093 アマゾン奥地の集落
アマゾン奥地に世界中の誰にも知られていない部族がいた。
「獲物が少ない。おかしい」
このところ獲物がめっきり少なくなった。こんなことはなかった。
前は自分たちの縄張りの中で自分たちが十分暮らしていける分の獲物がとれた。
獲物も人も昔から変わらず、増えもしなければ減りもしなかった。ところがこの数年獲物が減った。自分たちの縄張りだけでは自分たちが暮らしていけるだけの獲物がとれなくなった。そのため縄張りの外まで出かけて獲物をとらざるを得なくなった。
縄張りの外は他の部族の縄張りだ。いざこざが続いている。
これでは先祖から受け継いだこの地を捨て去るようになってしまいそうだ。
「大変だ。兄ちゃん、みたこともない四つ足の獣が俺たちの縄張りに入って来て獲物を捕まえて食べている。すげえ強そうだ」
すぐ何人かで見に行った。このあたりにいる獣より数倍の大きさで、このあたりにいる獣、人ではとても敵いそうにない。いや、今食べられているのは最も強い獣だ。敵いそうにないではなく、敵わないだ。
そっとその場を去った。獣がチラッとこちらを見た。
集落に戻って、全員で集会を開いた。逃げるか、戦うか、結論はなかなか出なかった。ここを出て暮らしていけるのか分からない。隣の縄張りを通してもらってもその先がどうなっているのかわからない。ここにいればあの獣に襲われてしまう。
「大変だ、もう一頭反対側にいる」
逃げ道確保のため様子を見に行かせた男が帰って来た。残る方面は川だ。囲まれた。
全滅が見えた。残るは神に祈るしかない。
幼子まで全員で祈った。森の奥から獣の気配が近づいて来る。
突然幼女が黒い子犬一匹を連れて祈る部族の前に出現した。
「あたしの星なのに、あたしの星なのに。気に入らない」
森から出て来た獣を指差した。指から光線が出て、獣は一瞬にして蒸発した。反対側から出て来た獣も一瞬で蒸発した。
「この辺の獣は増やして元通りにしておくからね。みんなでいつも通り暮らしな。あたしがみんなを見つけて助けてやったのよ」
ない胸を張る幼女。黒い子犬は首を傾げた。
黄色い子犬と赤白の見たことのない服を着た大人の女性が出現した。
ゴン。頭に鉄拳をもらった幼女。
「違うでしょう。龍愛がドラちゃんとドラニちゃんと上空で遊んでいて、ドラちゃんとドラニちゃんが見つけてくれたんでしょう」
涙目の幼女。
「でも獣を増やしたのはいいことよ」
頭をなでなでされてニコニコしだした。気分は回復したようだ。
「ドラちゃんに乗せてもらって周辺を確認して来な」
「うん。お姉ちゃん達と行ってくる」
幼女と黒い子犬が消えた。
「あれで一応この星の神なのだけど、時々サボるんです。いまもサボって遊んでいただけなのだけどね。まあ可愛いからいいか」
部族の人たちは赤白服の女性を拝み出した。
「違う、違う。私はあの幼女神の眷属よ」
眷属様の方が神様より偉そうだと部族の人は思った。
「これをあげよう」
どこから取り出したのか黄金のような鈍い光を放つ金属でできた像を部族の人にくれた。
「今の龍愛と親のような神様二柱とその眷属さんだ。何かあったら祈るといい」
黄色い子犬が集落の周りをぐるぐる回っている。
「何をしているんでしょうか」
「悪いものが入ってこないようにね。おまじないのようなものよ」
時々ピカっと遠くで光る。
しばらくしたら幼女神と黒い子犬が戻って来た。
「やって来たよ」
「よしよし」
宗形に抱っこされてご満悦な龍愛であった。
「それじゃ行くわ。上に飛んでいるのが像の眷属さんよ。飛ぶ時はドラゴンだけどね」
赤白服の女性に抱っこされた神様と子犬二匹が消えた。はるか上空を飛んでいた鳥のようなものも消えた。
神様たちが去って初めてわかった。神様たちは俺たちの言葉を普通に話した。俺たちの言葉は外の世界の人にはわからないはずだ。やはり俺たちの神様だと思った。
赤白服の女性にもらった像は一応族長の家に仮安置した。
次の日、集落の中心に小さな神様の家を作った。集落の者全員で作った。小さい子供も葉っぱや草を運んで手伝った。
俺たちの神様、俺たちの神様の家だ。
神様の像を神様の家に安置した。
朝晩神様の家にお参りして、獲物が取れればお礼をした。
隣の縄張りの集落に仕留めた獣を持って行って事情を話し謝った。
話してみれば隣の縄張りの集落も神様が討伐してくれた獣に悩まされていたとわかった。獲物が少なくなっていたがこの頃は前の通りに回復したと言っていた。
隣の集落に謝りに訪れた人はついうっかり黄金のように輝く像のことを言ってしまった。
隣の集落の何人かが神様の家に祀ってある像を見に来た。
拝んで帰って行った。
月が細い三日月になった夜、隣の縄張りの集落から若いものが数人出た。狙いは隣の集落に安置してある黄金の像だ。
真っ暗な森は静まり返っている。慎重に集落に近づく。集落の広場が見えるところまで近づいた。
三日月の弱い光の中、集落の中央に神様の家が見える。神様の家と言っても周りの家と同じだ。木、枝、葉っぱ、草で作られている。住むところがないから小さい。
「行くぞ」
リーダーが声を顰めて合図する。
集落に踏み込もうとした。
踏み込めなかった。踏み込んではいけない気がした。神様が来てはいけないと言っているような気がした。顔を見合わせた。みんなも同じような気持ちになったらしい。
神様の家に向かって手を合わせて謝って集落に戻った。
集落では主だった者が族長の家に集まって若者が黄金の像を持って帰って来るのを今か今かと待ちかまえていた。
「持って来たか」
「だめだ。神様が来てはいけないと言った」
「そんなばかな」
「おれも来てはいけないと言われた気がした」
族長の孫が言った。
「あそこにいるのは本当の神様だ。手を出すことはできねえ。バチが当たる」
「そんなバカな。ただの黄金の像だろう。掻っ払って来て俺たちのお宝にすればいい」
孫が言った。
「なら行ってみろ」
翌日の夜。まだ三日月だ。
族長をはじめとするお宝奪取派が忍んでいく。
集落に近づいた。
集落に踏み込もうとしたら頭が痛くなった。このまま進めば倒れることがわかった。慌てて家に帰って寝込んでしまった。
頭痛はいつまで経ってもなおらない。族長は引退し、孫に代わった。
代わったばかりの族長と数人が、昼間、獲物を提げて、神様の家がある集落に向かった。集落には問題なく入れた。
集落の人に神様への捧げ物だと獲物を渡し、像を拝んだ。
「時々お参りに来たいがいいか」
「いいぞ」
それから時々隣の集落から神様の家にお供物を持ってお参りに来るようになった。
集落の入り口を赤白服の女性像と二匹の子犬の木像が守っていた。集落の全員が感謝の気持ちを込めて刃物で少しづつ削って作った木像である。
不思議なことに木像はひび割れもせず、腐りもしなかった。




