023 警官が傷害事件の取り調べに来る
教室に戻ると、教室が騒がしい。ゴリラ2号の竹田担任が苦い顔をして待っていた。
「あのーー」
「はいはい」
「職員室に」
「行きましょう。お疲れ様です」
「こちらです」
僕ら三人を先導してくれる。竹田先生は親切だ。
職員室の脇の会議室に連れ込まれた。警察官が三人いる。加害者の取り巻きもいる。
校門ゴリラがいる。名前は、山田春さんだ。
「ではよろしくお願いします」
竹田担任は逃げて行った。
「みなさん、こんにちは。なにか御用でしょうか」
「傷害事件だ。そこに座れ」
警察官が偉そうに言う。
「傷害事件ですか。それは大変です。犯人の目星はついたのですか」
「お前だ」
「え。僕でしょうか。身に覚えがありません」
「惚けるな。鬼頭理事長の倅さんを殴ったろう」
「僕がですか?いつ、どこで」
「昼休みの食堂前だ」
「あの時ですか。僕は被害者ですよ。鬼頭さんに拳で頬を殴られました。同級生ですからなるべく穏便にと思っていますが」
「お前が殴ったのだろう。惚けるな」
「ほら。これが殴られた時のあざですよ。そちらの取り巻きの人は、現場にいましたね。証言をしてください」
「俺は」
「声が小さい。聞こえない。見たことを見たままに堂々と証言しましょう」
「俺は、鬼頭さんがその男を拳で殴るのを見た」
「そうでしょう。私も頬が痛かった」
「おい、先ほどの証言と違うではないか。本当のことを言え」
「怯えているじゃないですか。高校生ですよ。かわいそうに」
アカがさも同情したように呟く。
「隣、お前は見たんだろう」
ちらっとこちらを見る。
「黙秘します」
「隣」
「黙秘します」
最初の一人を除いて皆黙秘だ。
「あの。僕も先ほどの証言は取り消して黙秘します」
「お巡りさん。証人がころころと証言を変え、挙げ句の果てに黙秘というのは珍しいように思いますが」
「・・・・」
「見た人はたくさんいるでしょう。この取り巻きさんたちは友情と真実の間で悩んでいるのではないでしょうか。悩んでもかわいそうですから他の目撃者を当たったらどうです?冤罪になると大変ですよ」
「・・・・」
「病院の診断はどうなったのでしょうか。先に行って来たのでしょう?」
「鉄の塊を殴ったようだと女医が言っている」
「ははあそうですか。僕はほら鉄の塊ではありませんから」
ピタピタと頬をはたく。
「一応病院に一緒に来てくれ」
「いいですよ。学校を抜けますが、手続きはどうしましょう。山田春先生」
ビクッとした春ちゃん。
「俺は担任ではないです」
「担任はいなくなりましたし、弱りましたね。お巡りさん。どうします?」
「黙って警察について来い」
「それはまずいんじゃないですか。誘拐ですよ。110番です」
「口のへらないやつだ」
諦めて警官が一人職員室に向かった。だれか連れてきた。小太りのおじさんだ。
「副校長、授業がありますので後はよろしくお願いします」
春ちゃんが逃げた。
みんなに見つめられた副校長。
「事態がはっきりしないから、警察に協力してやってくれないかな」
垂れる汗を拭きながらこちらを向いて話しかける。
「そうですか。この地で生活しているものとして、地元の警察に協力するのはやぶさかではないです」
嘘をつけと警官は思った。
「ではアカ、行きましょう。舞さんは残って情報収集をお願いします」
「はい」
「パトカーに乗るのは初めてです。興奮するなあ」
事件を簡単に片付けて、成績向上と思っていた警察官、当てが外れて変な経過を辿りはじめたとうんざりする。にこにこしている元被疑者を乗せて病院へ向かう。
「お巡りさん。病院はなんという病院ですか」
「武蔵西南総合病院だ」
「市立ですか?そんな大きな市ではないからそれは無理か」
「大学病院の系列だ。正式には帝都大学武蔵西南総合病院だ」
「なるほどなるほど、優秀なお医者さんが揃っているのでしょうか。それとも大学から島流しにあった方々の溜まり場なのでしょうか」
放り出したくなった警官である。
「ああ、早いですね。さすがパトカー。病院が見えてきましたよ。患者さんに悪いからサイレンは鳴らさない方がいいんじゃないですか」
警官は黙ってサイレンのスイッチを切った。病院の構内に入る。
「さて行きましょう。どこですか」
「救急外来だ」
警官と一緒に救急外来に向かう。
「先ほどの高校生のことで宗形先生をお願いする」
「はい。今聞いてきます」
受付の人が診察室に入って行った。
「どうぞとのことです」
「何?あの高校生は整形に送ったわよ。保存的療法にするか手術にするか整形次第よ。ここは、簡単なものは治療して、そうでないものは、専門の科へ割り振ればおしまい。診断書は整形でもらったら。それでそちらの高校生がファイトをしたの?」
「被害者だと言っています」
「どうも。宗形薫先生。いいお名前です。被害者の樹乃神と申します」
「どうも。調子が狂うわね。それでお巡りさん。そのわざとらしくあざができたほっぺたの診断書でも書けばいいの?」
「お願いします」
「打撲、全治二週間でいいんじゃない。もっと早く治りそうだけど」
「殴られたと言っていますが、殴られた跡で間違いないですか」
「殴られたどうかは知らない。ただ何かがぶつかったように見えるのは確かよ。目撃者がいるんでしょう。聞いてみたら。そちらの女子高生さんは目撃者?」
「はい。殴られるのをみました。右ストレートでしたが、拳が耐えられなかったのでしょう。拳で殴るのはなかなか難しいと思います」
「そうよねえ。物で殴らなくては自分が怪我するわね。荒木田と榊原という医者がいるんだけど、しょっちゅう殴り合いをしていてね、慣れたもので拳を痛めず相手にダメージを与えるようにファイトをしているわ。あの高校生はダメね。興奮して全力で拳で殴ったんでしょう。それでは拳が耐えられない。理事長に言いつけてやると言っていた。くだらないやつよ。一発殴ってやったらよかったのに」
「先生、武闘派ですね。下にNinja H2 SXが止まっていましたが先生のでしょう」
「あれ、わかった?私のよ。高かったんだから」
「今度運転させてください。免許がないからサーキットかこっそり乗るか。朱を乗せてフルスピードでコーナに突っ込む。楽しそうですね」
「そうよ。深夜の国道でぶっ飛ばす。ストレス発散、健康のもとよ」
「あのう、私は警官ですが」
「妄想よ、妄想」
「そうです。妄想です」
「それで診断書は」
「書いたわ。受付でもらってください。お金を払って」
「お二人はどこに住んでいるの?」
「山城稲荷神社です」
「円と舞ちゃんの友達?」
「そうです。神社にはいつでも遊びに来てください。歓迎します」
「はい。そのときは」
「それじゃ、お巡りさん。先に帰っています。送ってくれなくて結構です。歩いて帰ります。僕は診断書はいりませんから警察で費用を払ってね」