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page16 海行こう

お互いの過去と境遇を吐いてから、数日が経った。


「流石にこの時間帯は、まだ涼しいな」


まだ夜明けとも言えない時間帯に、俺はとある場所に佇んでいた。

あの日以降、変わった事が俺達には二つある。


一つが、葛城って人のお墓参りをするようになったこと。


今までやってなかったのかよと驚くだろうが、そもそもこの基地には墓場が無い。

基地内に腐敗臭を出してゾンビを寄せる事を防ぐのと、そもそもゾンビに喰われて死体が残らない人も多くいる以上故人の墓を造るかどうかで揉めるのを防ぐためだ。

なのでお墓はサッカーコートの端っこに、骨などではなく着けていた白百合の髪飾りを埋めた。


そして、もう一つ。


「おはよ、京平」


「ああ」


下の名前で呼び合うようになったこと。


別に付き合い始めたわけでもないのだが、サラからの君付け呼びが気になったのと、過去を共有した以上他人行儀みたいな関係はどうかと思ったからだ。

最初はちょっと恥ずかしかったが、三日もすれば案外慣れる。


「また葛城さんのお墓参り? 会ったこと無いのに」


「先人には敬意を払うもんだろ」


墓の事を知ってるのは、俺たちの他にごく少数だけしかいない。

だから俺も、ここで手を合わせる。


この基地を命懸けて守ってくれた人だ。間接的には俺の恩人にもなりうる。

そういう人にはせめて手だけでも合わせないと罰が当たるような気がする。神様の存在を知ってしまって敏感になってるだけかもしれないが。


「それもそっか」


サラと並んで手を合わせる。


この人は一体、どういう思いでこの世を去っていったのだろう。

夢半ばで逝ってしまったなら、どうか安らかに。


「......よし。朝飯食いに行くか」


「お金あるの?」


「ちゃんと討伐報酬もらったから無問題(モーマンタイ)。いつまでも貧乏人と思うなよ」


朝六時より少し早い朝食前。俺とサラだけの小さな秘密だ。



★★★



というわけで食堂。

これまで特に言及していなかったが、場所は第一校舎の西側のでかい被服室。

教室二つ分のスペースがあるが、机も椅子も到底足りてない。なので、飯を食いたいときは基本テイクアウトして外で食う必要がある。


ちなみにメニューに関してだが朝は固定で、夜は五品から選ぶ形式となっている。

今朝はジャムパンとコンソメスープとミルク。スープの具は人参と玉葱の端切れ。勿論一人一杯。

正直言って味はそんなに良くないが、まあこのご時世で文句言うやつなんて子供以外にはいない。


そして気になるお値段だが、朝食は一律五百円。夕食はメニューによって変わる。高いときは二千円を超える日もある。

高いかは分からないが、味とか考えると割に合っているとは思い難い。


「京平は生前何食べてたの?」


ジャムパンを両手で持ちながら少しずつ食べ進めるサラの姿は、どことなくハムスターっぽい。


「今とそんなに変わんないぞ。強いて言うならジャムパンが市販品だからもうちょい美味かったな」


近くの業務用スーパーで、五十円で買えるパンが気に入っていた。

市販品は最低限の味が保証されているのがいいところだ。ここみたくジャムやスープの量が違っているようなことが無い。

なんか俺の分よりサラの分の方が若干多いんだよないつも。


とはいえ、ちゃんと働けば普通に飯が食えるのはいい事だと思う。

生前は貧乏だったから朝飯自体抜くことも結構あった。今は毎日ありつけるだけで充分だ。


「サラは?」


「朝ごはんはもうちょっと豪華だったかな。あと、こんな風に地べたに座って食べることも無かった」


父が凄腕の実業家だったらしく、俺と違って衣食住には困らなかったとのこと。

母親からは本物のお嬢様のように厳しく窮屈に育てられた影響もあって、今はこのような自由を謳歌できるのも悪くないらしい。


運動場へ続く階段に座って食べてるので、朝の風が心地よい。

太陽も少しずつ活気を取り戻し......


