080 日本国駐在CIA氏 情報収集をする
日本国駐在CIA氏。真面目なのである。帝都大学医学部法医学教室の教授に会いに行った。
助教か何かの女性がいた。
「こんにちは。ハリウッドB級映画監督のジェラルド ダモンと申します」
「なんでしょうか」
「映画の材料を探していまして、祟りの筒腐らしという珍しいご遺体があったと聞き、当教室で扱ったとお伺いしました。ぜひその筒腐らしについてわかっていることを教えていただきたく参上しました」
鎌をかけてみたCIA氏。
嫌そうな顔をした助教。
「秡川教授にお聞きください」
当たったみたいだ。
「秡川教授はどこに?」
「さあ、この頃忙しそうにしていてどこにいるかわかりません。武蔵西南市によく行っているみたいですよ」
胡散臭い映画監督を追い払ってしまった。
助教はしばらく前まで転職サイトを見ていたが、この頃転職熱が下がった。
秡川に異形に関する論文を書かせられたが、それが海外一流学術雑誌に掲載され業績として認められた。
他に行っても研究者として論文を書くのはなかなか大変である。重箱の隅をつついて論文を苦労して書いてもWhat's new?といわれてしまうだろう。凡人にはそんなに新しいことは見つけられない。
ところが異形に関する論文を書けばなんでもnewなわけで、投稿論文すべて雑誌編集者よりacceptのメールが来るのである。
教授が変人だと医学部なのに異形の死体を扱うし、変な遺体も来るし、変な先輩が出入する。榊原とか荒木田とか。宗形というのもいる。今度は変な外人だ。しかしそれに耐えれば、講師までは楽に行けそうな気がして来た。もしかしたら准教授もなんとかと考えて助教の夢は膨らむのであった。
鍵は武蔵西南市にあり。CIA氏は勇躍電車に乗るのであった。記名式ICカード乗車券の名前はアイ シーである。
電車に乗ったがいつまで経っても武蔵西南市に着かない。途中で降りて駅員に聞いた。
優秀なCIA氏、日本語くらいわかるのである。武蔵西南市という駅はなくて、山城稲荷駅で降りるということがわかった。
俺としたことが、と思って引き返そうとしたら、そこの外人、一度改札を出てくれと言われてしまった。運賃がと思った。駅員に疑いの目で見られている。仕方がない。外に出て、また改札を通って山城稲荷駅に着いた。すでに夕方である。
駅裏赤提灯に誘われて、店に入るCIA氏。
日本人にしてはガタイのいい男二人が、夕方だというのにすでに酔っ払っている。
「大井先生のクラスの子どもを手なづけて、学級崩壊寸前にまで追い込んでいた。ちょうどその頃、龍華、龍愛が編入して来た。学級崩壊を起こして、俺が手助けに入って上手くすればと思ったのに」
「春ちゃん、まあ飲もう」
「龍華という奴が何も言わないが後ろの方の席に座っているだけで生徒がおとなしくなってしまったらしい。龍愛はバカで泣き虫で、いじめてやろうと思ったら、みるみるうちに頭が良くなり、力も強くなってしまったそうだ。俺の手なづけたガキが、龍華だけでなく龍愛も恐いと言い出して静かになってしまった」
「龍華と龍愛は転校したろう」
「ああ、おまえのマドンナの朱と一緒に転校した」
「朱様といえ」
「ああ、わかったわかった」
「転校したら泣き虫大井だろう。元に戻ったのじゃないか」
「それがな、大井先生は強くなったといって、どうもいじめっ子連中が大井の崇拝者になってしまったらしい。授業参観もうまくこなして、いじめっ子のクレーマー両親が先生にケチをつけてやろうとしたが、自分の子供が先生の味方をして、不発だったらしいぞ。副校長にお褒めにあずかったらしい」
「だめだったか」
「ああ。もうダメだ。お前の方はどうだ。マドンナは勝手にマドンナと言っているだけで、一言も話せなかったろう」
「美人もすぎるとこちらが萎縮してしまう。それに神と転校してしまった」
「あれはどうした。荒木田は」
「この間剣道の研修があったが、全日本剣道大会で上位の現役を学園が講師に呼んだ。知っているだろう。いつも大会で上位のやつだ。そいつが態度が生意気と思ったのか、荒木田を引っ張り出した。稽古試合に名を借りて痛めつけてやろうというのが見え見えだった。試合開始直後にポンと叩かれてぶっ倒れた」
ぐいっとコップ酒を飲んで続ける。
「倒れたのは講師の方だ。信じられない。全日本で上位の剣士が何もできない。竹刀を正眼に構えたまま一歩も動けない。荒木田がゆっくり近づいて竹刀をゆっくり振って頭をポンだ。それで倒れた。蛇に睨まれたカエルのようだった」
