143 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (14)
目の前は絶壁である。エベレストの急斜面下に転移したのではないかと訓練生たち。これは絶望の岩壁という名の絶壁ではないかと訓練生たち。
訓練生が後ろを見ても前を見ても登山者はいない。
足元はエスポーサ特製靴下で冷たくはない。ただ岩を踏む感覚は裸足だ。痛い。
ちなみに訓練生は、大僧正王補佐、秘書二名、橋本カンナ、ハント伯爵夫妻、MI6のウィリアム スミス、IGYO対策室長の、英国ミッチェル トムソン、ドイツ国ギルベルト ハーゲン、北の大国対外情報庁(TJC)長官ニコライ ニコラエヴィチ ロトチェンコ、在日本ドイツ連邦共和国大使館大使ギュンター ヘンケル、同秘書、オーストラリア州政府役人ヨス フリーマン。駐日欧州連合特命全権大使クンラート ゼーマン、同秘書である
宗形が上を見上げて、
「あと2000メートル登れば頂上だ。楽だろう。数時間あれば十分だ。山頂で遅い昼食だな。登るのが遅れると昼食抜きになる」
ハント伯爵夫妻、ウイリアム スミス、ミッチェル トムソンの英国組は、
「まさに Because it's there. だな。累計登頂者数は9000人超えだろうから珍しくはなくなってしまったが」
「ただ靴下で登るのは我々が初めてだ。それにここは南西壁だろう。一番難しいと言われている南西壁ルートに挑戦か」
プリシラと神父さんが平然と登って行く。
「無駄話をしていてついていかないとルートを自分で探すようになるよ。そうだ、すぐ死なれても困るからまずはエスポーサさんの特製ドリンクを飲んでくれ」
死ぬと言われては飲まずにいられない。訓練生は全員宗形から渡されたコップのドリンクを目を瞑って飲んだ。
体がポカポカする。動きたくなる。すぐ岸壁にとりついて登り出す。手足が止まらない。あれはワンワン印だったかと思ってももう遅い。
プリシラと神父達は後ろを振り返ると、何かに取り憑かれたような狐顔をして、人間は手足4本で3点支持で登るはずであるが、ものすごい勢いでなので、どう見ても蜘蛛かそれともGに足を増やして8本足の8点支持、必ず一本は動いているから7点支持か。そう見える訓練生が登ってくる。
Gもどきを見たプリシラと神父達、やっぱりワンワン印を飲まされたな。宗形も危ない。先に登り出して正解だったとホッとするのであった。
宗形と口に出すと危なそうなので心の中で思っただけである。さすがエスポーサで訓練されたプリシラと神父、口に出してしまうおばさん連中とはキャリアが違うのである。
「しかし7点支持なら数時間で十分登頂だな」
「そうだな。追いつかれるぞ。急ごう」
「しかし、Gはキモい」
「まったくだ」
かくして人類初の7点支持G集団が絶壁をかさこそと猛スピードで登っていくのであった。
エベレスト山頂では、シェルパを伴った登山隊が日の丸とシェルパの国の国旗を立て登頂の感激に浸って、遮るものが無い360度の展望を満喫していた。
ふと下を見ると何人かの人の後にGを大きくして人の胴体にして、狐の顔をつけた妖怪変化が登って来る。
「おい、あれはなんだ。こっちに来るぞ」
「武器はないぞ。どうする。ものすごい勢いだ。すぐここまで来るぞ。あ、人型の方がもう来た」
「こんにちは」
金髪女が喋った。
「いやあ、大変だった」
金髪男達も喋った。
「あなた達は?人か、妖怪変化か?」
「登山者ですよ」
質問をはぐらかす神父。
「それにしては、見かけない神父服に普通の女性の服だ。装備もない。やっぱり妖怪だろう」
「日本の皆さんとお見受けします。私たちは山城稲荷神社の関係者です」
「山城稲荷神社とは、あの山城稲荷神社か」
「そうです」
「ううーん。それなら有りうるかもしれないがでも金髪だ」
「だから関係者」
「そうか。あのGはなんだ。あれこそ妖怪だろう。もうすぐここまで来てしまう」
「あれも山城稲荷神社の関係者です。いまトレーニングをしています。別名エベレスト、ヒマラヤ山脈ピクニックです」