「......暑いな」


「......暑いね」


だんだん熱くなって来た。流石に夏なだけある。

当然の事だがこの世界で電気なんて無駄遣いできる代物ではないので、基本エアコンも扇風機もないまま我慢して過ごすしかない。

貧乏暮らしの俺はある程度慣れてるが、サラは結構辛そうだ。白い首筋には汗が滲んでいる。


「海行きてーな。とにかく涼みたい」


「海、ねぇ......」


蝉も起きたのか、ジーワジーワと鳴き始めた。近くにいるのか意外とうるさい。

朝飯を食い終わったころには、太陽が結構高いところまで登っていた。時刻としてはおよそ九時くらいといったところか。


「私も海行きたくなってきた。近くに海あったっけ?」


「前見た地図には、確か東の方に海があったはず」


記憶の中にある地図をなんとか思い出す。

この基地と、俺が転生して最初に目覚めたビル街。そしてその奥に海があった気がする。

勿論ここから近いわけではない。徒歩でも一日で戻ってこれる距離ではあるが、ゾンビの事を考えたらバイクが一番だろう。


「よし、ボスから出撃許可貰おっか」


「あほかお前、そんなんで許可貰えるわけないだろ」



★★★



「貰えてよかったね」


「絶対おかしいって、本当に」


流石に『海に行きたいから』ではなく『制圧範囲外のパトロールとバイクの試運転』で通したらしい。

それでも結構ギリギリだったそうだが、通りすがりの荒川さんがいい感じに説得してくれたとのこと。


そういうわけで、俺たちは基地から数十分ほどバイクで走った先にある海岸に来ていた。


ザザン、ザザンと一定間隔で耳に伝わる音と、そのたびに全身を伝う海風が心地よい。

時折響く海鳥の声やちょっと強めの波音もいいアクセントを生み出しているような気がする。

見てるだけで涼しい気分になれる海は偉大なものだ。


「そういえば、道中あんまりゾンビいなかったね」


「この前の防衛戦で軒並み殺しまわったからな」


いつもは五分歩いたら一体は見つかるのに、今回は数十分走って二、三体しか見なかった。

逃げるように走っていくのが見えたりと行動面でも以前とのギャップが良く見られる。


まぁそんなことはどうでも良くて、本題は海。


「冷たくて気持ちいい」


サラは既に波へ素足を突っ込んで遊んでいる。

防衛戦からあまり日が経ってないというのに、ずいぶんとのんきなものだ。


とはいえずっとゾンビ達と血なまぐさい死闘を繰り広げていたからか、この緩い時間が心地よく感じる。

俺とサラの他に誰もいない、静寂の空間。

カンカン照りの下で突っ立っているのに、暑さをちっとも感じなかった。


「京平って泳げるの?」


「プール監視員のバイトもしてたからな。人並みには泳げるつもりだ」


「へぇ。私は泳げないや」


泳げないのに海行きたいとか言い出したのか、と悪態を突きそうになったが何とか堪えた。

泳げなくとも、海にはたくさんの魅力があるから。


「泳がないの?」


「水着も持ってないのにどう泳ぐんだよ」


「持ってきてるけど? 京平のぶんも」


「うん、なんで?」


どうやらボスに許可をもらった帰り、購買でそれっぽいのを買ったらしい。

ちなみに一着で二万五千円。サラ(買う奴)も売る奴もヤバすぎる。


「着ないなら京平に建て替えてもらうから」


「分かったって、着ればいいんだろ着れば! くそっ、三回も命を助けた奴になんて仕打ちなんだ...」


「私はあっちの岩陰で着替えるからね」



★★★



「もーいーかーい」


「いいぞ」


そういうわけで、水着姿でのご対面。


俺の水着は普通の黒い海パンだった。特に言う事なし。

そしてサラの水着なのだが、


「......なにそれ?」


「水着。フリル付きでかわいいでしょ」


パステルブルーを基調としたビキニがサラの白い肌と良く似合ってる...気がする。

フリルが泳ぐのに邪魔そうな気がするが、まあガチで泳ぐわけでもないし見た目重視なのだろう。

そもそもこんな世界でどうして見た目重視の服が取り扱われているのか、という事は考えないことにする。


「そんなに私の胸が気になるの? 男の子だねー」


自分の胸に手を抑え、サラがニヤニヤと俺を見つめている。


「...なんでしょっちゅうサイズ変わるん?」


「サラシ巻いてるからね。私のは大きいから動くと邪魔だし」


大きい時と小さい時があると思っていたらそういう事だったのか。てっきり胸元に何か武器でも隠してるのかと思っていた。

確かに、平均女性のバストサイズからは二回りくらい大きい...ような気がする。

そもそもサラの身体が細すぎて分からん。


「お前細くね? ちゃんと飯食ってんの?」


「多分だけど京平よりは食べてると思う。それより、京平って意外と筋肉あるんだね」


「この仕事やってて筋肉付かないわけないだろ」


生前から肉体労働をしていたから、というのもあるが。

そして筋肉無いと思われていたのか。結構ショックだ。


「じゃあ、さっそく泳ご。泳ぎ方教えてね」


そう言ってサラが砂浜をワシワシと歩き波に足を踏み入れたが、そこから動かなくなった。


「......どうした?」


「なんか変なのがいる」


見れば確かに、向こう側に水しぶきを立てている何かがいるではないか。しかも人間には出せないようなスピードで。

さっきまではいなかったはずなので、何処かからやってきたのだろう。


「......このままだと碌に泳げねーし、なんとかするか」


「ここからじゃ人かゾンビか魚か分かんないから、とりあえずおびき寄せてみよう」


「だな。ゾンビだった時のために武器持っとけよ」


ゾンビは嗅覚がいいので、適当に匂いのきついものを置いとけばどうにかなる。

というわけで残酷だがその辺にいた鳥を銃で撃ち殺し、死骸を浜辺に置いておく。ちなみに銃の扱いはサラの方が圧倒的にうまい。


さらに海洋生物だった時のため、何回か空に向かって空砲を撃つ。ビビって逃げるならそれでいいし、こっちに向かっているならむしろ好都合だ。

そして限りなく可能性は低いが人間であることを考慮して、一応大声で呼びかけてみる。多分聞こえていないだろうけど。


「...お、向かってきた」


しばらくして、遠くの方を泳いでいた何かが九十度方向を変え、こちらに向かってくるのが観測できた。


「速度的に人間じゃないね。サメとかかな?」


「それが一番嬉しいな」


物凄い量の水しぶきを上げ、段々と距離を縮めてくる。

頼むからサメか何かであってくれ、と祈るように薙刀を握りしめた。


あとちょっと、というところでいきなり水中に深く潜り、天高く飛び上がった。


独特のフォルムと大きな背びれと尾びれ。全長四メートルはあるであろう体躯。

太陽と重なってよく見えないが、キラリと白くて鋭い牙が光っていた。

あれは......


「......サメ?」


サラが声を漏らす。

確かに見た目はサメだが、決定的に違う点が一つ。

それは、コイツの体色が濃灰色や白ではなく、まるで腐ったような緑色。


この色はもしかして......


「こいつ、サメのゾンビか!」

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