131 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (2)
今日も朝食は質素である。朝食はいつもそんなに豪華ではないのでメルクリオは諦めて食べた。
朝食後、大僧正王補佐とその秘書が顔を出した。
二人は部屋を見渡す。なにか探しているようだ。
メルクリオが声をかける。
「今日はほぼ一日外出だから小像はそちらが預かっておいてくれ。部屋の掃除などで粗相があるといけない」
「承知しました」
補佐が答えて補佐の秘書が小像を恭しく箱に入れた。
「日本には厨子というのがあって、両開きの箱だ。その中に仏像などを入れて崇拝するときは扉を開くだけで良い。なかなかよくできていると思うが」
「それでは偶像になってしまいます。我が教えは偶像を禁止しています」
補佐が反論した。
「そうか。そちらの持ち運びの苦労を思ってのことだ」
「ありがたいお言葉です。ですが我々は苦労とは思っておりません。神に仕える喜びを感じます」
「神もそちらの篤信を愛でるであろう」
「ありがとうございます」
補佐と補佐の秘書が部屋に戻り秘書が声を顰めて話し出す。
「ありませんでしたね」
「そうそうボロは出さないだろう。監視カメラでも設置するか」
「それはまずいでしょう。このホテルはこの国の我々の仲間の信者の勧めです。監視カメラが発見されたらこの国の信者に迷惑がかかります」
「そうだったな。黄金の偶像を拝礼しているという噂だが、なかなか尻尾が掴めない」
「入国の際の手荷物検査でも引っ掛からなかったようです」
「大僧正王だから検査が甘いのではないか」
「今日パレードでトラブルが起こるでしょうからどさくさに紛れて大僧正王の荷物を調べましょう。また肌身離さず持っていれば病院で確認できます」
「そうだな。異教徒には遠慮は要らぬ。この世から排除してもいいのだが、今の世の中では我々が手をくだすのは流石にリスクがあってむずかしかろう」
「うまくやります。とりあえず混乱を起こして病院に入れ、偶像が見つかれば失脚です」
「安全に不安がある国を訪問先に選ばせた甲斐がある。混乱があっても不思議ではなく、我々が疑われることもなかろう」
補佐一派は大僧正王の失脚を企んでいた。
九時半頃、大僧正王の祭服に着替えたメルクリオはホテルを出て車で中央教会まで出向いた。
十時から拝礼式である。
すでに教会玄関まで信者が溢れている。メルクリオの車は協会の裏口についた。大司教たちが迎えた。
「大僧正様、本日は中央教会にお運びいただき―」
「よいよい。中に入ろう」
応接室でお茶の接待があった。
聖堂から讃神歌が聞こえてくる。
「そろそろ聖堂の方にお願い致します。満員でございます」
教会所属の大司教が促す。
「では行こう」
飯の種、飯の種と思いながら聖堂に足を踏み入れた。満員である。
生涯一度会えるかどうかの大僧正王である。食い入るようにメルクリオ大僧正王を見つめる参列者であった。
大僧正王が偽神の偶像に向き合い型通り拝礼した。
次に偶像を背に信者と向き合う。大僧正王補佐とその秘書は奥からじっと大僧正王を睨んでいる。
「親愛なる兄弟姉妹の皆さん。私どもの宗教がこの地にやってきたのは16世紀、ヨーロッパによる植民地化と歩みを一にしてきました。その後コロンは独立しましたが我が宗教は残り、今日の隆盛を見るまでになりました。皆さんの祖先の努力が偲ばれます」
大僧正王がはっきりと植民地支配に触れることは今までなかった。少しおかしいと大僧正王補佐と秘書は思った。
大僧正王が続ける。
「しかしながら忘れてはなりません。布教の過程で数々の軋轢が生じ、在来の宗教、文化を滅ぼしてしまいました。この国はミニヨーロッパになってしまいました。この国は古代から連綿と続く宗教、文化から切り離され、侵略者がもたらした外来のヨーロッパ文化の世界となってしまいました。果たしてそれで良かったのでしょうか。いまだに国内に問題を抱えている原因の一つは我々の宗教ではないでしょうか」
大いにおかしいと大僧正王補佐と秘書
「我が宗教は一神教であります。我が神を信じない者は敵と考えて滅ぼしたことも多々あります。我が宗教内でも宗派が別れ争いました」
「我が神が人を造ったのなら、我が神を信じない者も我が神がお造りになった人であります。それは今日の科学が証明しています。我が宗教を信じない人も信じる人も生物学的に人として変わりがありません。我が神を信じない人も悪魔ではありません。人です。神がお造りになった人を悪魔と魔女と決めつけ滅ぼした行為に正義があったのでしょうか。人々の間を裂いたのは悪魔ではありません。人です。我々は宗教の名のもとに行われた罪に目を背けてはなりません。責任を悪魔に転化してはなりません。それは人の罪です」
「我が神以外の神を信じる者を異教徒として排除してはなりません。何人も我が宗教に強制的に引き込んではなりません。それは罪と断絶につながります」
聖堂の奥から大僧正王の言説を聞いていた大僧正王補佐とその秘書は目を剥いた。
「補佐、世界に唯一の我が宗教を貶める異端の言説です」
「そうだな。悪魔を身贔屓しているようだ。あれは悪魔だ。午後はどうなっている。狙え」
「承知しました。すぐ手筈を変更します」
秘書が出て行った。
小動物が二人のやりとりを聞いていたのには気が付かなかった大僧正王補佐と秘書であった。
聖堂ではいつものありきたりな演説になった。聴衆はいっときざわついたが静かにメルクリオの演説を聴いている。
「最後に、あなた方に平和がありますように。神は神を信じる、信じないに関わらず人の全て、この星の全てと共にあります」
「結びも異様だ。信じない者にも神が共にあると言うのか。石にも泥にも神が共にあると言うのか。やはり異端だ。悪魔だ」
大僧正王補佐が残った秘書に呟く。
「全くその通りです。ですが午後には悪魔は滅びるでしょう」
「そうだな。うまくやれ」
大僧正王が聖堂を去る。
聴衆の大多数は大僧正王のメッセージをどう捉えていいかわからなかった。
静かに拝礼式は終わった。




