page11 黒と白
「去年の夏祭り防衛戦について教えてほしい。白珠の様子がおかしいんだ」
俺の口をついて出た言葉に、菊池が面食らった顔をした。
「白珠先輩...ですか?」
「ああ。今日の会議で、自ら東の防衛を立候補してな。なんか気になったんだ」
「東......というのは防衛戦の立ち位置ですね」
うーん、と菊池が再度顔を下に向けて黙りこくる。
考えてみれば彼女は去年、見習いですらなかったはずだ。調達者に関する情報はあまり知らされてないだろう。
「というか、なんで他の先輩方にそれ聞かなかったんですか?」
「白珠がいるあの場で聞けるような雰囲気じゃなかったし、後輩に顔合わせてこいって藤堂さんが言ってたからな」
白珠に聞けば教えてくれたかもしれないが、思ったよりも深刻そうな雰囲気が彼女から出ていたので思わずためらってしまった。
むやみやたらに聞いて回るのも配慮が無いと思うし。
「クズ共って...後で謝ろうかな」
この女、見た目の割に結構ややこしい性格をしている。
怒られるのが怖いのに会議をサボるとかとんだダブスタ野郎だ。野郎ではないか。
「まぁそんなことは置いといて、何か知ってるか?」
「そうですね......あ、そういえば去年一人調達者が死んでましたよね」
確かに、それは気になっていた。
その人とも何かしらの関わりがあるかもしれない。
「どんな人だった?」
「確か...葛城って人でしたっけ? 女性という事しか知らないですけど」
俺の前に葛城という人がいたのか。
会議で藤堂さんが言ってたことを鑑みると、その人が去年の東側を担当していたという事か。
そして、ゾンビの襲撃に遭って死んだと。
「もしかして、その人って白珠と何か接点あったのか?」
「どうでしょう...白珠先輩が入るまでは女性調達者はその人だけだったはずなので、割と接点あったんじゃないですかね」
となると、白珠は葛城って人の敵討ちにでも出ようとしてるのか。
あるいは何か、別の狙いがあるのかもしれない。
「武器屋辺りにでも聞いておくか......こいつが嘘吐いてる可能性もあるし」
「信用してないって目の前で言われる私の気持ちになってくれません?」
★★★
場所は変わって、三階の空き教室。
運動場で夏祭りの準備をする人たちを、白珠は一人で眺めていた。
「引き金を持ったままぼーっとするな。危ないだろうが」
はっと我に返って振り返ると、いつの間にか藤堂が立っていた。
そして拳銃を持っていることにも気づかなかったのか、慌てて白珠が手を放す。
「黒金は一緒じゃないんだな」
「考え事してたので」
「見習いには会ったのか?」
「どうせ逃げるでしょ」
やれやれ、と藤堂が軽くため息をついた。
調達者が人員不足な理由に、新人がすぐ死ぬorすぐ辞めるからというのがある。
大抵はこの防衛戦で心を折られ、見習いを辞めて元の暮らしに戻るのだ。
どれだけ訓練しても実戦経験は積めないから仕方ないのだが、現実を知るという事が出来ない奴はどこにでもいる。
そして逃げる奴は、防衛戦の途中で居なくなることが結構ある。
だから藤堂含めて誰も見習いには期待してないし、カス共という問題発言に黒金以外何も思わなかったというわけだ。
「まあいい。今俺がここにいる理由はそれじゃないからな」
「葛城さんの事でしょ?」
やっぱりか、という顔で藤堂が白珠の顔を眺める。
葛城紗友里。
白珠の加入前は唯一の女性調達者で、且つ基地内最強。
それでいて人望もありなにかと頼りにされることが多く、その美貌とスタイルも相まって基地でも屈指の人気を誇っていた。
「お前が今年の東を担当すると言い出したが、正直俺は反対だ」
「実力不足だから?」
「それもあるが、お前は葛城さんの遺言に縛られすぎている。下らん敵討ちなんぞにリソース割けるほど、調達者も暇じゃあない」
「別に敵討ちだけじゃないです。去年に奴を取り逃したから、今年も来る可能性が高い。その時に見習いだった私が一番対処できると思ったんです」
至極合理的でしょといった白珠の主張に、藤堂が難しい顔をする。
会議からずっとそんな感じなので、額に皺でも刻まれそうだ。
「そもそも奴が来ない可能性だってあるだろう。現にあれから一年間姿を現していない」
「それなら別にいいじゃないですか。何か問題あります?」
「......お前は来ると確信しているから志願したのだろう?」
二人の間に静寂が流れる。
空いた窓から流れる風が、嫌に寒々しい。
「別に確信してるわけじゃないです。ただ、成功体験ってゾンビにも効くんじゃないかって」
この基地は完成して以降、約十年間の間ずっと住民を守り続けてきた。
破られたのは片手で数えられる程度。
そして、最後に破られたのは去年の防衛戦。
手薄だった東側、注意の向かない状況、新種のゾンビ。
これらすべてが要因となり、ゾンビの基地侵入を許してしまった。
入ったのは僅か数体が数分だけだが、もしゾンビ側がこの戦闘を分析して今年に備えていたら?
