page14 俺の役目
「はぁ、はぁ......」
首が落ち、切断面からドクドクと緑血を流す肉塊。
膝を突いたままピクリとも動かない。
辺りには月光を反射して煌々と輝く鉱石が無数にも散らばっている。
そんな月明かりの下で、俺は一人佇んでいる。
足元にはゾンビとは対照的な鮮血が、アスファルトに染みを作っていた。
周囲にはゾンビ一匹もいない。ビビって逃げたか、他の方角に向かったか。
ここに在るのは俺一人と、どこかから吹いてくる夜風のみ。
その静けさと月の眩しさに、思わず目を閉じてしまいそうになる。
「よくやった」
気絶しそうになって前のめりに倒れそうだったのを、藤堂さんが受け止めてくれた。反動で僅かに吐血する。
お陰でギリギリのところで意識を失わずに済んだ。
「あの個体をまさか単独で撃破するなんてな......俺は正直、お前の事を見くびっていたようだ」
「一歩間違えたら死んでました。勝てたのはマグレみたいなもんです」
幾つもの不意打ちを潜り抜け、白珠の拳銃と隠し玉を使ってギリギリ。
背中の鉱石飛ばしや催涙弾に対する耐性など、いつどの場面で死んでもおかしくない戦いだったように感じる。
「防衛戦はあと三十分だ。お前は保健室でゆっくり休んでおけ」
「了解です。一人で歩けるので藤堂さんは北に戻っといてください」
★★★
「え、じゃあ東の防衛はどうしてたの?」
一夜明けて、保健室。
俺と白珠は隣同士のベッドに転がされていた。
無事に夏祭りも終わり、運動場ではゆったり片付けムードと、後夜祭の野外ライブの音が流れていた。
多少のイレギュラーがあったとはいえ前年に比べれば、遥かにいい結果だったんじゃないかと思う。前年知らないけど。
祭り後の掃討戦を矢田さんと穂村が行ってくれたおかげで当分の出撃もないようで、比較的平和な雰囲気が基地には漂っている。
そして俺と白珠は集中治療を美沢先生から受け、昼まで寝てたというわけだ。
ちなみに美沢先生は現在外出中。器材などを買いに行ってるらしい。どこに売ってるんだそんなもん。
白珠は外傷こそ多かったがいずれも深いものではなく、治療と栄養と睡眠ですっかり回復している。勿論、早くに運ばれたお陰で迅速な治療を受けられたのも大きい。
俺も大体同じ。ただ一個違う点として、保健室に運ばれるのが遅かったせいで一時失血がえげつなかったことがある。
「いや、俺が防衛やってたけど」
「......ん?」
「え?」
「ゾンビに辛勝だったんじゃないの?」
「うん。そのあと藤堂さんを北に向かわせてから、俺一人で東守ってたわけ」
これが治療に遅れた理由。
意識が朦朧とする中で半刻の間ゾンビを斬り続け、藤堂さんと合流しようとしてた荒川さんが血まみれの俺を見た瞬間悲鳴を上げていたところまでは覚えてる。
曰く、並大抵のゾンビよりはるかに怖かったとのこと。
「えぇ......スタミナお化けじゃん。ゾンビよりもゾンビしてるし」
「言っとくけど、お前と見習いが抜けた分を繋いでただけだからな......?」
そもそも見習いが残っていれば最低限の繋ぎにはなったんだ。大事な場面でバックレるなら最初から来るんじゃねーよとは思う。
結局、防衛戦を通して残った見習いは菊池一人だけ。他の三人はゾンビに恐れをなして辞めていった。
俺としちゃあ腹立つが、白珠たちが何も言わないのなら俺から言うことは何もない。
「ったく、立ったまま意識を失っている人間なんて初めて見たぞ」
いつの間にか、保健室の入り口に藤堂さんが腕組みをして立っていた。この人音もなく近づいてくるから怖いな。
見たところ目立った怪我はなさそうで良かった。メガネのレンズにヒビが入っているのが気になるが。
「あ、藤堂さん。防衛お疲れさまでした」
「他の皆は大丈夫っすか?」
「皆問題ない。というかお前ら二人が一番大丈夫じゃないだろ」
それもそうだ、と白珠と顔を合わせて笑いあった。
ここに運ばれていないんなら大丈夫に決まっている。
「とりあえず、黒金と白珠は後日改めて説教だ」
「なんでや」
俺は命令に背いて防衛戦を継続した罰。白珠は通信機を切って独断でゾンビと戦った罰とのこと。
白珠はともかく、俺も説教なのは理不尽だと思う。
まぁ説教で済むのは情状酌量の結果と言える......のか?
