056 シン ルーシーの治療に行く
翌日早朝、ロンドンからルーシーの父親が娘のいるスコットランドに行くために自宅から車で空港に向けて出発した。
娘は今朝は元気に友達と庭を散歩しているらしい。本当に回復したのか、心急くハント伯爵であった。
こちらはシン。
さて出かけよう。ドラちゃんとドラニちゃんに後は頼んで、三頭のバトルホースに僕、アカ、宗形さんが乗った。
少し走らないと面白くないか。ロンドンに転移。ロンドンの街中を走ってみる。街ゆく人がびっくりしている。
騎馬隊が追ってきたがすぐ振り切った。次はパトカーが追ってきた。パトカーも振り切った。白バイも振り切った。先の方にパトカーがバリケードを作って止まっている。勿論駆けていって飛び越えた。
進行方向の信号は青になるから信号無視はしていない。僕の放ったAIロボット君は優秀だ。こっそり交通管制のシステムで信号を調整しているらしい。
警察は諦めたようだ。追ってこなくなった。
ルーシーの父親が乗った車を、人が乗った大きな馬三頭が追い抜いて行った。後ろからパトカーが追いかける。追いつけないようだ。
あれはスピード違反になるのか。なんで追っているのだろうと気になった。内務省高官の友人に電話してみた。
「おい。人が乗った馬がロンドン塔前を疾走してパトカーが追っているが知っているか」
「そんな変な情報はない」
「俺の目の前を駆けて行ったぞ。パトカーは追いつけそうにないな」
「待ってろ、調べてみる」
面白くなった高官である。一度電話を切った。
しばらくしたら折り返し電話があった。
「馬、3頭のスピード違反の話な、あれは捕まえられなかった。最初は騎馬隊、次はパトカーと白バイが追ったが皆振り切られた。最後にはパトカーでバリケードを作ったが飛び越えてしまった。それで捜査打ち切りになった」
「捕まえなかったのか」
「追ってはみたが、青信号で進んでいたし、馬に白バイやパトカーが振り切られたなんて誰が信じる?それに馬に負けるのは恥ずかしいということになった」
「なるほど」
「現場のパトカー、白バイ、騎馬隊がみんな感心してしまった。馬もそうだが乗っている人も並外れている。馬に負けていない。普通ならトップスピードの馬に乗り続けられない。馬もトップスピードを維持できない。人も馬も体が持たない。捕まえるというより、嬉々として追い抜けるかどうかのトライアルになってしまって、無線で報告してくるのは逃げられたではなく、負けただ。危険だからやめさせたと警察が言っていた」
「抜けなかったのか」
「ああ、郊外の直線でもぶっちぎられた。馬だぞ。馬。馬にパトカーと白バイが置いて行かれた。長距離もものともしない。どうなっているのか、俺も見てみたかった。あの人馬でダービーに出れば何馬身も差がついた圧勝だ」
「抜けなかったか。確かにモンスターのような馬だった。サラブレッドのようなスピードに特化したような華奢な馬ではなかった。例えていうなら、戦車とF1マシンだ。強者の雰囲気があった。車など蹴飛ばせそうだった。戦車がF1マシンより速いということだ。信じられない」
「乗ってみたいものだな」
「乗せてくれそうにないがな」
「それもそうだ。乗り手を選ぶか」
ロンドンからスコットランドまで飛行機。空港まで迎えに来ていた車に乗って一時間走って館に着いた。目の前を馬が3頭ゆっくり走っている。クールダウンか。
待て。あの馬だ。うちの館にいる。どういうことだ。
館に駆け込む。
「あなた。おかえり」
「お前、馬が、馬が」
「シン様の馬よ。シン様はこれから治療するところ」
「一人か」
「馬に一人づつ乗ってきたわ。三人よ」
「会ってみる」
「その前にルーシーでしょう」
「ああそうだ。勿論」
ルーシーに会った父親。びっくりした。歩いて抱きついてきた。肉付きが良くなった。今にも死にそうだったがだいぶ回復した。これは詐欺師の仕業ではないだろう。そう思った。
「大丈夫か」
「ええ、リューア様が治してくれました」
「どうやって」
「リューア様の体から光が出て私の中に入ってきて、身体中に広がっていた黒いもやもやしたものを黒い蝶の痣のあたりに追い詰めました」
「お前が言っていてどの医者も相手にしなかった黒いモヤモヤか」
「はい。それが小さくなりました。ただ消せないようでリューア様のお兄様とお姉様をお呼びしました」
妄想の黒いモヤモヤか。もしかすると妄想ではないのかもしれない。詐欺師と退けるわけにはいかないな。治療と称するものに立ち会おう。おかしければやめさせればいい。




