029 あぶない法医学者二人 渋谷で活躍する
僕とアカと舞さんはハチ公近くの人気のない路地に転移した。
ポンと手を叩くと舞さんが目を覚ました。
睡眠薬はもともと無害にしてあった。ただ舞さんには眠っていてもらっただけだ。
「あれ、道を間違えた。向こうが人通りがあるからあっちだろう」
ハチ公前に出た。
舞さんの記憶は一回りして戻って来たとした。
パトカーのサイレンが響く。救急車がやってくる。
僕らが連れ込まれたビルに警官と救急隊員が突入していく。
警官と救急隊員が慌てて出てきた。何やら指示している。応援の警察車両と救急車が続々と集まる。テントを張り出した。警察と消防の合同現場指揮所らしい。
おや。警察車両から老人と何人かがおりてきた。私服の刑事らしいのも降りてきた。
あれ、宗形さんも降りてきた。白衣を着ている。帝都大学に行くと言っていたな。法医学教室にでも行ったか。武闘派野次馬と見た。
さらに警察車両がやってくる。大増員だ。
「これは大事件だねえ」
「そうみたいですね」
観察ちゃんから映像が入り始めた。
ほうほう。法医の老人を陰で化け物と呼んでいるぞ。へえ。
流石の化け物も腐乱死体の前で困惑している。なるほど。
宗形さんは黒ずみ始めた男のアレをつっついている。悲鳴が聞こえる。先生、つっつかないでくださいと警官に言われている。
「これはどうするのかねえ。切ってもダメそうだわ。最終的に腐乱するのね」
よくわかっているじゃないですか。宗形先生。
「助けてくれ」
床で悶えている男から声がかかる。
「そう言われても手を緩めなかったでしょう。何人もやったのでしょう。報いよねえ」
男の悲鳴が上がる。またつっついた。面白い先生だ。
「おい、宗形。切ってみるか」
「いいんですか」
「かまあこたあねえ。切っちまえ」
警官がなんとか言っているが宗形さんが切った。麻酔なしで。
悲鳴が上がる。
メスは持ち歩いているらしい。危ない先生だ。
「あ、すぐ先が黒くなってきた。血が止まったわ。切りっぱなしでいいわけね。楽」
「ふうむ。切ればすぐ黒くなるか。どれ」
あ、今度は化け物が切った。股スレスレだという声が聞こえるぞ。
「おい、宗形。見ろ。腰から全身に腐乱が広がり始めた」
あっという間に腐乱死体が出来上がった。
「いやあ、失敗だな」
「大丈夫ですよ。腐乱してしまったので証拠は何もないわ」
「そうだな。もう一人ぐらいやってみるか」
警官が必死に止めている。
流石に化け物とあだ名されるだけあるな。
「腐乱死体2体発見だわ」
しかし宗形先生も大概だ。
警官たちが手首を押さえてうめいている男を見て
「先生、拳銃が手ごと潰れています」
「拳銃の弾が真っ二つになって落ちています」
「宗形、手は駄目だ。手首で切ってしまえ。回収する。鉄砲玉も回収」
「メスは持っているけど骨は切れない」
「しょうがない。ワシがやろう」
担いでいたバッグから脇差を取り出した。スパッと手首から切り落とした。悲鳴が響き渡る。警官は真っ青。
「手は回収。腕はふんじばって止血して救急隊員に渡せ。おっともう一人」
拳銃ごと手が潰れたもう一人も手首からスパッと。悲鳴が上がる。
大変乱暴であるが綺麗に切れているから後の治療は楽だろう。そのうち腐乱するけど。
「これは異形の仕業ではない。ご丁寧に悪事の証拠の品がカウンターに並べてある」
「生きている奴らは警察病院に運べ。シートをかけて運べ。死体偽装だ。呻き声が聞こえないように猿轡だ。なんなら殴って意識をなくしてもいい。病院についたら腐乱死体になる前に事情聴取しろ」
「やったのは人ではない。公表できない。薬物がらみの暴力団同士の抗争だな」
化け物が切った先っぽもビニール袋に入れて持って、宗形先生たちを連れて灰色の警察車両に乗り込んだ。
他の車両とちょっと違う。なんなんだろうね。観察ちゃんが異形等対策室の車両と教えてくれる。対策を始めたらしいね。
観察ちゃんの中継映像を見て待っていたら、円さんと大井先生が戻ってきた。
龍姫、龍華、龍愛も戻ってきた。
尾行の人もびっこをひきながら戻ってきた。
「なにか大変な事件みたいね」
「そうみたいだね」
「食事にしましょう」
レストランに入って食事。ビルの壁面に渋谷で薬物をめぐり暴力団同士の抗争、死者多数と流れている。面倒だからみんなあそこで死んだことにしてしまうのかもしれない。化け物のやりそうなことだ。
「物騒だから帰りましょう」
円さんの提案。
「はい。ハチ公も見られたし帰りましょう」
アカが返事をする。
「お兄ちゃん、別に帰っていい?」
「いいよ。三人で帰ってきな。気をつけるんだよ。周りに」
「わかったー」
ドラちゃんが返事をして、三人は雑踏の中に消えた。
「あの、いいんでしょうか」
担任の円先生だ。時間外だというのに偉いね。
「はい。大丈夫です。可愛い子には旅をさせろと言いますから」
龍姫ちゃんがしっかりしているから大丈夫かと円先生は思った。
僕らは電車に乗る。帰りは人数が減ってしまった。僕とアカ、円さん、舞さん、大井先生だ。それと尾行の人。だいぶ足が腫れているようだ。痛そう。怪我人だ。
「お怪我をされたようですね。どうぞお座りください」
「いや、私は・・・」
離れて行った。
「今日の騒ぎは何だったんでしょうか。警察車両があんなに集まったのは見たことがありません。舞たちは近くを歩いていたのでしょう?」
「歩いていたけど、私たちが通り過ぎた後に事件が起きたみたい。何もなかったよ」
「そうかあ。都会は危ないね。気をつけなくちゃ」
「そういえばモデルにならないかと誘われた」
「危ないんじゃない」
「神さんが断ってくれた」
「それは良かった。うっかりすると部屋に連れ込まれて乱暴されるよ。そういうのは神さんのように断りなさい」
「はーい。お姉ちゃんはうるさい」
山城稲荷駅に着いた。
ホームの後ろから三人が走ってくる。
「一着」
龍愛が飛びついてきた。
「二着」、「三着」
ドラちゃんとドラニちゃんが飛びついてくる。一着を譲ってやったらしい。みんな良い子だ。
「あれ、乗っていたの?」
舞さんが不思議な顔をしている。
「後ろにいた」
電車の後ろを走って来たらしい。
大井先生と別れて参道へ。大井先生は新市街に住んでいると言って大鳥居前で別れた。観察ちゃんが送って行った。
舞さんの家への横道について、舞さんと円さんと別れた。
円お姉ちゃん、また明日と龍愛が言っている。
「明日は日曜だよ。休み」
「また明後日」
言い直した。
「はい。また明後日」
階段を駆け上ってそのまま夕練に行った。




