130 メルクリオ統括大僧正王 外国訪問する (1)
メルクリオ統括大僧正王が南アメリカのアンデス諸国訪問の旅に出かけた。
一番北から順番にコロン、アクエータ、ビルー、ボリバルの各国を訪問する予定で、今はヨーロッパから特別機で南米に向かって移動中である。
一行は、メルクリオ統括大僧正王、コンスタンティノス クセナキス大僧正王補佐、秘書官、報道官、通訳、警護、随行記者などである。
訪問した先でいつも大歓迎され、歓迎の晩餐会ではご馳走が並べられる。食い意地のはっているメルクリオはそれが楽しみで外国訪問に出かけるようなものだ。しかし今回の訪問先ではそんな美味しそうなご馳走が出てくる予感がしない。それに色々と難しい情勢の国がある。どことはいわないが。
メルクリオは事務方より訪問先の打診を受けた時難色を示したが、過去の訪問先などを挙げられて今回はここですと言われてしまえばやむを得ない。それに諸事情から訪問地は各国とも首都だけである。それもあって諦めの境地である。さっさと訪問を終えて帰りたいと思うのであった。
「まだ着かないのかね」
「もう少しです」
メルクリオの問いに秘書が答える。
やがてコロンに着いた。空港には政府関係者、コロン在住の大司教、報道陣、信者など多数の迎えがあった。
鷹揚に手を振りながら用意された車に乗り込む。
長旅だったので今日は予定がない。ゆっくりホテル滞在である。
夕食は部屋に運ばれてきた。レストランでは警備が大変だとの理由で秘書が部屋に用意させた。
対外的には質素倹約のポーズをとっているメルクリオである。ホテル側もそれを尊重した。用意された食事は質素である。
「なんだこれは。これは日本の精進料理の芸術性をなくして、貧乏くさくしたものではないか。これを食えと言うのか」
「大僧正王様、世の中の人は大僧正王様がその地位にも関わらず質素倹約をしていると思っております。この国は最大限の敬意を払って質素な食事をわざわざ用意したのでしょう。ぜひお召し上がりを」
秘書は食べることを勧める。
「食えるか。こんなもの。豚の餌、いやいや豚はない。断じて豚はない」
なぜか豚にこだわるメルクリオであった。
「では私が食べましょう。大僧正王様は私の部屋で私の食事を食べてください」
「そうか。すまないな」
メルクリオは隣の秘書の部屋に行った。
秘書に用意された食事は普通の食事であった。しかし質素ではある。秘書官が贅沢をしてはいけないので外遊時は質素を旨としている。
これは貧乏人の普通の食事だろう。こんなもの食えるか。それなら厳選した材料とさりげなく手がかけてあるさっきの食事の方がましだ。ワインも良いワインだった。そう思ったメルクリオ、急いで自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると秘書がちらっとメルクリオをみて右手にフォークを持ちあちこちに突き刺し、左手にスプーンを持ちスープを掻き回し、料理を急いで口に運んでいるのであった。両方の頬はパンパンに膨らんでいてさながら頬袋のようである。ワイングラスには並々とワインが注がれている。ボトルはほとんど空である。
「俺の夕食がーーーー」
秘書の唾液だらけの料理を諦めたメルクリオ、急いで秘書の部屋に戻る。
メルクリオが見たのはもう一人の秘書がメルクリオが食べなかった食事を半ば食べ終えたところであった。
「俺の、俺のーーーーー」
「メルクリオ様、いかがなさいました」
「なんでもない。食事が少し足りなかった。ファーストフードでもなんでもいいから大人の一人分を買ってきてくれ。みんなの分も買ってきて良い。俺の交際費から支出せよ。補佐の連中やホテルの従業員には見つかるなよ」
共犯者は必要である。
秘書が買ってきたファーストフードもどきでメルクリオはやっと人心地がついた。
就寝前に、大僧正王補佐がテーブルの上に用意した神の御子の偶像は無視して、メルクリオが三神二眷の神像と名付けた龍愛達の黄金の像を取り出しナイトテーブルに置いた。
メルクリオはマネーロンダリングと投資に励んで龍愛の覚えめでたく、黄金の小像と収納袋をもらったのであった。
メルクリオは意外と投資の才能があった。
メルクリオは経済人、学者、マスコミ関係者などの有力信者を積極的に引見した。有力信者は大僧正王に呼ばれて一緒に食事をして感激してガードが緩くなっていろいろ話してしまうのであった。その無防備にもらす情報を元に投資して儲けているのである。
もちろん宗教団体の国の独裁的トップである。税金はかかりはしない。せっせと儲けて、三分の二ほどリューア関係口座に送金、残りの大半は国に入れて、ほんの少し自分のポケットに入れている。さらに自分の秘書のポケットにも少し入れている。リューアも国もメルクリオもメルクリオの秘書も儲かる。共犯者は必要である。
メルクリオは三神二眷の神像に跪き礼拝した。
「今日も一日豚にならず過ごせました。ありがとうございます」
就寝した。
翌朝、もちろん三神二眷の神像を拝んでから神像を収納袋に収納した。
頃合いを見て秘書がやってくる。
「今日の予定は?」
「はい。朝食後、中央教会でメルクリオ統括大僧正王来訪記念特別礼拝式、教会関係者との昼食会、首都パレード、大統領主催晩餐会となっています」
「忙しいの。だが飯の種だからな。やらねばならんか」
「はい。よろしくお願いします」
「しかしなんだな。偽神とわかっていて礼拝するのも妙なものだな。幸いリューア様は全く気にしないからいいが。我が偽神教の教義は他の神を認めていないから狭量だな。礼拝式なんぞは大僧正王補佐にやらせればいいのではないか」
「そうはいきません」
「顕現したこともない神なんぞ意味がない」
「飯の種ですから」
「テーブルの上の偽神の御子の偶像は片付けてくれ」
「あれの持ち運び、設置と片付けは、大僧正王補佐とその秘書の唯一と言っても良い仕事ですからやらせておいた方がいいです」
「偶像崇拝は禁じられているだろう。だいたい存在しない神の御子像に祈ったらそれは偶像崇拝だ。それに比べるとリューア様は存在する神だ。リューア様が作った像は偶像ではない。神像だ。神像に祈ってもそれは偶像崇拝ではない。リューア様そのものに祈っているのだ」
「補佐は信心深くいらせられます。補佐の秘書は狂信的信者です。御子像を通して神に祈っているので偶像崇拝ではないと解釈しているのでしょう。偶像などと言うと危ないです」
「お前は信じているのか」
「飯の種ですから」
信じているともいないとも言わないが、大僧正王の秘書はリューア神のことも偽神教のことも良くわかっているのであった。




