157 オーストラリア在住のカンナの日常 (10)
四輪駆動のパトカーが一台、バス用駐車場にやって来た。
パトカーから降りた二人の警官が駐車場に止まっている観光バスを一台一台調べている。だんだん近づいて来た。
バスのドアが叩かれる。ドアを叩いた警官の後ろにいる警官がすぐ撃てるように拳銃をかまえている。ただ人差し指は引き金にかけず指を伸ばしている。まだ引き金を引く気はないのだろう。それにしても腰がひけている。
グレースがドアを開けた。
「観光客ですか」
警官が聞いた。
龍愛に顎で指示されて、また俺かと思いながらフリーマンが相手をする。
「強盗ですか?」
「違う。警官だ」
「身分証明書を拝見」
渋々警官が証明書を出す。
「なるほど。本物のようですね。では最初の質問にお答えしましょう。観光客です」
「これだけか」
「いや外に出ています」
「外にいるポニーはお前達のものか」
「あたしが乗るんだよ」
「どこから持ち込んだ」
「おとうさんからもらったんだよ」
「おとうさんはどうした」
「ここにはいないよ」
「この国に動物の持ち込みは・・・」
「どうやって持ち込むの?ポニーだからポケットに入れてくるわけにはいかないよ」
「それもそうだな」
「そんなことより何を調べにきたの?大事の前の小事というよ。小事をかまった方がいい時もあればかまわない方がいい時もある。今はかまわない方がいいんじゃない」
「そうか」
ポニーについては一応諦めた警官。フリーマンに向き直る。
「何しに?」
「観光です。ここに来てそれ以外はないでしょう」
「そうだが、そうでもない人がいるかもしれない。武装集団を見たと通報があった」
「それで拳銃をかまえているのですか。武装集団相手に拳銃一丁では足りないのではないでしょうか」
「それはそうだがこの辺は何もないので警官も数が大変少ない」
「こんなところで武装集団は何をするのでしょうか」
「わからない。テロだろう」
「テロなら人がいるところでなくてはなりません。ウルルの周辺は見たのでしょうか」
「これからだ」
「では先にそちらを調べたらどうでしょうか。ここは見てお分かりのように、子供と保護者のみです」
「ううん。まずは免許証を拝見」
「どうぞ。それと私はこういうものです」
フリーマンが州政府役人の名刺を出す。
「ここはノーザンテリトリー州だ。そっちの州とは関係ないからな。この免許証もそっちのものだ」
「正しくは準州だ」
余計なことを言うフリーマンである。
「なんだと。人口が少ないだけだ。人口が少し増えれば立派な州だ」
「ここで無駄話をしていないでウルルを見て来たらどうです?」
「他国の者に指示される謂れはない。日本人か、パスポートを拝見」
「パスポートね。どこだったでしょうか」
とぼける江梨子夫人。
「バッグの中に入れていたよ」
龍愛が教える。バッグなどは持っていない江梨子夫人であるが、後ろの座席にいたジュビアがバッグを江梨子夫人に渡す。
「そうそう。この中よね。あったあった。はいどうぞ」
龍愛製パスポートである。本物そっくりと言うか、本物である。
「スタンプはないな」
「スマートゲートですから」
「そうだな。スタンプのほうがわかりやすい。いちいち問い合わせるようだ」
「お手数ですね」
「おい。問い合わせろ」
拳銃をかまえていた警官が拳銃を下ろし、パスポートを持ってパトカーに乗り込んだ。しばらくマイクを持ってやりとりしていた。戻って来た。
「正規に入国手続きが行われていました」
「そうか。残念だ」
「他の大人を調べろ」
グレースとミアは免許証を提示した。
「うちの免許証ではない」
「それはそうです。ここに住んでいませんから。デジタルの・・・」
「そんなものが通用すると思っているのか。まあこれでいい」
「子供は何か持っているか」
ジェナが答える。
「おとたんが持っているよ」
「おとたんはどうした?」
「今日はいないよ」
