147 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (18)
列車後方では補佐と秘書2名がIGYOの相手をしている。メルクリオが走って来て、
「正面は俺がやる。側面と後ろから攻撃しろ」
補佐が後ろに回り、秘書が側面から攻撃を始める。
「切れないぞ」
補佐が苦し紛れに突きを尻に入れた。
ズボッと手応えなく入った。
「おかしいな。ズブズブと入るぞ」
IGYOがグオーと叫び、立ち上がりながら後ろを向き前足で補佐を振り払おうとする。相当腹が立ったらしい。慌てて飛び退く補佐。
メルクリオが上半身が後ろを向いたIGYOの下腹を割いた。
「御釜を掘ったな」
メルクリオの言葉に、なるほどだから柔らかかったのかと思った補佐。厭そうに剣についた汚れを見る。
「体に突き刺せば綺麗になるぞ」
それを聞いて補佐は剣を腰だめにして、腹を割かれて前を向いたIGYOに体ごと思いっきり突進した。今度は抵抗があったが突き刺すことができた。
「よし」
両脇の秘書もIGYOがメルクリオにかかりっきりなので腰だめ戦法で異形に突進する。こちらも突き刺すことができた。
尻を気にしながらグオー、グオーと喚き散らすIGYO、メルクリオがうるさいぞと言いながら頭を割った。御釜を掘られたIGYOに多少同情したメルクリオであった。
前方では救援に到着した榊原、荒木田があっさりとIGYOの首を落とした。
ホーク龍とホーク愛は周辺を飛んでいる。索敵らしい。
ポニーに乗った龍愛、
「宗形のお姉ちゃん。もういないみたいだよ」
「わかった。メルクリオ達は着替えてくれ。補佐は政府関係者に負傷者を運ぶヘリを手配させてくれ。それから重症者は緊急手術するがいいかと聞いておいてくれ」
「政府関係者は事切れています。それにスマホは電波が届かない」
「愛ホンはどんなところでも通じる。補佐から連絡してくれ」
「わかりました。ええと電話番号は」
補佐の秘書が連絡先一覧を持っていた。秘書は優秀である。
補佐は救助のヘリを要請して、緊急手術の了解もとった。龍愛に汚れ飛んでけをしてもらい、急いで着替えた。汚れ飛んでけをしてもらって剣は綺麗になったはずであるが線路脇を流れる谷川に走り剣を洗う。相当気になるらしい。
「祓え給い、清め給え」と小声で唱えながら剣を丁寧に洗っている。補佐はだいぶ本地垂迹説の理解が進んだらしい。
なお剣は不壊だから水で洗っても錆びない。
補佐がふと見ると宗形がにやにやしている。背筋をツーっと冷たい汗が流れる。
剣の水気を切り、戻った補佐。
宗形が一言。
「妖刀御釜の禊は済んだか?」
周りは吹き出すのを堪えて腹筋が痛い。
補佐は俯きながらメルクリオの元に行き遺体を列車から取り出すのを手伝う。ぐしゃぐしゃになった運転席の遺体収容は難航したがナイフで機関車を切り裂いてどうにか運転手の遺体を取り出した。
秘書がテーブルクロスを調達して来た。
遺体を線路脇に並べテーブルクロスで覆った。
宗形、榊原、荒木田トリオはトリアージの実施だ。軽傷者は列車の外に出てもらって、重傷者を列車の床に寝かせた。
手術をしなければすぐ死ぬ瀕死の重症者を宗形が選り分ける。
龍愛がその重症者を浮かせて結界を張った。無菌手術室の出来上がりである。もちろん龍愛は宗形達も無菌化した。
「さてやるぞ」
宗形が手術台、医用材料、医療機器などを収納から出して手術を始める。
「すごいな。X線撮影不要か」
「X線よりよく見えるからな。軟部組織も見える」
榊原、荒木田は助手である。神の目、神の手の宗形の手技を見ている。
「榊原、手術内容を記録、記録は点滴スタンドにでも縛り付けておいて。荒木田は縫合。次行くよ」
宗形が執刀、榊原が助手、荒木田が縫合。龍愛が患者を移動させる。
「龍愛、挫滅部分を治して。その前に荒木田、愛ホンで写真を撮っておいて。before afterだ」
荒木田が写真を撮り、龍愛が挫滅部分を再生し、再度荒木田が写真を撮る。
酸素マスクをした患者の脇に酸素ボンベが置かれ、点滴スタンドが立ち並ぶ。重症者の手術は終わった。
龍愛は宗形に抱っこされ、
「龍愛がいなかったらこの人たちはみんな死んでしまった」
と言われ、なでなでされて喜色満面である。
やがてヘリの音が聞こえてくる。宗形がヘリを迎える。
兵が降りて来て指揮官らしい軍人が宗形に敬礼をした。
「列車の中に点滴中の患者が横たわっている。点滴スタンドに紙が結び付けられている者は緊急手術をしたので気をつけて最初に運んでくれ。手術内容は点滴スタンドに縛り付けてある紙に書いてある。不明な場合は電話してくれ。電話番号も書いてある。手術した患者を運び終わったら列車の中に横たわっている人を運んでくれ。今すぐ死ぬことはないが重傷者だ。外にいるのは見かけ酷くても軽傷者だ」
