071 井の頭公園が変
灰色車両で井の頭公園に到着した荒木田と榊原。弁天島の現場到着。署長が出迎える。
「ご苦労さん」
署長は誰だ、お前はと言う顔をしている。しょうがない。あれを見せるか。
「こういう者だ」
警察手帳には、「異形等対策室 警視監補佐 荒木田剛」、「異形等対策室 警視監補佐 榊原強」
「し、失礼しました」
そんな階級があったかと思ったが、泣く子も黙る異形等対策室である。あるのだろうと了解することにした。それにしても警視長の上である。雲の上の人であった。
「死体はどこだ?」
「あちらです」
署長が死体のそばまで案内して行く。
荒木田と榊原が死体を近くに落ちていた木の枝で突いた。
「溶けてるな」
「ああ、溶けてる。上半身は死後10時間ほどだろう」
「しかし見事に溶けているな。千歳飴をしゃぶったような溶け方だ」
「古い例えだ。若い人はわからんぞ。足先からしゃぶって大腿骨骨頭までは行かなかったか」
「出血していない」
「吸い取ったんだろう」
「薬品じゃないな」
「ああ、しゃぶったからな」
「しゃぶったやつはどこにいるんだろう」
「倒れ方から言ったら池の中だろう」
「なんで途中でやめたんだ」
「満腹したか」
「とりあえず帝都大学法医送りだな」
手配が終わって灰色車両が遺体を引き取って運んで行ったすぐ後、悲鳴が聞こえた。
「うわー、助けてくれー」
池のそばにぼーっと立っていた警官の足にゼリーがまとわりついている。
「ズボンを脱げ、靴を脱げ。池から離れろ」
荒木田が叫ぶ。警官はあわててベルトを外してズボンと靴下、靴を脱いだ。
ゼリー状のものがズボンと靴に被さっている。あっという間に溶ける。
荒木田が忍者刀で切ってみるが忍者刀は無事であったが切ってもすぐくっつく。池の中から舌を出すように乗り出しているからどれほどの大きさかもわからない。
「どうするんだこれ」
「とりあえず下流に流れて行っては大変だ。池の出口を塞ごう」
「手配しよう」
榊原が異形等対策室に電話を入れた。唐獅子牡丹が出た。
「井の頭公園の池の水の流れ出るあたりを塞ぐ。用意してくれ。それから、皆殺しと銃オタを連れて来てくれ。ああ、それと自衛隊に火炎放射器のようなものがあるか?」
「携帯放射器がある」
「それも持って来てくれ」
「わかった。手配してすぐ行く」
「誰が出た?」
「唐獅子牡丹だ。あいつは自衛隊の連絡員だが陸自の1佐だからすぐやるだろう」
突っ立っている署長に聞く。
「おい。このごろ行方不明者がいなかったか」
「あの、10人くらい。捜索願が出ています」
「他には」
「この辺で寝泊まりしていた男が見当たりません」
「みんな溶かされか。おまえ、十数人が行方不明になっていて放置していたのか」
「まったく足取りがつかめませんでしたので、捜査は無駄だと」
「そうか。そこに立っていろ。おいそこの副署長、井の頭公園の立ち入り禁止に漏れがないか確認しろ」
「は、はい」
荒木田に言われて副署長が指示を出しに行った。
入れ替わりに唐獅子牡丹と銃オタと皆殺し愛子が陸自の車両でやって来た。
「出口を塞げばいいんだな」
「とりあえずな。湧水池だからそのあとどうするかだ」
ヘリの音がする。陸自のヘリだ。頭上にホバリングして、一人ヘリからロープで降りて来た。唐獅子に敬礼している。
「池の出口を塞げ。水門橋あたりがいいだろう」
陸自のヘリから何人も人がロープで降下して来て、土嚢も投下されて忽ち水門橋付近が土嚢によって塞がれた。
何か背負った自衛官も来た。
公園管理事務所の人が急いでやって来た。
「あの、あの、何をやっているんでしょうか」
「ああ、死にたくなければ事務所で待っていてくれ。すぐ連絡が行くだろう」
