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page19 漫然な自由か、思慮ある不自由か

「よう。こんな時間にご苦労なこった」


「ん、ああ」


とある雨の日の深夜。

偶々寝付けなくて窓の外を眺めてたら、武器屋がいる武道場がかすかに灯っているのが見えた。

こんな夜更けに何をしているのかと少し興味を持ったので、俺は今こうして武道場を訪れてみたという次第である。


場内にいたのは、勿論武器屋一人。

深く被った帽子と中世の商人みたいにややダボついた服。

どうやら何か新作武器を開発するのにお熱だったらしく。先程の呼びかけも三回目だ。今の呼びかけでようやく返事をしたが、相変わらず振り向きはしない。


「何の武器作ってんの?」


「おい、最初から武器だって決めつけるな。まぁ今作ってんのは武器だけど」


「武器以外も作ることあったんだ」


この武道場には武器屋お手製の刃物や爆弾が大量に並べられている。

しかし、隅っこに乱雑に積まれてる段ボールを見れば、中にはボトルシップやプラモデルなどの到底武器とは呼べないものが色々あった。


「勿論よ。ちなみに今作ってんのは狙撃銃。何とかして銃弾が曲がる仕組みを加えてみようと思ったわけ」


実際にそういうものが作れるかは置いといて、作りかけの狙撃銃に注ぐ彼の表情は、まるで我が子に対する愛情のようにも受け取れた。

その証拠に、武器以外の物はその辺に散らばっているが、ナイフや拳銃は丁寧に収納されていたり壁に飾られている。そして、そのいずれにも傷や埃は被っていない。


「......モノ作りが、好きなんだな」


不意に飛び出た言葉は、俺だけでなく武器屋の手も止めた。


「意外だな。お前はそういう事言わない奴かと思ってた」


「あ、悪い。なんか癪に障ったか?」


人には人それぞれの、触れていはいけない過去がある。

そしてそれは、外見だけではわからないものなのだ。


「いや、お前は悪くない。ただ、ちょっと思い出しちまっただけさ」


ずっと座り込みでパーツを弄っていた武器屋が、重そうに腰を上げて俺の方に振り向いた。

いつものように帽子を深く被っていて顔はよくわからない。


「気分転換に聞かせてやるよ、俺の昔話」


そのまま俺を奥の部屋へと通された。

奥の部屋、と言ってもただの更衣室を改造しただけのものだが、それでも男の一人暮らし程度には衣食住が整っていた。

一目見ただけで『ここが武器屋の家』だとわかる。


「眠気覚ましにコーヒーでも淹れようか。それともココアがいいか?」


「なんで夜にコーヒー飲ませようとするんだよお前は」


とはいえ、ココアをこいつに飲まされるのは舐められそうでなんか嫌だ。

明日になったらサラの調子もある程度回復しているだろうから、業務を押し付けて昼寝でもしよう。

ちなみに体調不良の原因はアレらしい。聞かなきゃよかった。


「...コーヒーで頼む」


「こんな丑三つ時にコーヒー飲むとは物好きだねぇ。俺はココアにしよっと」


「くっそ、読みを外したか...」


舐められるとかどうとかは完全に俺の考えすぎだった。

いや、それ込みで武器屋がおちょくっているような気もする。どちらにせよ不快なことこの上ない。


しかも渡してきたコーヒーは酸っぱくて不味い。その上角砂糖を五個も入れられたせいでおおよそコーヒーとは思えない味に仕上がっている。

お陰で眠気もすっかり覚めてしまった。


「さて、本題に入ろう。早速だが、俺の本名を知ってるか?」


武器屋の名前。そういえば聞いたことが無い。

サラにここを紹介されたときも武器屋呼ばわりだったし、何か本人が隠したがっているのかと思ってあまり聞こうという気にならなかった。


「知らないな。教えてくれ」


「その前にひとつ。『蓮堂』という名前に聞き覚えは?」


「多分ない」


全くないわけではないが、それはあくまで生前の話。

今この世界に対するインフルエンサーの名前なんて知るわけがない。

偶に荒川さんがこの世界の芸能人を話題に出すことがあったが、確かその時にも『蓮堂』という名前は無かったはず。


「珍しいな。『蓮堂』つったら誰もがあの蓮堂を思い浮かべるのに」


「悪いが俺、そういうのに疎くてな」


「ホントに知らないのか。山の奥で自給自足の生活でもしてたのか?」


「馬鹿にしてんのか」


蓮堂。

それは日本を牛耳る財閥の名前。

かつて江戸時代から呉服屋を開いていたといわれる『蓮屋』が数世紀で時代の波と共に目まぐるしい成長を遂げ、一気に財閥として名を上げた。


俺の世界だと日本史で三井、三菱、住友、安田辺りを四大財閥として習ったが、この世界だと財閥と言えば蓮堂がトップ、次点で他財閥という形式らしい。

こういう時に、自分は異世界にいるのだと実感する。正確には異世界というより並行世界かもしれないが(それも異世界の一種だろうか?)。


ちなみに財閥というのは特定の家族またはグループが支配する企業グループの事で、複数の産業や分野にわたり事業を展開している組織を指す。

