くかぶった怪しげな男だった。