「ピクニック・・・」
下からバイクが絶壁を登ってくる。爆音はしない。雪崩を起こしてしまうからだろう。そう登山隊は思ったが、バイクはおかしいということに気がついた。それに馬が人を乗せて登ってくる。
たちまちバイクと馬はG集団を追い抜いて山頂まで到着した。
「こんにちは」
バイクから巫女さんが降りた。
馬は見かけない神父服を着た人を乗せていて、頂上より少し下がったところで待機している。
「巫女さん・・・。バイクが消えた」
「はい。山城稲荷神社の巫女です。ご贔屓に」
どこから出したかテーブルを出してコップを並べた。
すぐGが山頂に着いた。よく見ると手足は4本である。かさこそとテーブルに近づく。
「お疲れ様でした。まず水を飲んでください。動きが止まります」
Gは立ち上がってコップの水を飲んだ。たちまち動き続けていた手足の動きが止まる。狐面を被った人間であった。ただし足元は靴下である。
「手が痛い。足裏が痛い」
「そのうち丈夫になります。みなさい、プリシラさんと神父さん達、馬はなんともありません」
比べる方がおかしいと訓練生は思った。
登山隊が聞く。
「あなた達は狐面を被って靴下で素手で登ってきたのでしょうか」
「見ての通り、ワンワン印を飲まされて登ってきた」
「飲まされてなんて人聞きの悪い」
巫女さんは不服のようである。
「まあいい。食事にしよう。狭くてみなさんの邪魔になるからテーブルに椅子はなし、少し下がったところで食べてね。今日は稲本夫人のお弁当」
巫女さんが弁当を配る。思い思いに散らばって食べ始めた。
「皆さんもよかったら食べますか?地球産のごく普通の食材を使った弁当です」
「あればいただきたい」
「五分間凍らないようにしてあげる。観察ちゃん」
小さい動物が現れて消えた。
宗形が登山隊に弁当を配る。
「五分間凍らないからね。手袋を外しても大丈夫。呼吸も苦しくない。五分すぎるとすぐ凍っちゃいますよ」
「シェルパさんにはプラスティックのスプーンとフォークをどうぞ」
登山隊が弁当の蓋を開けると湯気が立っている。ほかほかだった。
「これは、なんと温かい」
急いで弁当を食べる登山隊。
「おいしい。まさかエベレストの山頂で暖かい弁当を食べられるとは思っても見なかった」
凍る前にと一心不乱に食べる。あっという間に完食である。弁当箱は巫女さんが回収してくれた。
「お茶もどうぞ」
緑茶のペットボトルである。ペットボトルの中の気圧も調整してあるのだろう。爆発しない。これも温かい。
登山隊が見ると元G集団に配っているのは緑茶ではない。みんな渋い顔をして飲んでいる。
狐面は食べたり飲んだりできるのか、やはり妖怪変化だろうと登山隊。
ペットボトルなどを回収した巫女さん、
「では出発」
金髪女と神父さんたちが山頂下から駆け降りる。元Gがそれに続く。最後尾は馬だ。次のピークを目指すのだろう。
「皆さんにはこれを差し上げましょう」
巫女さんが登山隊にお守りを配った。
「これは山城稲荷神社の?」
「そうです。ここで会ったのも何かの縁です。では無事の下山を祈っています」
巫女さんはバイクを出して、もう小さくなったピクニック?の人たち?を追いかけていった。
無音で走り去るバイクを見送って、
「あれは何だったんだろう」
「首相と閣僚が公費で玉串奉奠してもマスコミも野党も学者も疑問を呈さない山城稲荷神社だから何でもありだろう」
だいぶ有名になった山城稲荷神社である。
登山隊は下山途中落石に巻き込まれた。
「落石だ」
シェルパの注意喚起に振り返るとすでに大岩が目の前に迫って来ていた。潰されると思ったら、落石がはねて登山隊を避けた。次々と落ちてくる岩がすべて登山隊を避ける。
「山城稲荷神社のお守りの霊験だ。ありがたい」
シェルパはお守りを握って山神だと呟いている。
無事に下山した登山隊。帰国してすぐに山城稲荷神社に詣で、シェルパから預かってきた初穂料と一緒に自分たちの初穂料を納め稲本神主さんにお祓いをしてもらった。




