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page18 月に届く唄

『愛が笑うから 僕も叫ぶんだ

 死霊の束 凍える海 悪意に飲み込まれても

 人生は一度きり 死ぬのは無駄遣い

 魂吐き 血を揺らして 命燃やし続けるんだ

 響け勝鬨 その銅鑼鳴らせ』


今日は久々の、『Spirits of Gray』のライブ。夏祭りの後夜祭ぶりだ。


前にも言ったが、この基地には娯楽は少ない。ゾンビによって日本中が崩壊しているのだから妥当ではあるが。

そんな中、この娯楽の少ない基地で定期的に行われるライブは住民たちの唯一の癒しといっても過言でないのだ。

この世界に対する絶望感と、それに負けない活気あふれる歌声は基地全体を勇気づける起爆剤にもなっている。


「今日のライブはここまで! みんなありがとう!!」


ステージ上から締めの言葉が述べられると、観客が一斉に大きな歓声を上げた。

楽しかった、もう終わってしまうのかと悲喜交々ではあるが、つまらなかったと言う者は一人もいない。


リーダーの古村は元々音楽の道を志していたこともあって、演奏能力と歌唱能力はチーム内でも群を抜いている。

加えて顔も性格も申し分なしというスーパーウーマン。この『Spirits of Gray』が大人気な一因は間違いなく彼女にあるだろう。


「いやー、今回の演奏も凄かった凄かった」


生前音楽をまともに聴いてこなかった俺でも、彼女の歌声には胸を打たれるものが確かにあった。なんというか、深い絶望からもう一度立ち上がる勇姿を見ているような気分になる。

