053 朝練の続き
秡川は銀髪女からシン様からだと錫杖を渡された。
「2本持つのも大変ですから古いのは預かっておきます」
今まで使っていた錫杖は銀髪女が預かった。
「見た目は同じだが充実感がある」
「錫杖を武器として使ったことはないでしょうが、持ち慣れているから武器にした方がいいでしょう。念じれば切れます。シャラシャラという音は消えろと思えば消えます。音を立てないようにして襲撃することができます」
何を襲撃しろというのか。これは刃物か、持っていると警察に捕まるのか、自分が警察なのに、普段刀を持ち歩いているのに考えてしまう祓川であった。
「では食事をどうぞ。弁当です」
あまりに真っ青巫女装束のインパクトがあって半日かけて奥社についた異常さに気が付かなかった。
外人美女が増えていて弁当を配ってくれた。
美味しい。お茶もついている。上等なお茶だ。おいしい。
「武器をお持ちでない方にお渡しします。荒木田さんと榊原さんですね。何がご希望でしょうか」
「おれは、忍者刀だ」
「おれもだ。チャンバラごっこをしていたからな」
エスポーサが二人に渡した。すぐ抜いてみる。
「おお、切れそうだ」
二人でチャンバラごっこを始めた。なかなか筋が良さそうだ。
「楽しそうだな」
秡川が参戦した。わはははと錫杖を振っている。
荒木田夫人、円、舞は白けている。
「先生がバカだと教え子もバカよね」
「私は違うからね」
やっと指が自由になった巫女さん宗形である。遅くなって一人弁当を食べている。
同じようなものだと思ったが黙っている舞たちであった。
ひとしきりチャンバラごっこをやった祓川、
「武器は、異形等対策室の職務で携行していると言って良い。捕まることはないがみんなの武器を登録しておこう。荒木田と榊原でみんなの武器を記録して異形等対策室に送れ。俺の方で手続きして登録証は送る。それを持っていれば銃刀法違反で捕まることはない」
「そうそう。シン様から預かっています。収納袋です。首に下げてください。四畳半くらいの容量しかありません。もう少ししたら龍愛がバングルなどを作れるようになりますので間に合わせです」
なんでもありかと祓川。渡された袋を首に下げた。
「収納したいものを収納と思ってください」
祓川、荒木田、榊原の持っていた武器が消えた。収納袋の中に入っているのがわかった。
エスポーサが解説する。
「収納袋は各人の使用者権限付き、他人は触れない。武器も同様。収納袋は望めば見えなくすることができる。
神はいる。祓川、荒木田、榊原は、それなら数々の説明がつかない出来事に説明がつく、俺たちは違う世界に足を踏み込んでしまったと思った。
「では戻りましょう。帰りは、宗形さん、龍華、勝婆さん、稲本さん夫婦、江梨子さん、大井さん、舞さん、円さん、龍姫、龍愛、しんがりは、荒木田さん、榊原さん、秡川さん。黒龍と黄龍は遊軍。出発しましょう」
走り始める。異形の死体の脇を通って行く。
しばらく行くと前方に異形が立ちはだかる。宗形が片腕を切り落とす。今度はあっさり切れた。勝婆さんと稲本さん夫婦が、小太刀、直刀、薙刀で襲いかかり仕留めた。
「ババア、なかなかやるな」
榊原が呟く。
「ぼやぼやしていると後ろから食われるよ」
後ろを見ると異形が迫ってくる。しんがりと言われた祓川、榊原、荒木田。三人で異形に向かって行く。チャンバラのようにはいかない。三人ともすぐ手傷を負った。
「死力を出せ。食われるぞ、しんがりが崩れたら、舞たちが死ぬぞ」
ありがたい龍姫のお言葉である。お言葉だけで助けてくれない。
言われなくとも死力を出さなければやられそうである。三人で必死に異形の相手をする。
ワンワンと黒龍と黄龍の鳴き声が響く。左右から異形が襲って来た。こちらは前後の異形より小さい。前後から襲って混乱させ弱いところを子供の異形に襲わせたのか。かなり頭がいいと江梨子であった。
江梨子が、円と舞は右、大井先生はこっちと指示して黒龍と黄龍が加わって左右の異形の相手だ。
なかなか的確に戦力を分けたとブランコに乗って随分後方で観察ちゃんの映像を見て見学しているエスポーサ。黒龍と黄龍がいるから任せておこう。
ドラちゃん、ドラニちゃん、龍愛もさりげなく見学。龍愛も強くなった。
「おい、俺の方に寄越すな」
どうも二人して異形を俺の方に向かわせているのではないかと祓川。
異形が向かってくる。すでに服はあちこち破れている。その下から血が流れている。
「あ、痛え」
今度は顔に爪を立てられた祓川。錫杖の石突で気合いを込めて異形の腹を突く。ズボッと錫杖が異形の腹を突き抜けた。異形がいくらか下がったので飛び退く。
異形の左右から荒木田と榊原が切り付けるが弾かれる。