俺がいた世界は第二次世界大戦後に財閥は解体されたが、似たような企業グループは存続している。多分この世界でもそれっぽい感じだろう。


「蓮堂グループは銀行と不動産で莫大な利益を出していたこともあって、代々そういうのを継ぐのが当たり前だったんだよ」


「......話の流れ的に分かっていたが、お前の名前は」


蓮堂勇次(れんどうゆうじ)。会長の一人息子だ」


つまり、生まれながらの勝ち組にして、生まれながらに自由が無い人間。

いや、無かったというべきか。


「まあ想像はつくと思うが、小さい時から勉強ばかりの人生だったよ。『完璧』が当たり前で、それ以外は認められない。そんな環境で俺は育ってきた。


友達も作らず、遊びにも行かず、ただ勉強をするだけの毎日。

違うのはなんの勉強をするかだけ。

少しでも隙を見せたら烈火のごとく叱られ、叩かれ、罵倒される人生。

それがどんなに辛く希望のないものなのか、誰にも理解されなかった。


そんなクソみたいな環境でも俺に心が宿っていたのは、まぁ間違いなくモノ作りだな。


きっかけは学校の先生から見せてもらった、プラモデルの写真。

俺の世界に光を灯すのは、たったそれだけで十分だった。

大人たちに隠れてプラモデルや組み立て用玩具を買い、寝る前にベッドの中でこっそり組み立てる。


その時間が、たまらなく好きだった。生きる実感を感じていた」


「見つかったりしなかったのか?」


「当然見つかって捨てられたさ。でもそのたびに、同じものを組み立てた」


同じものでも組み立て方や塗装で雰囲気ががらりと変わる。

写真を撮る時だって、距離感とか構図とかをちょいッと弄るだけで迫力が段違いに化けるんだ。

こんな面白いもの、何度や作っても飽きないに決まってる。


「モノ作りに脳を焼かれてたんだな」


煽るような口調になってしまったが、何かに熱中できる人生というのは素直にうらやましい。

今でこそ生きて戦う目的を見出したわけだが、昔の俺はその日暮らしに精一杯でそんなこと考える暇すらなかった。


「まぁ、そんな辛くも楽しい日が続いてた。そんである時、ゾンビが侵攻してきた。


最初は俺ん家も避難区域だったんだが、ある日突然他とは比べ物にならない強さのゾンビがやってきてな。

ここにやってきた大型ゾンビや鉱石ゾンビなんかよりも何十倍も強い奴が何百体もきたせいで、当然のごとくバリケードが崩壊。


周りの大人共がゾンビに喰い殺されるのを横目に、俺は命からがら逃げてここまでやってきたというわけさ」


そこまで言うと、武器屋もとい蓮堂は手元のココアを一気に飲み干した。


「...悲しくないのか?」


「クズばっかとはいえ、死んじまったら何も残らないからな。ちょっとは悲しんださ。


でも、この世界で悲しんでる暇はない。ちょっとでも気を抜いたらゾンビに襲われちまう。

がむしゃらに働いて、踏ん張って、ただ生き抜く。

俺はその手段に、武器屋でいることを選んだだけ。


ま、昔の俺がモノ作りの知識を蓄えていて助かったわ。知識と技術が無ければ今頃肉体労働でもやってたんだろうな」


周りの大人たちが無残に食い殺されて肉塊になり、自分のこれまでの努力とこれからの未来を否定される。

常人ならトラウマにでもなりそうなものだが、予想以上に彼の精神は図太かったようだ。


「強すぎだろ、お前」


「どこがだよ。俺にできるのはチマチマ小物を作るだけ。そんなのより、化け物共相手に一歩も引かないお前らの方がすげぇよ」


だが、その小物があるのとないのとでは、結果は全然違うはず。

この基地は、一人の落ちこぼれ御曹司によって成り立っているといっても過言ではないのかもしれない。


「そういえば、お前と白珠はどこから来たか聞いてなかったな。せっかく俺の身の上話を聞かせてやったんだから、それくらい聞いても罰は当たらんよな?」


ふと思い出したように、武器屋が俺に話題の矛先を向ける。

いまここで聞かれるとは思わなかったので、衝撃と同様でコーヒーを噎せ返してしまった。


「......悪いが言えない」


「言えないってなんだよそれ」


「軽々しく言える話じゃないし、信じてもらえるかもわからないからな。でも、俺もサラも、お前等と同じ人間だ」


無力さを呪いながらも必死に生き、もがき苦しむ毎日を送った人生。

自責の念に苛まれながら、己の生きる意味を生涯問い続けた人生。

散った仲間の想いを胸に抱き、呪いのように歌い続ける人生。

愛した土地を他者に託し、無念のまま生涯の幕を下ろした人生。

そして、不自由の寂しさと自由の辛さを共に抱え続ける人生。


どれも同じ人生。そこに優劣なんかありゃしない。


「......まあ、お前も白珠も悪い奴ではないのは確かだからな。またいつか聞かせてもらうわ」


「そんな時が来ないことを祈るよ」


もしそんな時が来るとしたら、俺は全てを話すことができるだろうか。

目の前でうたた寝を始める男も、しとしとと窓を叩く雨も何も答えてはくれない。

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