099 中東 (下)
車は楽々と砂漠を進む。
「車は楽ね。すぐ着きそう」
「そう順調ならいいが。運転手さん、左横に茶色い壁だ」
「確かに。砂嵐だ」
車載トランシーバーで他の車に現地語で喚き出した。
「左、砂塵嵐。見たこともないくらい大きい。下手をすれば遭難だ。最短距離で行けるところまで行こう」
「了解」
車はスピードアップを図る。観光客用のアップダウンが激しい砂丘ではなくて最短距離でオアシスに着くように平なところを走り出す。
「なんて言っているの?」
「見たことのないくらい大きい砂嵐だそうだ。最短距離でオアシスを目指すと言っている」
「あなた、いつからこの地方の言葉が話せるようになったの?」
リューアの眷属になりリューアデータベースが使えるようになったので難なく英語のように聞き取れてしまったタイソー。
「いや、雰囲気からそう言っているような気がしたから」
遭難の話はしなかった。余計な心配となってしまう。
「そうよね。あなたは英語しか話せないものね。私はフランス語も話せるけど」
「俺だってフランス語くらい」
「ボンジュールだけは聞いたことがあるわね」
夫人にマウントを取られてしまったがタイソーは今や地球上の言葉全てペラペラである。奥方の前ではフランス語は絶対ボンジュールのみにしておこうと思った。
窓ガラスに砂粒が当たる。たちまち周りは砂だらけになってしまった。車はすぐ止まった。
「おい、大丈夫か」
「わからない。こんな砂嵐は始めてだ。収まるまで待つしかない」
絶えず砂塵が車を叩く。
「窓ガラスは大丈夫か」
「運が悪ければ割れる」
車内に砂が入ってくる。
「おい、砂が入って来たぞ」
「密閉しているわけではないから細かい砂は入る」
たちまち車内が砂だらけになる。
やや砂嵐の勢いが弱くなった。
ポツポツとフロントガラスに水が当たる。
「なんだ」
すぐ雷が鳴り始め、たちまち豪雨になった。
「まずいな」
「どうした」
「ここは河床だ」
「こんなところで何で止まった」
「渡る途中だった」
「早く脱出しろ」
「車が砂に埋まって動かない」
「おい、ドアが開かない」
「砂に埋まっているからな」
「どうするんだ」
「窓から逃げる。開けるぞ」
キーキー苦しげな音がして窓が開いた。
「あなた。窓を開けたら雨が入って来たわ。どうするのよ」
「ここは干上がった河だ。早く逃げないと上流から鉄砲水が押し寄せてくる。車ごと流され死亡だ」
「旦那、よく知っているね。その通りだ。早く逃げよう」
三人で脱出した。高い方へ避難する。
「あなた。びっしょりだわ。荷物を取りに行かなくちゃ」
「バカ言うな。死ぬぞ」
ひたひたと水が流れて来た。
「大したことないわ。行ってくる」
抱きついて止めたタイソー。
「何するのよ」
「見ろ」
平に少し流れていた水が見る見るうちに広さ高さともに増えた。やがて大河になって、車の周りの砂は削られて車は流されて行った。
「まあ」
雨はそれからしばらく降っていたが唐突に止んだ。
「旦那、車が流されてしまって衛星電話も無線も流されてしまったんですが、まさか衛星電話はお持ちでないでしょうね」
「衛星電話は、持ってない」
「いえね。ちょうど廃墟とオアシスの中間で、あと車で1時間でオアシスに着く位置なんですが、連絡手段がないと困りました」
「あと4台いたろう」
「連中がオアシスに着けば探しに来てくれるでしょうが、オアシスに着いてすぐ引っ返してくれても往復で2時間、探すのに1時間というところでしょうか」
「待っているのか」
「多分ここを渡ると見当をつけてくれると思うのですが、連中も着かないとなると大変です」
「どうなる?」
「夜までには着ている服は乾くでしょうが、喉も渇きます」
「河の水は?飲めそうにないな」
「死にそうになったら飲みますが、まあやめておいた方がいいかと。それに数時間で干あがります」
「弱ったな」
「あんた、何とかしなさいよ」
「うーーん。とりあえず少し登って岩の窪みで日を避けよう」
「それはそうだわね」
バングルが震える。この間もらった愛ホンがバングルの中で震えている。