「了解」
「運ぶぞ。重症者が多い。ヘリの増派を要請しろ。軽傷者用に救急車も手配だ。いや列車の方が人数が運べるな。列車を出してもらってくれ。遺体はヘリで運ぼう。遺体袋も数を数えて持ってくるように手配」
兵が動き出す。
軽傷者の中に俺は重傷だ、ほら血まみれの重傷だと言い出す者が何人かいる。兵は取り合わない。
指揮官が、
「よせ、IGYOバスターズの皆さんだ。トリアージに間違いはない」
そう言われても尚も騒ぐ軽傷者たち。
イラっとした宗形が、
「重傷者というのはこういう状態の者を言うのだ」
と、先頭に立って騒いでいた男の両腕を棒で肩口から切り落とした。
絶叫して意識を飛ばしたクレーマー。
龍愛が切り飛ばされた腕を拾って左右反対にくっつける。
宗形が意識がないクレーマーを棒で突いて起こした。
すかさず龍愛、
「あれ、右と左をまちがえてくっつけちゃったー」
腕が外側に曲がる。内側には曲がらない。愕然とするクレーマー。
ニヤッとして宗形がもう一度腕を切り離す。
再び絶叫して意識を飛ばすクレーマー。
龍愛が腕を左右正しくくっつけた。
もちろんクレーマーは意識がない。
騒いでいた者は真っ青になり黙ってしまった。吐いている者もいる。
ほらみろIGYOバスターズに逆らうからだと指揮官。
報道のヘリが上空にやってくる。
メルクリオ達が白い布に覆われた亡くなったと思われる人に祈りを捧げているところが中継された。
「メルクリオ大僧正王様でしょうか。遺体と思われる布で覆われた人に祈りを捧げています。隣は大僧正王補佐でしょうか。一緒に祈りを捧げています」
「今世界で話題のIGYOの死体でしょう。列車の前に二体、後ろに一体あるようです。列車は大岩にぶつかり脱線したようです。IGYOが岩を置いて脱線させたのかもしれません。しかしIGYOをだれが討伐したのでしょうか。地上から現場に向かっている記者に取材を任せましょう」
秘書達は列車のレストランから水を調達して来て座り込んでいる軽傷者たちに配っている。
ヘリからの中継は続く。
「列車の外に座り込んでいる人たちがいます。軽傷者のようです。神父さんが世話をしています」
次々に運び出されヘリに乗せられる緊急手術された負傷者。運び終わったら重傷者をヘリで運ぶ。
やがて機関車を前と後ろに連結した列車が到着する。記者が我先にと降りてくる。入れ替わりに軽傷者が列車に乗り込む。
「メルクリオ達は列車で一緒に戻ってくれ」
宗形に言われて、
「承知しました。あとはよろしくお願いします」
記者は前方の脱線車両に走っていった。列車は軽傷者とメルクリオ達を乗せて出発した。
なお脱線現場にはすでに乗客はいず、兵だけである。
気づけば取材対象の軽傷者を乗せた列車は行ってしまって記者は置いてけぼりをくらった。
報道のヘリは記者が現場に到着したのを確認して去っていく。
交代で政府高官を乗せたヘリとIGYO搬出のヘリがやって来た。
宗形と政府高官が話をしている。
緊急手術代(医用材料、医療機器使用料などを含む)と宗形、榊原、荒木田の出張代で折り合ったようだ。IGYO討伐代はサービスとなった。
さて首都に戻ったメルクリオ一行。現地記者がうるさいし、いくらなんでももう帰ろうと思って最後の訪問地ボリバルの政府に寄らずに帰ると連絡した。
ところが「聖人メルクリオ大僧正王様、ぜひ、一足でも結構ですからボリバルの地を踏んでください」と懇願され止むを得ずボリバルに向かった。
ボリバルでは教会でメルクリオ統括大僧正王来訪記念特別礼拝式を行い、教会に大統領を含めて政府関係者を呼び簡単な昼食会を行った。
昼食会が終わってすぐ空港に行き帰途についた。
やっと濃いアンデス諸国訪問が終わった。
なお、脱線現場で祈るメルクリオを中継で見て、信者のメルクリオに対する献金が加速した。宗形は満足であった。
また補佐は仲間から妖刀御釜遣いとからかわれ肩を落とすのであった。
後にビルー政府は宗形からの緊急手術代等の高額な請求に驚く。
すぐ負傷者が運び込まれた病院の医師団を呼んで検討させた。
医師団の見解は、
宗形達が手術した負傷者は全員死亡でおかしくない、助かったのは奇跡だ。
請求書に挫滅部分のbefore afterの写真が添付してあったが、今の医療では不可能だ。人間業ではない。
結論として、請求金額は大変安い。人間業でない部分についてはいくらお金を積んでも同じことはできないので評価不可能だ。
政府は、人であらざるものが治療した事が推測され、支払いをぐずるとその筋で密かに噂になっている頭が爆ぜる神罰を受けてしまうとあせって全額を支払った。