全くあり得ない話ではない。年々ゾンビの知性が上がっているという話は半ば事実のように語られている。
昔はうじゃうじゃいたゾンビが姿を眩ましているのは、きっと討伐だけに限らないだろう。
「なんにせよ、死ぬのは許さん。一人で突っぱねずに、ちゃんと周りに助けを求めろよ」
「藤堂さんってそういう事言う人でしたっけ? もしかして黒金君で何か変わった?」
「それはお前も同じだろう。あいつに好意を持ってるのがバレバレだぞ」
そっかー...と消え入りそうな声で言いながら、白珠の顔が赤くなる。
バレてないと思っていたのか、と藤堂が呆れるも、同時に黒金なら分かっていないような気もしてくる。
「......まさかお前が、葛城さん以外に誰かを好きになるとはな」
まるで保護者みたいなことを言うな、とでも言いたげに、白珠が訝しむ。
「あいつがお前の探し人だったのか?」
「......そうですね。まだ明かしてないですけど」
元々白珠は基地に来る前、とある人を探していた。
それは彼女がこの世界に生まれ落ちた理由であり、同時に生きる理由でもある。
「明かすかはお前の勝手だが、精々後悔の無いようにな」
軽く手を振り、藤堂が退室する。
一匹狼なようで仲間想いなのが、彼のいいところ。
白珠含め調達者には、それはなんだかんだバレているのかもしれない。
★★★
さらに場所は変わって、ここは地下のトレーニングルーム。
「もうちょい腕伸ばせ! ゾンビ相手に掠り傷は意味ねーぞ!」
「いや限界ですって! 腕外れます!」
俺は来る日に備え、菊池にコーチングを行っていた。
見物として矢田さんと穂村にも来てもらっている。当日は実質的にチームで防衛するわけだから、菊池と顔合わせしていた方がいいという俺の判断だ。
「コイツ見習いン中で実力どれくらい?」
火薬の入ったカプセルらしき何かを弄りながら、穂村が矢田の方を見る。
「......」
矢田さんが、無言で親指以外を伸ばした。つまり四。
菊池は見習いの中で最弱という事になる。
「見習いなんて皆実力は同じくらいだから誤差ですって!!」
「最弱ならしっかり鍛えないとな」
既に二時間はぶっ通しで訓練しているので、地に着いた彼女の手足が震えている。
ちなみに訓練の内容は、シンプルに武器なし対人戦。四肢以外が地面に突けばOK。
ここまで六十戦くらいやって、俺が五十七勝。菊池が三勝。
やっていて、最上川さんよりはマシという感想しか出てこない。
最初の不意打ち(回り込みや脛蹴り)こそ光るものはあるが、それ以降の継続戦がへたくそすぎる。
例えば、敵(俺)との距離感が掴めていない。そのせいで攻撃を避けきれずに喰らってしまっている。
避け方も下手で、とりあえずしゃがめばいいと思っているタイプ。しゃがみはワンテンポ遅れるし疲れるから基本やっちゃいけないとは思う。
三勝も俺のミスが原因だ。
とはいえ最上川さんみたいに壊滅的では無いので、鍛えればまあまあ強くなれるはず。
防衛戦以降が肝心となってくると思われる。
「先輩は訓練受けてないのに、なんでそんな強いんですか......?」
「......基地に入るより前から戦っていたから?」
「なんで疑問形?」
当然嘘だからである。
確かに生前は体育で成績を稼いでいたから運動神経だけは良かったものの、何かのスポーツに打ち込んでいた事もない。
何しろバイトに忙殺されていた日々だったからだ。
そんな俺だったから、今の生活は苦労こそ多いけど楽しさも多い。
同じ調達者の仲間たちに、それを補佐してくれる武器屋やエンジニアの早川。
古村率いる『Spirits of Gray』のライブ。
そして、俺を導いてくれた白珠。
大切だからこそ、奪われるわけにはいかない。
そう思うと、身体が自然と奮い立つ気がする。
「うし、もういっちょやるか」
「ま、待って下さい......死ぬ...!」
その後、度重なる訓練により菊池が祭り前日まで筋肉痛を嘆いていたという。