087 北の大国の大統領 討伐代支払いを渋る
北の大国の大統領。
我に返った。飛んで来た怪物が消えてしまったのである。急に強気になった。
「おい。一体5000億円など払えるか。だいたいニコライが言って来たのがおかしい」
ニコライがやって来た。
「ただいま戻りました。すぐ料金はお支払い願います」
「何を寝ぼけている。料金など知らん。あれは我が国の核兵器で蒸発したのだ」
「相手は神です。とぼけることは許されません」
「うるさいやつだ。同郷だから目をかけてやったものを。少し頭を冷やせ」
ニコライは自宅に軟禁された。逮捕しないのが身贔屓の激しい大統領らしい。
観察ちゃんの映像を見ていたシン。
「払う気がないねえ。ブランコ、エスポーサ、キリトリに行って来て」
「はい。行って来ます」
ブランコとエスポーサが大統領宮殿前広場に転移した。
「広いわねえ。さっさとやろう」
黒塗りの車が多数止まっている建物のドアの前に転移。
ドアを開ける。
後ろから大統領警護隊だろう、ワラワラと湧いて出た。前からもやってくる。
「止まれ。何者だ」
前は拳銃、後ろは小銃を構えている。
「大統領さんが払うものを払わないからキリトリに来たのよ。あちらかしらね」
「止まれ。止まれというのに」
耐えられなくなって、拳銃を発砲した。発砲した警護隊員に弾丸がUターンした。
警護隊は一斉に発砲を始めた。弾丸は全て発砲者にUターンした。四方から警護隊が押し寄せて来るが血を流して同僚が倒れているので足が止まってしまう。
「ブランコ」
ブランコが吠えた。建物が揺さぶられる。埃が落ちてくる。シャンデリアが落ちる。棚の物が落ちる。家具が移動し壁にぶつかる。天井が剥がれ落ちる。床が波打つ。大地震が来たようだ。
押し寄せてきた警護隊は全員、恐怖から死亡した。
ゆっくりと歩くエスポーサとブランコ。
「ここね」
扉をノックする。誰も出ない。
扉を開ける。中から一斉射撃。射撃した者に弾丸が帰る。残ったのは大統領と側近の首脳陣のみ。
「こんにちは。始めまして。龍愛の代理人ですが、討伐代金が未納になっています」
「ど、どうやってここまで入ってきた」
「私たちに発砲した者は弾丸がUターン。因果応報という言葉があるそうね。因がなければ果がない。因を作ったのはこちらよ。ああ、発砲しない人も敵対したからブランコのさっきの咆哮で死んだわ。エントランスホールは死体だらけ」
「・・・・・」
「未納代金をお支払いいただけますか。それとも蒸発しますか。この国ごと」
徐々に女の雰囲気が変わっていく。
「ば、化け物」
側近の一人が叫んだ。ブランコが手を伸ばし叫んだ男の頭を掴んで握りつぶした。部屋は恐怖に凍りついた。
「ディスプレイ上の兵の死者数はただの数字よね。目の前に見る死体は迫力あるわねえ」
「は、払う」
「支払いが確認されるまでここでお待ちしましょう。お茶くらい出していただけるのでしょう?」
「おい」
側近が出て行って女性秘書がお茶を持ってきた。
エスポーサとブランコが飲む。
「へえ、毒入りだ。そこの側近さん。あんたが命じたのね。こんなんじゃ足がつくわ。こういうのがいいのよ」
エスポーサがお盆を取り出した。コップが乗っている。
「飲みなさい」
側近の手が勝手にコップを持ち、しっかり閉じた口がバリバリと音がしそうな勢いで開く。コップを持った手が口元に行き、中の液体を口の中に注ぐ。飲み込まない。口がしっかり閉じられる。上下の歯が破壊されたようだ。飲み込んだ。お盆とコップは消えた。
歯が欠けた口を開いた。
「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、よいよいよいよい」
どこの言葉かわからないが、そう言い続けて手と足をひらひらと動かし踊り出した。止まらない。踊り続ける。
歯茎から血を垂れ流し、目から涙を流して部屋から出て行った。
大統領官邸中「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、よいよいよいよい」と言いながら踊り回っている。
「何をした」
「さあ。そのうち生命力がなくなったら死ぬから調べたら。ところで討伐代金はまだ振り込まれていないようですが」
「すぐ払う。おい」
「紅茶が美味しいというお話でしたが」
「おい」
すぐお茶が出てきた。今度は何も入っていない。
「なかなかいいお茶ね」
飲み終わった。
「振り込みを確認しました。又のご利用をお待ちしています。一応料金は、普通サイズで、初穂料として一体につき一億円。顎足枕付き。税金なし。税金は日本政府と調整。今のもちゃんと税金を処理してくださいね。税金をとられたらその分またいただきに参ります」
「おい」
側近が出て行った。
「それではみなさん。本日は良いお取引をさせていただきました。ではまたのご用命をお待ちしています。あ、忘れていた」
ビクッとした部屋にいた人たち。
「次回もご用命はニコライさんを通してくださいね」
二人はスタスタと出て行った。壁に向かって。壁が外に吹き飛んでそのまま空中を歩いて見えなくなった。