簡単に言うと、魂が震えあがるような気分。

だから最初の演奏を聴いて以降、時間があればこうしてライブを覗きに行っているのだ。


ちなみに今回はサラが体調不良で居ないため、俺だけでライブを堪能中。

どういう体調不良なのかは教えてくれなかった。


「あ、黒金。ちょっと待って」


帰って寝ようと思っていたところに、ステージ上から古村に呼び止められた。

急な名指しに周囲の観客がどよめく。勿論、一番動揺したのは俺だけど。


「何? 俺なんかしたっけ?」


「今ここで話せないから、片付け終わるまで体育館裏にいてくれる?」


体育館裏とかいう不穏なワードが飛び出してきた。

漫画とかで不良がイジメる時に使う場所じゃん。


確かに、俺は過去古村とひと悶着あった。

だけどそれはライブ前にウジウジしていた古村を叱り飛ばしただけであって、俺が完全に悪いというわけでもないはずだ。

とはいえ逆恨みされてもしょうがないくらいの勢いで暴言を吐いたのも事実。

覚悟を決めて行くしかないか。


「(調達者がいないなら六人くらいが対応限度か。夜という事を考えたら俺の方に分があるといっても差し支えないな)......いいぞ」


「なんか今違う事考えてたよね?」



★★★



「え、新曲?」


「うん」


大体三十分くらい待った後、やってきた古村の口から飛び出たのは『新曲の作詞をしてほしい』だった。


冗談抜きで集団リンチに遭うと思っていただけに、目から鱗の頼みごとに頭が混乱する。

わざわざ武器の薙刀まで持ってきたから、これでは逆に俺が古村を襲う構図みたいになっちゃってるし。


「...なんで俺? 音楽に関しちゃ素人だぞ」


「あれ、言わなかったっけ? 私らの持ち歌は調達者(プロキュラー)がモチーフなのよ」


そういえば、そんな話をどこかで聞いたような気がする。

俺には回ってこないと思って記憶から消していた。


「そういうわけで、お願いね。期限とかは考えずにノンビリやってくれたらいいよ。何かあったら音楽室に私は基本居るからよろしく」


まだ片付けが残っているのか、それだけ言って古村はまた駆け出した。

忙しそうだなー、と適当なことを思いつつ、彼女を見送る。


「...受けるとは言ってないんだけど」



★★★



「それで、俺たちにどうすればいいか聞きに来たというわけか」


結局どうすればいいのか分からないので、たまたま会議室にいた藤堂さん、荒川さん、穂村に聞くことにした。

ちなみに三人ともライブは観ずに明日の作戦会議を立てていたらしい。


「俺作詞とかしたこと無いんすよね」


「俺らだってしたことなかったよ。凄いのは俺らじゃなくて古村だ」


古村は適当に作った文章にメロディを付けて弾き語りするのが好きらしく、それがこういったライブでも活かされている模様。

思い付きを一つの曲として成立させるのはとても難しそうに感じるが、そこは彼女の才能でもあり努力の塊でもある。


「ま、俺が頼まれたときは苦労しなかったけどな。なんせ思っていることを書きゃいいだけなんだし」


穂村が作詞したのは『explosion』という曲で、全体的に派手な曲だった。ロックバンドの曲なんて大抵派手なもんだけど。

歌詞には『爆発こそ正義』だとか『魂を燃え上がらせよ』みたいな、いかにも穂村が考えそうなものだった気がする。

良く言えば王道、悪く言えば陳腐。


「俺はよくわかんなかったから、昔聞いてた曲をパクッったなー」


荒川さんの曲名は『great river』というもので、曲名こそ彼に合っているがその中身はらしくもない。

生きることへの苦悩や絶望感など、能天気でマイペースな荒川さんとはギャップがあって結構驚いた。

こんな人でも意外と悩んでいるんだなーと思っていたけど、真相は全くそんなこと無かった。


「俺は結構悩んだぞ。語呂良く纏めるのは中々難しい」


藤堂さんのは『Hell's Fang』。すっかり忘れてたけどこの人は中二病だった。

歌詞はよく覚えてないけど、意外と当たり障りない事を言っていたような気がする。もしかしたら俺が中二病に片足突っ込んでいて、気づかなかっただけかもしれないが。


「はえー、色々あるんすねぇ...」


「ま、そこまで深刻になる必要もない。とりあえず自分が思っていることとかを書き出して、纏めるのは後にすればいい」


「それが難しいのでは...?」


「書き出すだけならそんなでもないさ。俺たちは明日に備えてそろそろ寝るから、ここで好きに考えておけ」


気を遣ってくれたのか、三人が部屋を出て行った。ご丁寧に部屋も片付けてくれたのがうれしい。

それと紙とペンも置いて行ってくれた。この世界じゃこういう些細なものも馬鹿にならない値段がするので、無料で使わせてくれるのは非常にありがたい。


「さて、どうしようか......」


一人取り残された俺は会議室の椅子に腰かけ、足を机に置いて色々考えを巡らせる。

思っていることを書くといっても、まず俺が思っていることなんか特にない。


誰かに伝えたいこととかもない。サラとかの個人個人に伝えたいことはあるけど、それを大衆用の歌詞に乗っける意味がない。

個人向けの曲が古村に合うのかという疑問もあるし。


取り留めのない事を考えていたら、いつの間にか一時間半も無駄な時間を過ごしていた。

眠気もいい感じにやってきたし、明日考える方がいいだろうか。


「......?」


「あ...矢田さん。どうもっす」


音もなく会議室に入ってきたのは、現基地内最強と言われる矢田さん。

その恵まれた体格と黒く焼けた肌、そしてSPのようなサングラスが特徴の男だ。

一度も喋っていることを見たことが無いので、『昔のトラウマで口が利けなくなった』『俺達に会話するほどの価値を見出していない』などといったうわさだけが独り歩きしている。


「......」


「あー、えっと、古村から歌詞を作れと頼まれまして...」


なんとなく打ち明けてしまったが、喋らない人に悩みを話しても意味はない。

むしろトラウマか何かを傷つけてしまったかもしれない。謝った方がいいだろうか。


「...まず、伝えたいことを明確にするといい」


「えっ」


初めてこの人の声を聴いた。見た目通りのダンディーな声だ。

急に自分の声を明かしたことにびっくりして、逆にこっちの声が出せなくなる。


「...失礼っすけど、喋れたんすね」


「喉が弱くてすぐに調子悪くなっちまうから、大事な時以外は喋らないようにしてんだ」


じゃあ今は本当に大事な時なのか、と疑問に思ったが、せっかくの好意を無下にするわけにはいかない。

ほんの少しだけたどたどしい喋り方をする彼の助言に従ってみようと思う。


「伝えたいこと、か...。とはいっても見ず知らずの他人に伝えたいことなんか何も...」


「他人じゃなくて仲間に伝えたいこととかはあるだろう? それに、『伝えたいこと』というのはそんなに難しくはない。基地の景観が好きだとか、これを食べてみたいとか。そういうくだらないものでもいい」


「なるほど。それなら俺は......」


俺が生前、最後に助けた女の子に。

俺の居場所を作ってくれた少女に。

俺の生きた意味を受け止めてくれた貴女に。


伝えたいことなんて山ほどある。

大事なことも、くだらないことも。


「ありがとうございます。なんか色々思いつきました」


「月並みな事しか言えなかったが、それならよかった。でも、あんまり夜遅くならないようにな」


そそくさと矢田さんが腰を上げ、会議室から去っていった。



★★★



「おお、早かったね」


「最初は悩んだけどな。テーマ決めたらパパッと書けたわ」


新曲を書いてと頼まれてから三日後。

音楽室で一人自主練をしている古村の元へ、出来上がった歌詞を渡しに来た。


そのスピードに、流石の古村も面食らった顔をしている。

ちなみにこれまでの最高記録は穂村の一週間らしい。俺はその半分以下で書き上げたわけだから、彼女が驚くのも無理はない。


歌詞の載った紙を受け取ると、途端に難しい顔つきになる。

メロディの組み立てや他楽器との兼ね合いもあるから仕方ないのだが、渡した側からすれば採点されてるようでドキドキする。

穂村と藤堂さんは一回ずつ駄目出しされた経験があるとのこと。


「なるほど。いい曲になりそうではあるけど、これロックバンド向きではないね」


紙から顔を上げると、古村が満面の笑みを顔に浮かべた。


「あ...。めんご」


「まぁ、そういうのは私の仕事だからどうにかするよ。作詞ありがと」


軽く握手を交わしたあと、古村が体育館に向かって駆け出した。恐らく他メンバーとその曲について打ち合わせるのだろう。

小さくも大きなその背中をじっと見送ろうとする。


ふと思ったのだが、古村は歩いてる時より走っている時の方が多く目にする。

人気者は見えざる苦労も絶えないのだろう。

だけど、きっとそれは彼女の音楽に対する愛情が爆発していることの表れに違いない。


「古村、次のライブは?」


「日曜日! 楽しみにしてて!」


もっと歌いたい。もっと演奏したい。もっと誰かの心を動かしたい。


死んでいった仲間たちの想いは、確かに繋がれている。

彼女が歌う意味は、それだけ。されどそれは、大きな意味なのだ。

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