136 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (7)
黒龍を見送ったメルクリオと秘書。
「急いで着替えるぞ」
「はい。誰か来る前に」
着替えを済ませ、窓を閉めソファに座ったところで兵と補佐と補佐秘書が戻ってきた。
「大僧正王様ご無事で」
「何事もなかった。外はどうか」
「翼竜のような怪物が襲ってきて数十人死者が出ました。ご遺体は近くのビルの玄関ホールに安置しました」
「怪物はどうした?」
「狐面をした忍者のような格好をしたものが三人、一羽を退治、さらに空に大鷲が出現し、一羽を退治しました」
「そうか。では現場に行って犠牲者を弔ってやろう」
「危ないです」
「怪物はもう退治されたのだろう。危ないことはない。行くぞ」
兵の案内で大僧正王が出ていく。補佐が従う。秘書たちもついていく。
通りに出ると大僧正王様だとざわめきが始まった。
「すでに怪物は退治された。大丈夫だ。亡くなられた方の弔いに行く。道を開けよ」
道がさーっと開き大僧正王を先頭に遺体が安置されたビルに向かう。
ビルの入り口のホールに三十人ほどの遺体が並べられている。嘴に突かれ切り裂かれて悲惨な状態になっている。
大僧正王は祈りを捧げながら一人一人の目を閉じて回っている。頭の向きを直し、時には口を閉じてやり、血に濡れるのも厭わず祈りを捧げていく。まさに聖人である。
兵も倒れた人の知り合いも頭を垂れた。
補佐もその秘書も今は権力の世界に生きる生臭ではあるが元は宗教家である。久しぶりに眠っていた宗教家を目指した時の初心を思い出し、魂が揺り動かされた。自然と頭が垂れる。
メルクリオは遺体を一巡し終わり、ホール一杯に並んだ遺体に向かって手を合わせもう一度祈った。
リューア様の御許にと聞こえた気がした大僧正王補佐とその秘書、空耳と思うことにした。
メルクリオの祈りが終わって感激したビルの社長が洗面所に大僧正王を案内した。
「こんなところで申し訳ありませんが、どうぞお手を洗ってください」
社長秘書が慌ててタオルを持ってきた。
「すまないの。ご遺体には祈りを捧げた。このビルに魂が残ることはない」
「ありがとうございます」
IGYOが現れたので当然のことながらパレードと晩餐会は中止である。
メルクリオが宿泊のホテルに大統領と政権幹部がお礼に来た。
ホテルが用意した一室で会見。
「この度は我が国民を弔っていただきーーー」
「よいよい、気にすることはない。宗教者ならだれでも行うことだ」
「いえ、遠くで祈ることはするかもしれませんが床に血が流れるご遺体のそばに行って顔を整えてやり祈ることはできません。さすが大僧正王様と感に入りました」
「そうか。夕食でも一緒にどうだ」
「是非」
夕食代はアクエータの国費である。
お茶を飲んでからレストランに行った。厳戒態勢でもちろんお客はいない。自動的に貸切である。
食事は和やかに進んだ。大統領が不思議そうに聞く。
「あの鳥の怪物は何なのでしょうか」
「あれはIGYOというものだ。地球外から侵略の手先として送り込まれた」
大統領一行と大僧正補佐は大僧正王の信じられない発言を聞いた。
「まさか」
「あれが出現した国は色々事情があり表向き公表していないが、日本の荻野澪央博士という学者が大量に論文を書いている。後でこの国の生命科学に関する学者を呼んで話を聞いてみるといい。学界では荻野澪央博士は数年でノーベル賞をもらうと言われている。生命科学の分野では突出した超有名学者だ」
「日本では出る杭は打たれるということわざがあるが人が抱えられない、機械が対応できない、破壊できない巨大な杭はだれも打つことができない。仰ぎ見るだけだ。荻野博士はそういう存在だ」
「では本当に地球外生物なのでしょうか」
「ああ。本当だ。人類の兵器では傷付けることができない」
「では今日討伐していただいた狐面忍者はどういう方なのでしょうか?」
「この星の神様に連なる人だ。神様に鍛錬してもらい神様から武器をもらってIGYOを討伐している」
「その神とは我々が信じる神でしょうか」
メルクリオは肩をすくめた。大僧正王補佐は黙って聞いている。
「中継を見ていたのですが大鷲が空で怪物の首を握りつぶしたように見えましたが」
「後でビデオを再生して確認するとよい。そのようなものは映っていない」
「映っていない?」
「そうだ。ビデオに映っていない。だから見たと思っていてもそれは幻影だ」
「そうですか」
「それにIGYOを退治した忍者たちもビデオには映っていない。そっとしておくことだ」
映っていた映像を消せるなど、どうも本物の神が絡んでいそうで引き下がった大統領である。
夕食会が終わり大統領一行は急いで官邸に戻って中継録画を再生した。
確かに大鷲も狐面忍者もポニーに乗った子供と一緒にいた大人も映っていなかった。大僧正王が亡くなった犠牲者を弔っているところは映っていた。
大僧正王補佐とその秘書も急ぎ部屋に戻りテレビのニュースを見た。繰り返し現場中継の録画映像が流れたが、確かに大鷲と忍者、ポニーに乗った子供と一緒にいた大人は映っていなかった。
補佐と秘書は顔を見合わせ、今流れている映像以外のことは何も知らないことにした。
偶像を大僧正王の部屋に安置しなかったが、うっかりして忘れてしまったと思うことにした。ずうっと忘れっぱなしだろうと思った。