「まあ辛気臭い話は後にして、今晩会議室で打ち上げを行う。歩けるなら来い」
そこまで言うと、藤堂さんは保健室から出ていった。
どうやら打ち上げと称した残飯処理らしく、防衛戦の反省点や住民からの苦情を話し合いながらそれを食うだけのクソみてぇな会っぽい。
前々から思ってたんだが、この基地では調達者の地位がやけに低いように感じる。
基地内での雑用は免除される権利はあるが、全体的にこういったイベントではハブられてるような気もする。
白珠たちは気にしてないようだから俺の考えすぎかもしれないけども。
「病人を遠回しに連れ出そうとするとかやべーな。行かなかったらトドメ刺してきそう」
「でも行くんでしょ?」
「当たり前だ。腹が減って安眠もできねぇしな」
そもそもこの保健室利用料が経費で落とされないとか何のギャグだよ。
一応半額以下に割引してくれたが、これじゃまともに飯にありつけない。
★★★
そういうわけで打ち上げ。
既に会議室には結構集まっていた。
「お、これ美味いね」
「これイカ焼きか? イカとかよくあったな」
「焼きそばのソース薄くね? 塩振って食った方が美味いぞ」
神妙な顔で今後の動向を語り合ったりするのかと思ったが、そんなことはなかった。
ただ飯を食ってるだけだ。
「あの、反省会は?」
左隣に座っている藤堂さんに聞くも、彼もお好み焼きを食べている。
相変わらずの仏頂面なので美味いと思ってるかどうかは分からないが。
「打ち上げって言っただろ。そもそも反省するようなこと、俺たちはしてないしな」
それはそう。
「ほら、黒金君。食いなって」
後から入ってきた荒川さんが俺の肩を叩きながら、フライドポテトを差し出す。
塩味が良く効いていて旨い。再加熱したものだから油っぽさが増しているが、久しぶりにジャンキーなものを食えて脳が喜んでいるのが感じれる。
白珠はさっきからりんご飴や綿あめなどの甘いものを頬張っている。
この世界で虫歯になるのを恐れないのだろうか。まあ本人が幸せそのものの表情をしているからそういうのは野暮だろう。
丸一日水以外何も胃に収めていなかったから、一度食べ始めたら止まらない。
当然ながら前世の屋台には遠く及ばないが、ソースなどの濃い味付けで素材の微妙さが誤魔化されているのが良い。
白飯かなにかが欲しいように感じる。
「いやー、まさか黒金君が防衛を続けていたとはね」
「こいつ、爆弾好きの俺よりイカレてるよな」
ラムネのビー玉をどうにかして取ろうとする最上川さんと、イカのゲソを一本一本律儀に噛み千切る穂村。
今回の防衛戦で誰が一番ゾンビを殺したかと聞かれたら、多分一番は穂村だろう。こういった戦いでは爆発の有難みをよく感じれたように思う。
「私も調達者の一員として認められたってことでいいんですよね...?」
「......!」
遠慮がちにたこ焼きを食べる菊池と、唐揚げを頬張りつつ親指を立てる矢田さん。
こんな感じで、菊池はこの防衛戦で正式に調達者として認められることになった。
本人は実力不足を痛感したようで、初対面の時よりも格段に大人しくなっている。ちなみに会議欠席はちゃんと謝ったらしい。
「そういえばさ、最近妙なゾンビ多くない?」
ワイワイと宴会みたいになってる中、ふと思い出したように荒川さんが疑問の声をあげた。
「確かに、この前の大型ゾンビといい何かキナ臭いな。今年に入ってから突然変異はこれで六体めか」
たこ焼きを口に含みながら指折り確認をする最上川さん。
一体目がカラスのような翼を背中に生やした飛行ゾンビ。
二体目が口から光線のような炎を吐く火炎ゾンビ。
三体目が二対の腕を自在に操る阿修羅ゾンビ。
四、五体目が規格外の身体と予想外の俊敏さを持つ大型ゾンビ。
そして六体目がアーマーのような宝石を身に纏う鉱石ゾンビ。
一月から今現在の七月にかけて、これだけの突然変異が出現しているらしい。
以前は年に一度出るかどうか程度だったらしいので、今年に入ってから明らかに出現率が上がっているのがわかる。
ちなみに一体目は最上川さんが飛行中を撃墜、二体目は穂村が火力差で勝利、三体目は荒川さんと藤堂さんがタッグで仕留め、四体目は矢田さんがトドメを刺したらしい。
五、六体目は俺ね、俺。すごいでしょ。
「そもそもゾンビってどっかの研究所から広がったんだろ? 突然変異ってことは未だにゾンビ作り続けてる奴がいんの?」
ゾンビには生殖機能も繁殖方法も発見されてないため、個体数を増やすには人工的に作り出すしかない。
今でも詳しいことが解明されてないため断定はできないが。
「流石にそんなイカレた奴がいると思えないな。何かしらの方法で繁殖してるだけじゃない?」
「十年たっても確認できないなら、無いって考える方が自然じゃないっすか?」
仮に繁殖方法があるとして、一体それはどういうものなんだろう。
人間と同じだと面白くないから卵とか産んでほしい。それだと頑張ったら卵食えるかな。
生まれた子ゾンビが一番最初に見た動くものを親としてみなすなら、ヒヨコっぽくて面白い。
「こんな世でもゾンビ作るマッドサイエンティストがいるとか信じたくねーよ俺」
「俺からすりゃ、穂村も十分マッドだぞ」
「今のセリフ、ちょっと俳句っぽい」
「季語無いから川柳だろ。そして急にどうした」
膨れる白珠を宥めつつ、今後について少しだけ考えてみる。
仮に黒幕がいるとしたら、いずれ誰かが決着をつける必要がある。
もしかすると、俺はそのためにこの世界へと呼ばれたのかもしれない。
だとしたら、あの神は一体何を考えて俺をここへ転生させたのか。ご褒美だと言っていた癖に今のところ罰ゲームとしか思えない。
「まあ、そういう難しい話はしよう。今は飯を食う時間だ」
意外にも藤堂さんは、この話に乗りたがらないようだ。
彼の一言で荒川さんたちも話をやめ、残飯処理へと舞い戻る。
そういうわけで一晩中食い続け飲み続け、最後まで寝ずに残ったのは俺と白珠だけになった。
「......皆寝ちゃったんだけど、どうする?」
「とりあえず置いといて、ハエが集らないようにゴミだけは片付けとくか」