「ちょっと周りを見て来る」
タイソーはそう言って日除にしている岩の窪みから出て岩を回って少し離れる。
バングルから愛ホンを取り出した。宗形だ。
「タイソーさん、異形討伐依頼があった。みんな出払っているから行ってくれる?この間のハサミの異形がさっきタイソーさんがいた廃墟に出た。黒ちゃんが転移させてくれるから頑張ってね」
言いたいことだけ言って切れた。足元に黒龍。地面が変わる。廃墟に出た。
ラクダは刻まれて死んでいた。ハサミで切って食べたらしい。人の亡骸もある。手を合わせた。リューア教徒である。
それにしても酷いな。許さない。
タイソーはショートソードを抜いた。
ヘリの音がする。すぐヘリが近くに着陸。兵が降りてくる。
「リューア様のIGYOバスターズの方でしょうか」
「そうだ。これから討伐する。ツアー客の亡骸を収容してくれ。それとここからオアシスに向かったツアー客が途中で遭難して岩陰に避難している。わかっている避難者のGPS座標を教えよう。紙はあるか」
兵士から紙をもらってさっきいた場所のGPS座標を書いて渡した。
「車は5台。そのうちの一台の避難者の座標だ。あとはわからん」
「承知しました」
「では行ってくる」
黒龍が案内してくれる。廃墟の街の中に入っていく。
十字路に差し掛かる。黒龍がこちらを見た。
角からハサミが突き出される。待ち伏せしていたらしい。余裕を持って切り落とす。素早く角を曲がってすぐもう一つのハサミを切り落として、頭を落とした。慣れた。
と思ったら後ろから尻を針で突き刺された。黒龍が前足を振って針を切り落とした。何をやっているという顔をしている。
「ありがとう。綺麗に倒せたから自分で感心していた」
尻を撫でながら黒龍に話しかけた。あれ、痛くないな。耐毒性がついたか。傷もないのだろう。
早くやれ、これで完了と黒龍が言っている気がする。
ハサミを切り飛ばして頭を落とす。
これで2億円か。儲かるな。
もういないと黒龍が言っている気がする。
ヘリが次々くる。
まずは愛ホンで宗形にメールしておく。
『蠍型異形2体討伐完了』
漢字で書いた。へえ、俺も日本語が書けるのかと思った。
すぐ「了解」と返事が来た。暇なのか、宗形は。
廃墟から出て、待っていた兵隊さんに報告しておく。
「IGYOは2体。蠍型。尻尾の針は猛毒で少しでも毒がつくと死ぬから気をつけてくれ。請求書は宗形からいくだろう。では私はこれで」
「ありがとうございました。遭難者の救助は手配しておきました」
敬礼されて、黒龍が元の岩場に転移させてくれる。遠くからヘリが飛んでくる。
「ありがとう。みんなによろしく」
黒龍が転移して戻って行く。
「どこに行っていたのよ」
夫人に怒られた。
「今救助のヘリが来るから。音がするだろう」
「何にも聞こえないわよ。ほんとに来るの」
しまった。普通の人には聞こえないのか。
「岩場の上から遠くに見えた」
「見えるわけないでしょう」
それもそうか。
「いや、旦那の言うことは正しい。遠くに見える」
砂漠の民は遠くが見えるらしい。
「音は聞こえないが」
疑惑のタイソー夫人である。
やがてタイソー夫人にもヘリが見えるようになった。
「下に降りていましょう」
ガイド兼運転手に言われて下に降りる。すでに河は川幅狭く小川になってしまっていた。
ヘリが着陸した。
すぐ乗り込んだ。
ガイドがオアシスに行ってくれと言っている。
ヘリが飛び上がり、川筋を探して、手を振っている人を発見、ヘリに収容した。他には見当たらなかった。5台のうち2台が遭難ということだったのだろう。
ヘリは順調にオアシスに着いた。ツアー客と再開。全員無事であった。
予約のホテルに無事着いてホテルの売店で服を購入。支払いはバングルに入っていたカードである。売店の人は目を見開いていた。ブラックカードであった。
その日はホテルで一泊。
翌日、ツアー客は砂漠のオプショナルツアーの予定はキャンセルしてホテルから空港まで直行である。もう砂漠は満腹である。飛行機に乗ってホッとした。飛行機は順調に首都の空港まで着いて砂漠ツアーは解散となった。




