158 オーストラリア在住のカンナの日常 (11)
少し前のカンナ。フリーマンからノーザンテリトリー準州の首相に電話して欲しいと依頼があり、聞いた電話番号に電話した。
「カンナ ハシモトだけど何か用?」
「連邦政府の傭兵か。アリススプリングスに怪物、IGYOというらしいが、それが現れた。討伐したまえ」
「私は傭兵じゃないからね。人違いじゃない?私は関係ない」
「お前は連邦政府の傭兵だろう。指揮は連邦政府から任された。命令だ。やれ」
「うるさいね。傭兵じゃないと言っているのに。私に命令する権限はあなたにはない」
「じゃあお前はなんなのだ。なんで連邦政府首相がお前を知っている?」
「小さな市の市長程度の首相が知ってどうする。電話代返せ。あ、愛ホンでかければ電話代はかからないのだった。バイバイ」
電話が切られた。
首相が秘書官に向かって憤慨する。
「なんだあれは。あんな者は相手にする必要はない。アルバーニ連邦政府首相に連邦軍の出動要請をしよう。電話を首相に繋いでくれ」
連邦政府首相官邸
「首相、ノーザンテリトリーの首相から電話が入っています」
「あれは名前はなんと言ったっけかな。まあいい、繋いでくれ」
「アルバーニだが」
「首相、連邦軍の出動をお願いいたします」
「何かあったか」
「あの怪物、IGYOの討伐をお願いいたします」
「ハシモト終身官に頼んだのだろう」
「あの傭兵はダメです。討伐命令を出したら誰の指揮下でもないとほざいて電話を切りました」
「馬鹿者。相手は誰だと思っているのだ」
「傭兵でしょう。代表は小娘のようでしたが」
「くそ、藪をつついたか」
「は?なんでしょうか」
「お前は誰に向かってものを言ったか分かっているのか」
「さっきも申し上げた通り傭兵のハシモト代表でしょう」
「傭兵ではない。神とその眷属だ。ハシモトは眷属だ。討伐をお願い申し上げているのだ。お前がすべきだったのはお願いと場所の説明だ」
「神は我が信仰する神しかいません。メルクリオ大僧正王様が神の代理人です」
「宗教論争をしてもしょうがないな。現実を教えよう。IGYOには人類が作ったどの兵器も通用しない。唯一討伐できるのは、リューア様とその眷属のみだ。お前は連邦軍の派遣を要請したが、軍では討伐できない。壱番国も北の大国も中心国も英国もEUも全て最終的にリューア様に討伐をお願いしている。お前は勝手に断ったな。しかも傭兵呼ばわりして神に命令をした。そのつけは誰が払うのか。小娘と言ったな、ハシモトの次はムナカタが出てくる」
「そんな。そんなことは知らなかった」
「お願いしろと言ったろう。傭兵とか命令しろとかお前に言ったか」
「ええと、・・・言われませんでした」
連邦政府首相官邸にご機嫌らしい爆音が空からふってくる。
窓の外を見ると、赤白衣装のムナカタがバイクに跨って浮いている。爆音の主と知れた。
「窓を開けろ」
慌てて窓を開ける秘書官。
ムナカタが空中に浮いたバイクから部屋の中にポンと飛び込んで来た。
「こんにちは」
「はははは。こんにちは」
首相は冷や汗をかき始める。
「あんたの支配下の準州首相が神に命令したね」
「あれは、田舎者につき無知蒙昧の徒です」
「そうか。日本には授業料という言葉がある。無知蒙昧の徒は授業料を払わなければならない」
「はい。払わせます」
「電話が無知蒙昧の徒に通じているようだね。支払いをさせろ」
「は、はい。ただいま」
「おい、無知蒙昧の徒よ、授業料を日本円にして一千万円、すぐこれから言う口座に振り込め」
アルバーニ首相から秘書官にかわって秘書官が口座情報を準州首相に教えた。
準州首相が秘書官に聞く。
「あの、これは支払わなければならないのでしょうか」
「支払わなければIGYO討伐をしてもらえません。IGYOに住民が食べられて人口が激減し、ノーザンテリトリーは準州からも格下げになってしまうでしょう。あなたは良くて町長でしょうか」
「これは公金で支払っていいものでしょうか」
「授業料は授業を受けた者が支払うものです。個人でお支払い願います」
「授業を受けた覚えは」
「神とその眷属に命令すればこうなるという教えを受けたでしょう。それが授業です」
「・・・・・」
「支払わなければ」
「超法規的手段でムナカタ様が切り取りにお伺いするでしょう。連邦政府は関与しません」
「そんな。法治国家でしょう」
「法は人が人の社会用に作ったものです。人でない神とその眷属ですから法には縛られません。お支払いになった方がいいですよ。頭が中から爆ぜる神罰があるそうですから」
「それは犯罪では」
「神罰は刑法の対象ではありません」
宗形が秘書官から受話器を取り上げた。
「おい」
「だれだ」
「リューア神のマネージャーのムナカタだ。お前が時間を潰してる間にも次から次へと住民がIGYOの餌になっている。お前は殺人者だ」
「そんな」
準州首相の持っている受話器が妙に温かくなってくる。なんとなく柔らかくなった。おかしいと耳から離した。ドロっと受話器が溶けて発火した。
「うわ。熱い。熱い」
受話器を投げ捨てようとしても溶けて手に纏わりついて離れない。秘書が飲んでいたカップのコーヒーをかけたが火の勢いは止まらない。
「助けてくれ、助けてくれ」
受話器が纏わりついた手を振り回すものだから、溶けたプラスチックが火の玉となって飛び散る。
火の玉が秘書の腕にくっついた。
「うわ熱い」
慌ててトイレに走り水をかけた。火は消えたがかなり深い火傷である。
机の陰に隠れて秘書が叫ぶ。
「首相、トイレに水があります」
暴れていた首相、必死になってトイレに駆け込んで、便器の中に溜まっている水に手を突っ込んだ。水が沸騰し中々火が消えなかったが、何回か水を流してやっと消えた。
「どうなったのかね」
連邦政府首相が宗形に聞いた。
「受話器が発火した。リチウム電池だろう。だいぶ深い火傷をした。まあ手は使い物にならないな。現代医学では治らない」
宗形にリチウム電池の発火でとぼけられてしまった。
「現代医学によらなければ治るのでしょうか」
「もちろん、龍愛、黒龍、黄龍なら治せる。治療代は五千万円だ」
「だいぶお高い」
「今のままだと右手首は切り落とさなければならない。龍愛に頼めばすっかり元通りになる。安いものだ。授業料をいただくからまけてやろう。治療代四千、授業料千の合計五千万円だな。サービスで周りの被害者も治してやろう」
「授業料一千万は政府が立て替えましょう。すぐ振り込みます。IGYO討伐をお願いいたします」
「わかった。討伐代は一頭一億円、ほかに出張代等。あとで連邦政府に請求する。これから討伐に向かおう。IGYOは人口密集地域に近づいているようだ。討伐時に発生する人的物的被害は政府持ちだ」
「承知しました」
宗形が窓の外に浮いているバイクに飛び乗って爆音を轟かせ消えた。
「消えた。おい、すぐ一千万円を振り込め」
「承知しました」
「それからやつから一千万円を回収して、四千万円支払えば手は元通りになると言ってこい。一千万円は支払わなければ差し押さえだ」
「行って来ます」