「チャンバラではない。刃筋を立てろ。刃筋が正しくないから弾かれる」
刃筋に気を使ってもう一度切り込む。今度は弾かれなかった。少し傷を与えられた。
「さすが恩師。やっとうも恩師になれそうだ」
くだらないことを言っているから異形に殴り飛ばされて二人吹き飛んだ。
恩師秡川が右肩の上に構えた錫杖をキィエーイと振るって異形の肩に振り下ろした。肩に食い込んだと思ったらそのまま斜めに棒が進んだ。袈裟懸けに斬れた。
「切れた。機関銃で無傷の異形がこの錫杖で貫通した。機関銃より威力があるのか、そして袈裟懸けに斬れた。正宗より切れるのか」
これでは刃が無い棒の剣だ。名付けて無刃棒剣だ。銃刀法の対象ではなさそうだがそれよりも強力な凶器だと思うのであった。
こちらは江梨子。大井と黒龍で異形に向かう。黒龍が異形の顔に飛びつく。前足で黒龍を剥がそうとする。すかさず江梨子が踏み込んでガラ空きの胴に切り付ける。大井は躊躇した。黒龍は飛んで異形の前足を避ける。勢い余って自分の顔に爪を立ててしまった異形。
「大井先生、脚を切れ」
やっと起動した大井、棒で足を叩く。残念ながら切れなかった。
「力強く、切れろと振れ」
江梨子夫人が勇ましい。
黒龍によって目をつぶされ、自分の爪で顔に傷を負い、腹から血を流した異形、荒れ狂った。
「後ろに回りながら。脚を切れ」
江梨子夫人が指示する。大井、今度は姿勢を低くして全力で棒を振るった。スパッと脚が切れた。もう一方は江梨子夫人が切った。脚がなくなった異形。グアーーといいながら腕を使って逃げる。江梨子夫人が飛び上がってキエーと叫んで薙刀を振って異形の首を落とした。
誠に勇ましい。これでは旦那は大変だろうとエスポーサ。
円、舞、黄龍組も作戦は同じ。黄龍が異形の顔に飛びつく。
「舞、脚」
二人して脚を切り落とした。黄龍はポンと飛び降り、異形は前に倒れ前足をついた。
円が異形の後ろから飛び上がり、刀を振りかぶりキエーと叫んで異形の後頭部から首まで切り下げた。頭が二つに割れた。円はすっかり江梨子夫人の勇ましい血が覚醒してしまったようだ。
これでは旦那になる人は大変だとエスポーサ。自分がブランコを尻に敷いているのは忘れている。
「止まるな、前へ進め」
龍姫が後ろから叫ぶ。列を整え走り始める。真っ青な異形の液体を浴び、血を流しながら走る十数人、だいぶ走ったところで阿闍梨に出会った。合掌されてすれ違った。
エスポーサがポンと阿闍梨に錫杖を投げた。使っていた錫杖は消えて新しい錫杖を受け取った阿闍梨。走り去って行く一行にさらに深く合掌した。
深い霧の中に突っ込んで行くと下に神社の屋根が見えた。神社の境内に戻った。
シンとアカが待っていた。
「みなさんお疲れ様でした」
アカが手を伸ばす。みんなの汚れが消え傷が治った。
いつの間にかパラソルの下にテーブルを出し、エスポーサが水を用意してくれていた。今回はいつもより大きなコップであった。皆喉が乾いているのに初めて気がついた。ごくごく水を飲んで一息ついた。
気がつけばまだ朝の6時であった。時間がどうなっているのかわからない。確か弁当を食べたと思った。
「多少、しんがりの3人とか、まだ少し足りないところがありますが、夕練で夜間訓練をして仕上げとしたいと思います。経験の通り、異形は増えています。異形等対策室にこれからは討伐依頼があちこちからあると思います。この星のために死力を尽くしてください。それではまた夕方」
解散して参道を降りていく。
舞が「お母さん強い」
「当たり前よ。私の祖先は上泉信綱よ」
「へえ」
知らない舞であった。
着替えて警察署に出勤した秡川、荒木田、榊原。
秡川が、県警本部長に
「荒木田、榊原は異形等対策室の室員に採用した。宗形も事情聴取は済んだ。本部長は県警本部に戻って良い。あとはやっておくから刑事も戻って良い。今までに調べたことは報告書を送ってくれればいい。解散」
と言って、荒木田と榊原を連れて出て行ってしまった。
秡川は神社に向かい、荒木田と榊原は病院の私物の片付けに向かった。
異形等対策室。電話が入った。
大嶺山奥駈道で異形の死体発見。発見者は登山者。
全部で五頭。
一頭は胴が真っ二つに切られていた。
一頭は膾に切られていた。
一頭は胴を斬られ、両脚が切り飛ばされ、頭が落とされていた。顔は目が潰れていた。
一頭は両脚が斬り飛ばされ頭が縦割りに首付近まで割られていた。顔は目が潰れていた。
一頭は腹に穴が空き、袈裟懸けに切られていた。複数の切り傷があった。
対策室はすぐ室長に連絡をとった。
現場の調査は不要。死体だけ自衛隊の対策室へ運べとの指示を受けた。