「おにたんとおねたん二人は今朝おとたんのところに行ったよ。おとたんが寂しがるから」
「そうか。まあいいか。誘拐ではなさそうだ」
フリーマンの電話が鳴った。
「はい。フリーマンです」
「アントーニオ アルバーニだ。おい、カンナはどうした」
「今出ていますが」
「電話が通じない」
「IGYO対応訓練中なので忙しいのでしょう」
「それではお前から大至急ノーザンテリトリーの首相に連絡してくれ。IGYOが出た」
「私から連絡ですか?」
「他に誰がいる。お前はカンナの代理人だ。それかお前からカンナに連絡してくれ」
「代理人とは知りませんでした」
「そうか。教えてやったのだからありがたくすぐ首相かカンナに連絡しろ。困って連邦政府に泣きついて来た。というかそこは準州だからな。自治権はほとんどない。なにしろ総人口25万人だからな。少し大きな市より少ない。ということはこっちに責任があるということだ。頼んだぞ。電話番号は×××・・・」
「わかりました」
「誰と話していた?」
「ああ、アントーニオ アルバーニ。連邦政府首相だ」
「ふざけたことを言うな。連邦政府首相がお前のような奴と気安く話をするわけがない。やっぱりお前たちはテロリストだな」
「そういわれても。ああ、警察の無線でこの準州の首相に通じるかね。急ぎ話をしなければならない」
「ふざけるな。しょっぴくぞ」
「そんなの相手にしていないで愛ホンで連絡したら」
「あ、そうだな」
江梨子夫人に言われてバングルから愛ホンを出してカンナに電話する。すぐ出た。
「何?」
「アントーニオ アルバーニ連邦政府首相から電話があって、この準州の首相にすぐ連絡してくれとさ。IGYOが出て連邦に泣きついたらしい。電話番号は×××・・・」
「わかった。連絡してみる」
「おい、本当に連邦政府首相だったのか」
「さうだよ。邪魔すると準州の首相にしょっ引かれるよ」
警官二人が相談を始めた。
「どうする。テロリストだとしたら相当な組織だ」
相談が長引いている。
遠くからバイクの音がしてくる。急速に近づく。
宗形だ。警官を無視してバイクから降りバスの中へ。
「龍愛、儲け話だ」
「わかった。どこ?」
「キングスキャニオンだ」
「ここには黄龍を残しておくか。ジュビア達はどうする?」
「行くよ」
黄龍が来た。
「ミアさん、グレースさん、あとはよろしく。昼食は黄龍に持たせるから時分どきになったら食べてくれ。そしたらカタ ジュタへ黄龍が転移させる。バスに戻ってくるのは参加者と巫女さんだけだ。巫女さんは英語は怪しいが人数がいるし黒龍がついているから大丈夫だろう。空にはホーク愛も飛んでいるし」
「ではみんなと合流しよう」
宗形に言われてしぶしぶバスから降りるフリーマン。江梨子夫人に早くいけと突かれる。
フリーマン、江梨子夫人、ジェナとチルドレン、ジュビア、アイスマンがバスから降りる。
龍愛がポニーに跨って
「行くよー」
全員消えた。
「消えた」
どうして良いかわからなくなった警官、指示を仰ごうとパトカーに戻った。すぐ無線で呼び出された。
「おい大変だ」
「なんです」
「本部からそのバスを警護しろと連絡があった」
「警護ですか?」
「そうだ。手落ちがあれば懲戒免職だそうだ」
「本当ですか」
「ああ。本部は相当焦っていた。おそらく何かあると上層部も無事ではないのだろう」
「やばいな」
警官はパトカーをバスの脇につけてバスの中に残った女性に声をかける。
「あのう、先ほどは失礼しました。このバスを警護しろと命令を受けたのですが」
年配の女性が返事をした。
「そうですか。それじゃバスに乗ったら?こっちのほうがパトカーより涼しいですよ。それにバスの中の方が安全ですよ」
年配の女性より若い女性の膝の上で子犬がそうだと言わんばかりの顔をしている。
「それじゃお言葉に甘えて」
警官二人はバスに乗り込んでしまった。
後で警察無線に応答しなかったと責められてしまったのであった。