「剣道のハイレベルの現役が負けたのか」
「ああ、話にならなかった。技量に差がありすぎる。後で聞いたところによると、たたかれた剣士は竹刀恐怖症になってしまって、竹刀を見ると切られる切られると言って頭を抱えてうずくまってしまう。剣道はダメになったそうだ。剣道界の年寄りが真剣で生き物、それも強い生き物を斬り殺しているのではないか、竹刀と防具の安全剣道が勝てるわけはないと言っている」
「それで荒木田はなにか処分があったのか」
「それだがな、荒木田がゆっくり近づいて軽くポンと打っただけのを多くの人が見ていたから、荒木田にはなんのお咎めもなかった。あんな恐ろしい女は願い下げだ」
ほうほう、優秀な英国駐在CIA氏によれば神は、シン、アカ、リューアと言ったな。三人とも転校したと。もう少し喋ってもらおう。
「そちらのお二方、こんばんは。ハリウッドB級映画監督のジェラルド ダモンと申します。お近づきの印に、いっぱい奢りましょう」
生ビールを奢ってやった。これは経費だ。俺の分も当然経費だ。今日のこの店の支払いはみんな経費だとご機嫌のCIA氏。
「当地で筒腐らしという呪いが発生したと聞き、映画に取り入れようと思っていますがなにか噂になっていますか?」
「おお、知っているぞ。ロケに来たら俺たちもエキストラでいいから入れてくれ」
「はい。もちろん」
「たのんだぞ。筒腐らしは、暴走族の連中がなった。学園の元理事長の倅もいたぞ。あそこの先が腐り始めて、どんどん腐っていくらしい。武蔵西南病院で宗形という医師が半分ほど切ってみたが、さらに腐っていったらしい。あとはわからん。都内の警察が引き取っていった。家族には骨は帰って来た。みんな呪いと言っている。悪いことをしたから罰だとも言っている」
ほうほう。明日は武蔵西南病院に行けばいいのだな。よしよし。では経費でもう一杯。経費だからこいつらにも奢ってやる。
「もしもし、お客さん。看板ですよ。しょうがねえな、学園の先生に不良外人か」
泥酔している不良外人にカードで3人の分を払わせて、店の外に3人を放り出した。
CIA氏はやっとのことで駅前ビジネスホテルに投宿した。
翌日のCIA氏。しまった。昨日の赤提灯から領収書をもらうのを忘れた。頭が痛い。経費だからとしこたま飲んだ。領収書がなければ自腹か。しかし、だいぶ情報は仕入れた。今日は病院だ。
病院の受付窓口で聞いた。
「お嬢さん、ハリウッドB級映画監督のジェラルド ダモンと申します。宗形先生にお会いしたい」
「宗形先生は辞めました。今は山城稲荷神社の巫女さんをしています」
あっさり教えた。ハリウッドの魅力に勝てなかったな、それとも俺の魅力かとCIA氏。
事務員はこの前と同じ胡散臭い外人だ。今度は二日酔いだ。息が臭い。追っ払うのに限る。こういうのは宗形先生の好物だ、山賊宗形に揶揄われて身ぐるみ剥がされてしまえと思って教えたのである。
以降は、MI6氏と同じ経過を辿った。あまりに同じ経過なので簡単にまとめる。
山城稲荷神社の階段下までたどり着いたCIA氏。階段をどうやっても10段しか登れず、カラスにバカにされ、大通りまで出てタクシーをつかまえた。道路で神社まで行こうとしたがタクシーで再び階段下へ。
10段目で足踏みしている酔っ払いをみて朝練の中学生に通報された。
パトカーが到着し、身分を証明するものは何もないので警察署に連行される。
タクシーが財布の忘れ物を届けてくれる。面通しをして逮捕した外人のものだと判明。財布の中には、壱番国外務省ジェラルド ダモン(CIA)と書いてある身分証明書が出て来た。もちろん石鹸ランドのお得意様割引券が出てくる、キャバレーの請求書が出てくる、なんとか興行の領収書が出てくる。怪しげなメンズエステの名刺が出てくる。お盛んである。身分証明書がいくつも出てくる。顔は同じだが名前が違う。この前と全く同じ、不良外人、犯罪者と決した。
「おい、この前の不良外人は英国のMI6だったな。今度は壱番国のCIAだ。身分詐称の不良外人が多いな。病院長に頼もう」
手錠をかけて病院へ連れていく。病院長、今度はCIAかとニンマリ。もちろん壱番国大使館から奨学金付き壱番国留学一年一人の枠をゲットした。
「こいつは不良外人だ。壱番国大使館が引き取りに来る。豚箱に入れておけばいい」
病院長と大使館の電話を聞いて二日酔いが飛んで真っ青になったCIA氏であった。




