148 オーストラリア在住のカンナの日常 (1)
「ミア、困ったわね。ヨッちゃんはまだ役人を辞めていないからいいけど」
ミアは倒産船会社の元事務員、ミア ブラウン。カンナが雇用した。でも仕事が軌道に乗るまでアルバイトである。
ヨッちゃんは、ヨス フリーマン。オーストラリア州政府役人。副社長に雇用予定。商会を立ち上げる法的手続はヨッちゃんに丸投げ。もちろん役人はハシモトが怖いからヨッちゃんが書類を持って行っても何もケチつけない。
「困りました」
「鯨が戻ってこない。戻ってこないとホエールウォッチングのオプショナルツアーの企画販売が出来ないね」
「はい。このままですと倒産一直線です。また倒産です」
「うちはカンナ商会だから仕事はなんでもいいのよね」
「何をしましょうか」
「そうねえ。船があるから、スキューバダイビングでもしようか。インストラクターの資格は持っているけど、スキューバダイビングは面倒だね。クルーズにしようか。あとは船の免許を持った人だね」
「元副社長が船舶免許を持っています」
「へえ、そうなの」
「会社で免許を持っている人が社長だけではまずいので取ったらしいです」
「ボンクラと思ったらなかなかね」
「会社に来ないで給料だけもらっていましたのでこの間のようなことがあると対応できませんが、会社に必要な資格は全てとっていました」
「それではアルバイトだね。早速交渉に行こう」
ミア事務員が元社長夫人に電話でアポを取った。倒産会社の社長夫人など誰も雇ってくれるところはないから家にいた。
船の沈没はIGYOによるものだから船会社に責任がないことになって船、船員、乗客の保険金は全額出た。もちろん債権者に持っていかれたが、旦那の生命保険金と家はかろうじて残った。
カンナは元社長夫人宅に出かけた。ミア事務員にはクルーズのパンフレットを考えてもらうことにした。倒産船会社のホームページ、パンフレットも作っていたから作れるそうだ。事務員一人だったからなんでもやっていたらしい。意外と優秀なのである。
元社長夫人宅は郊外の一戸建てであった。すでに子供は独立していて一人で住んでいた。
「こんにちは」
元副社長が出てきた。
「ハシモトさんか。何か用?」
「アルバイトしない?」
「アルバイト?」
「船の操縦のアルバイト」
「もう何年もしていない」
「平気、平気。危なくなったら手伝うから」
「岸壁に衝突するかも」
「大丈夫。船は安全設計だから」
「船はあるの?」
「IGYOに襲われ沈没した船を処分費用をもらって引き取った」
「あれは古い船でスクラップじゃないの」
「ちょいちょいと直してもらった」
「直すって言ったって大穴があいて沈没した船だから新しい船を買うくらい費用がかかるはず」
「シン様の眷属のクロちゃんとキイちゃんに直してもらった。そのあと龍愛ちゃんが何かした」
「・・・・」
「船体は頑丈、ドアやハッチを閉めれば横転しても転覆しても浸水なし、すぐ復元する。窓ガラスも割れない。外装、内装とも豪華、エンジンというかエネルギー発生装置もメンテナンスフリー。エネルギー源不明。プロペラもウオータージェットもなし。推進機構不明。私が許可しないと動かない。というか実は私の思い通りに動く。だから岸壁に衝突しない。全体的に謎仕様になった」
「・・・・」
「プロペラもウオータージェットもディーゼルエンジン、ジェットエンジンもなしでこの世に知られた推進機構はない。船の格好をした箱だから船舶免許は不要なのではないかと思うけど、一応私も船舶免許を取るつもり」
「・・・・」
「クルーズの客を乗せて観光スポットを周航するだけ。いいアルバイトでしょう」
「また怪物に襲われる」
「平気、平気。今度はぶつけられても穴が開かないし、逃げ足が早いから簡単に振り切れる。なんならぶつけて攻撃してもいい」
「どのくらい速度が出るのでしょうか」
「さあ。300ノットは軽いんじゃない」
「世界記録?」
「300ノット出すと水の抵抗で大抵船が壊れて操縦者は死んじゃうのよね。うちの船は壊れないし揺れないから、300ノット出しても安全なんだけど、目立つといけないから30ノットくらいにしておいてね。IGYOが出たらスピード出し放題だ」
「波が高ければほとんど飛行機のように進むから波が高くても問題はないけど、波が高い場合欠航しよう」
「わかったわ。よろしくお願いします」
「鯨が戻ってきたらホエールウオッチングをやろうと思う。それが順調にいったら英語学校を始めようと思う。ネイティブ英語講師どう?できるでしょう」
「ええ、まあ」
「一軒家で広いからホームステーもいいかも。家に男はいないから日本人のお嬢さんを受け入れればいい。安全、安心の女性だけのホームステーよ。ここにホームステーして、英語学校に通う。その場合ホームステー代は総取りでいいわ。こっちは英語学校代だけでいい」
「総取りでいいの?」
「いいよ。ただしホームステーの経費は総取りの中からよ」
「総取りだからそうでしょうね」
「そう」
「クルーズもホームステイ込みで日本から呼んでやるのもいいかもしれないね」
「やらせてもらいます。近くに娘が結婚して住んでいますから手伝いは娘にやってもらいます」
「OK。決まりだね。それではまず船の運転の練習からしようか」
元副社長、名前はグレース ホワイト、収入がないからホームステイ代総取りに乗り気である。
元副社長は暇だから、カンナと一緒に倒産船会社の元事務所へ行った。
「あ、グレースさん、お久しぶりです」
ミアが元副社長に挨拶する。
「ご無沙汰しています。今度アルバイトをさせてもらうことになりました」
「それでミア、日本からお客を呼ぶことにした。グレースさんの自宅にホームステーする。女性だけの安心、安全なホームステー。自宅は知っているよね。外観、中も綺麗だから後で写真を撮るとして、日本の女性向けパンフレットは英語で作っておいてくれる?日本語にはあとでするから。男も拒まないけど、男はホームステーなし」
「わかりました」
「ホームステー代はグレースさんの総取り。ただし経費込み。うちはその他の費用だ。じゃあ船の練習をしてくるわね」
船の係留場所はすぐ近くだ。カンナとグレースが歩いていく。
「ほら、あれが船よ」
「なんだか外観が変わっているような。釣り船程度のグレードだったけどクルーザーになってしまった。存在感が違う」
「存在感は丈夫にしたからね。それと高速仕様だ。では乗って」
二人で船に乗る。
「中も変わっている。綺麗だ。豪華クルーザーだ。元は中古で買った無駄に大きいボロ船だった」
「大きかったからよかったのよ。クルーザーに出来た。登録は元のままよ。中古のボロ船だから税金も安い」
「何か言ってきそう」
「言ってこないわ。ちょっと改造しただけだから」
ちょっとどころではない、ほとんど新造船だ。元の部分は全くないのではないかと思ったグレースである。
カンナが係留してあるロープを外した。
「では出航。操縦して」
「ええと」
「一応操縦装置は普通の船の操縦装置だ」
「エンジンをかけて」
エンジン音がする。
「エンジン音は一応それらしく出しているだけで実際のエンジンの音ではない。だから消せるけど不審に思われてはいけないので音と振動を出している」
「・・・・はい」
「港の外に出る前はゆっくりだったわね」
「そうです」




