132 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (3)
聖堂から応接室に戻った大僧正王、ソファにどっかりと座った。
すぐお茶が出てきて、大司教がやってきた。
「大僧正王様、今日の演説に感動しました」
「そうかい。それは良かった」
「私は今まで大僧正王庁の方を向いていました。この地域の出身ながら、大僧正王庁の方針に従い、忖度して生きてきました。ですが本日の大僧正王様の演説を拝聴し、今までの態度が間違っていたと思い知らされました。また我が宗教が神の名のもとに行った数々の行いが果たして正当化されるのか疑問に思うようにもなりました」
「まああれだ。あまり言わない方がいい。自分の頭で考え始めると組織から疎まれる」
「大僧正王様の反対派も多いようです。そういえば大僧正王補佐が秘書と何やらコソコソ話していました」
「ふん、生臭坊主、坊主は仏教か。生臭補佐が権力欲に取り憑かれて色々画策している。またなにか考えついたのだろう」
ついこの間まで自分も生臭であったことなどすっかり頭から抜け落ちているメルクリオであった。
ドアがノックされ神父が顔を出した。
「会食の用意ができましたので食堂にお願いします」
「おお、ありがとう。案内してくれ」
神父の案内で食堂に向かうメルクリオ。途中で大僧正王補佐と行き会った。ニコニコしている。
「どうした。だいぶご機嫌がいいようだが」
「はい。本日の演説を聞き、自分のいく道が示されたようです」
「道か。どこに通じる道だろうか」
「それはもちろん正しい行いをする者だけが辿り着ける神の御許へと続く道です」
「道には交差点もあれば追分もある。迷わぬようにな」
「もちろん、我が行く道は一本道です」
「一本道でもそもそも目的地が正しいか、また目的地が正しいとしてもスピードを出し過ぎると道から飛び出すこともある。よく考え気をつけて進むことだ」
「・・・・はい」
食堂に着いた。
コロン中から集まった教会関係者が揃っていた。
大僧正王が祈りを捧げ食事となった。
今日の料理は豪華である。流石にいつも質素では大僧正王も生臭補佐も耐えられない。生臭補佐から要望を出しておいた。信者だけの昼食会である。信者はできるだけのおもてなしをすることに喜びを感じ、メルクリオたちも満足のwin-winの豪華昼食である。
「これはうまい」
「まったく」
大僧正王と大僧正王補佐は舌戦を一時休戦、料理に舌鼓を打つのであった。
食事が終わってコーヒーが出された。
「これはコロンコーヒーか?」
「そのようです」
大司教が解説する。
「我が国のコーヒーです。深煎りしました」
「酸味はさほどない」
「コクと苦味ですね」
大僧正王と補佐の息のあった会話である。
列席者は二人は仲が悪いとの噂があったが、仲が良さそうだと思った。
昼食会が終わりパレードのためのオープンカーにメルクリオが乗った。
お前も一緒だとメルクリオが補佐の腕を掴んで車に一緒に乗せた。
補佐は落ち着かない。もし銃弾がそれれば自分が犠牲になってしまう。
「どうした。顔色が悪いな。今日は手を振る役だ。信者の皆さんが沿道に並んでいる。にこにこと手を振らなければまずいだろう。具合が悪いか?」
「いえ、大丈夫です」
「それとも都合が悪いか?」
メルクリオは知っているのではないかと疑念が湧いた補佐である。
「お前の進む道はこの道か?」
「いえ」
補佐が車を降りようとする。
「出発」
メルクリオが声をかけて車は出発した。教会前に集まった信者が一斉に手を振る。
もはや逃げられなくなった補佐である。
少し走って沿道が人で埋まった大通りに出てゆっくり走る。
大通り沿いのビルの6階の一室。三人が窓から外を見ている。
テーブルの上にライフルを置いた男。双眼鏡でパレードの車列を確認する。
「どうだ。行けるか?」
「大僧正王と一緒に補佐が乗っている。大僧正王だけではなかったか。話が違う。それに最初の依頼内容は混乱を招けというだけだった。オープンカーのフロントガラスでも撃てば良いとの話だった。それが射殺に変わった。それに補佐の同乗だ。こうくるくると依頼内容、条件などが変わると良い結果は期待できない。俺は降ろさせてもらう」
「今更何を言う」
「大僧正王は聞いていた人物と違う。今日の演説を聞いたろう。大僧正王は簒奪者、抑圧者側ではない。虐げ迫害した歴史に言及した。初めてのことだ。金は返す」
分厚い封筒が机の上に投げられた。
男はライフルをバッグにしまって担いで部屋を出て行った。男は最初から最後まで手袋をしていた。
「しかたない。俺たちでやるか」
二人はバッグからライフルを取り出した。自信がないので二人で撃つことにした。
スコープを覗く。大僧正王と補佐がオープンカーの後部座席に乗って手を振っている。
「まず俺が撃つ。失敗したらすぐ撃て。そして逃げる」
慎重に狙いを定めて撃った。
メルクリオの頭の中に伏せろと声が聞こえた。慌てて伏せたが補佐に覆い被さる形になった。
銃弾が掠めるのがわかった。
一発目で仕留められなかったので、二人目がスコープに大僧正王の頭部を捉えた。大僧正王は伏せて動かないので確実に仕留められるはずであった。
二発目の発射の瞬間、窓枠にいた小動物が小石を銃身に投げた。ほんのすこし角度が狂った。その結果、二発目は頭ではなく肩を貫通した。
大混乱のパレード。警官がビルの窓を指さしている。
狙撃手は小石が銃身に当たったことには気づかない。
「失敗した。逃げるぞ」
「ライフルは?」
「そんなものを持っていれば捕まる」
「そうだな」
ライフルはそのままに部屋を出て奥の階段を駆け降りる。呼吸を整え住民のふりをしてビルの裏口から逃げた。




