137 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (8)
アクエータで起こった事件が全世界に報道され、メルクリオ大僧正王が血まみれの犠牲者を一人一人弔っている場面が放映される。もちろん遺体にはぼかしが入っているが血まみれで損壊がひどいことはわかる。普通の人では近づかないだろう。まさに聖職者の行いである。
全世界の信者からメルクリオを指定して献金が続々となされた。一億人が一人100円献金したとすれば100億円である。
全世界の各界の著名人も献金する。こちらは申し合わせたわけではないが公表されるとみっともないので最低1000万円である。
メルクリオ個人に献金されたお金は、半分龍愛様へ、残りの三分の二は国へ、三分の一をメルクリオがもらった。メルクリオの分から秘書、大僧正王補佐とその秘書たちに分けた。もちろん無税である。
宗形はタダ働きを補って余りある初穂料にえらくご満悦であった。
大僧正王補佐と秘書は、うすうすポニーに乗った子供が神だと気づいてしまった。そして大僧正王と付き従う秘書はその子供の神に連なるものだとも気づいてしまった。
今まで信じてきた神、教義と反する。
しかし神の顕現を目にして、さらに生涯賃金をはるかに超える大金が入金された貯金通帳をもらってしまって顔を見合わせため息をつくのであった。
偶像をメルクリオの部屋に持っていくこともしなくなった。放置された偶像には早くもうっすらと埃が・・・。
さて話は元に戻る。
メルクリオ、世界は余を待っているとか言って外国訪問は続行である。旅は楽しいのである。
空港に大統領始め政府の要人、教会関係者、信者や信者でない者たちまでもつめかけ、一緒になって聖人メルクリオを見送った。
機内でメルクリオが秘書に聞く。
「次はどこだったか」
「ビルーです」
「ビルーはどんな国か?」
「政治的には混乱を続けてきた国のように思います。またインカの遺跡が多くあります」
「そうか。この辺りは難しい国々だな。どこか遺跡に行ってみるのもいいな。さて記者さんと懇談の時間だ」
メルクリオが随行記者たちの席に行く。
「メルクリオ様、昨日は大変な事件が起きましたが、一同メルクリオ様の行為に感動しました。現場はどうだったのでしょうか」
「怪物のような鳥が啄んだご遺体だ。想像以上だ。何の罪もない人たちが犠牲になった。ご冥福を祈るばかりだ」
「恐竜をよみがえらせた映画がありますが、あの怪物は誰かが恐竜をよみがえらせたのでしょうか」
俺に聞くなよと思ったメルクリオではある。
「それは映画の中だけだ。怪物は世界各地でちらほらと出現している。だが公開されていないことも多い。日本の荻野澪央博士という学者が怪物を調べて大量に論文を書いている。IGYOと名付けた。IGYOは生物学的に地球外の生命ということが確定している。論文を読んでみると良い。現役を引退した先生が読みやすい解説記事を書いているのでそちらの方が良いかもしれない」
「知りませんでした。調べてみます」
「このごろ大国に政変が起きたりしているが、原因はIGYOだと言われている。そっちはうっかり足を突っ込むと生還できないかもしれない」
「僕たちの専門と違いますからやめときます」
「情報収集なら日本がいいかもしれないぞ。荻野博士もいるし。ただ普段なら日本の政界はちょろいが、今は何人も頭が爆ぜてしまったから情報管理に慎重かもしれん」
「頭がはぜるとは?」
「中からボンだ。前の総理大臣がホテルで腹上死したという噂が流れただろう。実は頭の中から爆発した。と言われている。誤魔化すために政府がホテルで死亡という情報を流した。日本のマスコミはまんまと引っかかって腹上死が真実のように語られるようになった。現職の首相だ。国葬になってもおかしくない。だが腹上死では国葬はない。実は神の怒りをかったのだがそれを国葬を行わない理由としては公表できない。うまく腹上死に誘導して片付けたものだ。日本政府にも知恵者がいたらしい」
「IGYOの仕業でしょうか」
「いや。神の不興をかった。中から爆ぜるのだ。アニメに出てきそうだが手術して爆弾を埋め込まれたならあり得るがそんなことはない。たとえばこうやって話していて突然余の頭が中から爆発して四方に色々飛び散るのを想像してみなさい。恐ろしいとしか言いようがない」
「神の奇蹟というわけなのでしょうか」
「どちらかといえば神罰だ」
「神はいるのでしょうか」
「我が宗教の専属とも言える記者さんからそういう質問が出るとは思ってもみなかったな」
「すみません」
「良いことだ。誰でもそういう疑問を持つ。持たなければそれは狂信者だ。好ましいことではない。今までは真面目な宗教家は悩んで悩んで、過去の奇蹟話などを拠り所にしてどうにか折り合いをつけてきた。悩まない宗教家は狂信者になるか偽信者になるか金儲けに走るかした」
「奇蹟があったからこそ神の存在を信じることができる気がします」
「そうだろう。だがその奇蹟はあったのか。もしそれが本当に奇蹟なら現代にも奇蹟があって当然だろう」
「・・・はい。現代に奇蹟があれば神の存在に悩まなくてすみます」
「奇蹟は少し前まではなかった」
「少し前?」
「核兵器が使えなくなったことは知っているだろう」
「はい、しばらく前に原潜や原子力空母がぷかぷかと海を漂っていると報道されました」
「核弾頭もすべてガラクタになった」
「ウラン関連物質が劣化したと聞いています」
「原発は動いているだろう」
「あ、そうですね」
「あれはIGYOに核爆弾を使い、結果的にIGYOを巨大化させたので神が怒って全世界の核兵器を無効化した。人ではできない。奇蹟ではある」
「では神は」
「顕現した」
「え、えええええーー」
随行記者団は全員仰天した。
大僧正王補佐とその秘書は沈黙である。
茫然自失の随行記者を置いてメルクリオは随行記者の席と仕切られた機体前部の大僧正王たちに割り当てられた区画に移動した。
大僧正王補佐とその秘書は黙したまま大僧正王についていく。
「はーい。みなさん、コーヒーですよ」
陽気なラテンお嬢さんのキャビンアテンダントが随行員にお茶を配りにきた。出発時から変わらないキャビンアテンダントで随行員とも仲良くなっていた。
「どうしたの。魂が抜けたような顔をして。しっかりしなさい。苦いコーヒーで魂を呼び戻しなさいよ」
「ああ、すまない。これは苦いな」
「今の俺たちにふさわしい苦い味だ」
「苦い味も慣れると美味しくなるのよ」
「苦い味がなあ」
「大丈夫、大丈夫。明日には好きになって飲まなければいられなくなるから」
「好きになれば悩まないな」
「そうよ。悩んでもいいけど引きずったらダメよ。明日も太陽が出てくるのよ」
「ありがとう。元気付けられた」
「はい、はーい」