「一兆5000億円持って行かれた」
呆然とする大統領。
しばらくして気を取り直した。
「ニコライは現場復帰。軟禁は解く」
その後、踊り続けた側近が死んだので、遺体を解剖。何も毒物は検出されなかった。
二人が紅茶を飲んだカップも調べたが、指紋も唾液も付着していなかった。紅茶を淹れた秘書の指紋はあった。拭き取った形跡は全くない。
恐れ慄いた大統領とその側近一同であった。
リューアのご機嫌を損なうと「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、よいよいよいよい」となりかねない。
「えらいこっちゃ」毒物、いや「えらいこっちゃ」神毒が検出できないということは、「えらいこっちゃ」神毒を避けるには、飲まず食わず点滴なしだが、砂漠で死ぬようなものだ。
水分を口にしたり点滴したりすれば「えらいこっちゃ」神毒が体内に入り、踊りの果てに死ぬ。いっそ首を吊るか。銃を使うか。悲惨な死に様しか思い浮かばない大統領とその側近一同であった。
とりあえず、リューア様と様をつけることにした。
日本の銀行。アラートが鳴る。不審な取引アラートだ。担当が確認する。目を瞠った。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん。必死になって桁数を確認する。個人口座に3750億円。担当者はひっくり返った。行員が集まる。頭取もやってきた。
「だ、誰の口座だ」
「それが、例の某宗教国家の特派大使ステファニー閣下の口座です」
「誰が振り込んだ」
「それが、それが北の大国です」
「どうする。どうする」
頭取はタクシーに乗らず、頭取車で財務省に向かった。
財務省
事務次官に一本の電話がかかってきた。北の国の大統領秘書室からであった。
「次官か?」
「そうです」
「これから連絡する4つの口座について、すべての税務処理等は済んでいる。貴国が心配することは何もない」
4口座の情報がSMSで次官の非公開の、妻も知らない、誰も知らない、女性との密会用電話番号に送られてきた。
次官用メールアドレスにも送られてきた。送り主は大統領の名前になっている。
次官は次官用メールアドレスに来たメールをプリント、急いで大臣に面会した。
「なんだ。このメールは。大統領だと。偽メールじゃないか。大使館に行ってこい。確認しろ。それとこの4口座を調べろ」
次官はすぐ大使館に向かった。
出てきた男にメールの確認を依頼した。
しばらく待つと大使が出てきた。非常に苦い顔をしている。
「メールは本物である。火遊びで火傷しないように。御身大切に」
警告を受けてしまった。もしも意に沿わない扱いをしたら、不倫は暴露され、事故に遭って死亡することがわかった。大使館を急いで出た。冷や汗である。
財務省に戻ると次官室に例の銀行の頭取、社長が揃って待っていた。
「どうしましょう」
「今大臣と、総理に会ってくる。待っていてくれ」
すぐ大臣室に行った。大臣はスマホを見ていたが慌ててスマホを画面を下にして机の上に置いた。
「なんだ」
「それが4銀行の頭取と社長が例の口座のことで」
「聞いている。その通りで良い」
追い払われた。次は総理である。無事に会えた。
スマホを見ていた。急いでスマホを伏せた。何もいう前から
「わかった」
追い払われた。
ついでに次の総選挙でだいぶ議席を増やすのではないかと言われている野党第一党の党首に会いに党会館まで行った。保険である。
部屋に通されると、スマホを見ていた。直ぐ伏せた。
「わかった」
追い出された。
次官は財務省に戻って、4行の頭取、社長に言った。
「わかった。帰って良い」
頭取、社長は自行に戻った。
担当者が待っていた。一言告げた
「わかった」
追い払われた担当者。何かあったら自分の責任になってしまう。アラートのコメント欄に書き込んだ。
「本件は、頭取がわかったとのことである」
かくして4口座は命の危険を伴うアンタッチャブル口座となってしまった。
怪しい口座の情報をつかんだ情報屋、慣れない夜釣りに行って船から落ちて水死した。
同時期に某銀行の行員が道を歩いていて男とすれ違ったら倒れて死亡した。北の大国が使う毒物が検出されたが心臓麻痺とされた。
裏世界からもアンタッチャブル口座と認定された。誰も手出しできない口座となってしまった。
こちらはシン。
龍愛が一兆円をシンに渡すとうるさい。
しょうがないから5000億円をスイスの口座に振り込んでもらった。
シンはステファニーさん、ローコーさん、エリザベスさんに龍愛と自分のスイスの口座の資金運用を頼んで、アカ、マリア、エスポーサ、ブランコ、ドラちゃん、ドラニちゃんと自分の星に帰った。
4行はアンタッチャブル口座なのでアラートは切ってしまった。
ある時行員がふとアンタッチャブル口座を見ると、口座の金額の大半が送金されていた。
ほっとしたが、数ヶ月後再び見ると送金される前より増えていた。慄いた行員、もう絶対見まいと思った。