事務所からはそれっきり何も言ってこなくなった。
「さてやるか」
荒木田と榊原が忍者刀を抜いた。唐獅子牡丹は日本刀、皆殺し愛子はSFP9 M、銃オタは20式5.56mm小銃を構えて、銃口は署長に向いている。もちろん携帯放射器の自衛官も筒先を署長に向けている。
「ちょっと池のそばに行ってみろ」
榊原が署長に言った。
手を挙げて「助けてください」といいながら銃口と刀に脅かされてジリジリと下がる。
池に近づいたらザッバーンと音がしてゼリー状の舌が伸びて署長に被さる。
荒木田が「小銃と拳銃、撃て」
皆殺し愛子と銃オタがゼリー状の舌に向かって引き金を引いた。あたりに連続して銃声が響き渡る。警官は仰天、一発打てばマスコミに騒がれる。それが弾倉交換して連射である。
ゼリー状の舌は弾を受けた。ゆっくり体内に入って消えた。
「消化したな。唐獅子行け」
唐獅子牡丹が日本刀で切り込む。切れたが日本刀が切り進むと進んだ後はくっついた。日本刀が溶けた。
「ちえ。携帯放射器、行け」
1佐の命令を受けて携帯放射器から火炎が伸びる。舌が身を捩って池の中に戻って行く。
「榊原、舌の先を確保する」
空中の舌の先を榊原と荒木田が連続的に同じところを切った。合体できずにポトっと舌の先が落ちた。ウネウネと動いている。
「こいつを炙ってくれ」
携帯放射器の炎が伸びる。なかなか動きが止まらない。燃料が無くなる頃やっと動かなくなった。
「水をかけてみよう」
陸自の隊員が水筒の水をかける。復活しない。
「死んだな」
「ああ」
「おい、俺のいないところで面白いことをやっているな」
祓川室長がやって来た。
「一応検証しておきました」
「ああ、見ていた。鉄も溶かすか。熱に弱いというわけだな。しかし携帯放射器の炎の温度では手のひらくらいのやつがやっとか」
「あのう。署長が」
警官がおずおずと申し出た。
署長が立っている。真っ裸だ。頭の上から下まで一切の体毛がない。全身つるっぱげだ。足先の方は真っ赤だ。一皮溶かされたらしい。立ったまま気絶している。
「名誉の殉死か。おい銃オタ、つっついてみろ」
銃オタが銃口でつっついた。倒れてそして動いた。
「警察病院行きだ。データを取れ」
治療とは言わなかった祓川、実験動物並みである。署長は灰色車両に収容されて運ばれて行った。
バイクの音が聞こえる。続いてサイレンの音も。Ninjaに乗って狐面巫女さんがやって来た。規制線を飛び越えてスタッと着地、すぐ狐面とバイクを収納。
だいぶたってからパトカーと白バイが着いた。次々と到着するパトカーと白バイ。着いた先に規制線が張られている。
戸惑うバイクを追いかけて来た警官たち。巫女が乗ったバイクを追いかけて来たはずだがバイクは見当たらない。巫女さんが規制線の内側にいるだけである。巫女さんがいる足元には多数の薬莢が落ちている。
小銃を持ったヤバそうな女がいる。拳銃を持った女がいる、先の無い日本刀を持った女がいる。抜き身の忍者刀を持った男が二人。何か背負った自衛隊員がいる。それが規制線の中にいる。
大変ヤバそうである。後ろの方からパトカーと白バイが逃げ始めた。あっという間にいなくなった。
のちに追いかけたバイクのナンバーを写真から確認しようとしたが、モヤモヤしていてわからない。目視はできたのに写真には残らない。証拠はないのである。
目視出来たナンバーから調べた。確かにナンバーは存在した。問い合わせ先:異形等対策室長 祓川崇警視監とだけあった。件のバイクは、速度違反ではあるが不思議と信号無視はない。他車や歩行者、自転車などと衝突はない。ひらりと避けたり飛び越えたりした。
調べた警官は同僚と顔を見合わせて狐面巫女乗車Ninjaは見なかったことにした。




