128 海のIGYO (3)
山城稲荷神社の階段を登ったところの鳥居前に転移した黒龍と元アルバイトと州政府連絡員。
「ここで礼だよ」
横に渡したゲートのような物の両脇に止まっていた鳥の一羽が飛んで行った。
ゲートをくぐり宗教施設のような建物の前に進んだ。
「神社だよ。お賽銭を入れるんだよ。けちらないでね」
女性が黄色い穴が開いた硬貨を箱に投げ入れながら言った。
現金はもうほとんど使ったことはないと思いながらクレジットカードを入れた財布をあさると、もしものときのためにと思って入れておいた100オーストラリアドル紙幣があった。向こうの黄色いコインとだいぶ違うと思いながら箱に投入した。
「手を合わせて祈ってね」
作法があるのだろうと手を合わせた。
「それじゃこっち。この家だよ」
家の中から元アルバイトと同じ年ごろの女性が出てきた。
「舞、この人だよ」
「お疲れさまです。どうぞ。カンナも上がって」
「失礼しまーす」
「靴を脱いで上がってください。ヨス フリーマンさんですね」
「はいそうです」
応接室に通された。ソファに上が白、下が赤の見慣れない服を着た女性が幼児を抱っこして座っていた。
「ヨス フリーマンと申します。オーストラリア東海岸沖でクルーズ船が何かに攻撃を受けて沈没しつつあります。どうか助けてください」
「宗形薫だ。この龍愛のマネージャーだ。あの国は人種差別主義者が多いのよね。さっきの会議にもいたし。嫌いなのよね。あなたは差別されるほうね。ところで異形を討伐すればいいの?それとも客船に乗っている人を助けるの?」
「出来ればどちらもお願いします」
「異形は5頭。一体一億円で5億円、水中加算6億円、異形討伐代は〆て11億円。乗客乗員救助代10億円、船を助けるなら船の救助代300億円。指定のドックまでの運搬つき。乗客乗員救助代は船の運航会社、船の救助代は所有者と交渉してね。返事は10分以内にちょうだいね。10分を超えると犠牲者が出始める。やがて急激に船に浸水、沈没。人も船も海の藻屑よ。会議室に送る」
会議室に子犬と出現したフリーマン州政府連絡員。
「皆さん、山城稲荷神社に行ってきました。リューア様の宗形マネージャーによれば、討伐代等は、異形は5頭いて、一体一億円で5億円、水中加算6億円、異形討伐代は計11億円。乗客乗員救助代10億円、船を助けるなら船の救助代300億円。指定のドックまで運搬つき。だそうです。10分以内に返事をしないと犠牲者が出始めすぐ沈没するそうです」
「そんなもの払えるか」
外務・貿易大臣がたてつく。
船会社の社長から首相宛に電話が入った。イギリスからである。あっちは夜だろうと思った。
「首相、あと10分も持たないと船から連絡がありました。船の周りにサメのような大きい怪物が泳いでいて救命ボートは下ろせないそうです。このままでは全員死亡です。救助はどうなっていますか」
「海軍の船は全速力で現場に向かっている。ところで、乗客乗員の救助は10億円、船を救助した場合は300億円払えるか?指定ドックまで運んでくれるそうだ。信じられないような話だが確からしいぞ」
「夢のような話だがもちろんだ。新造船だぞ、一年も経っていない。客室部分に浸水していなければ即支払う」
「そうか。間違いないな。親会社はいいのか」
「ドケチの品のない会社だ。全損すれば保険金は出るが建造に時間がかかる。その間収益はない。乗客の損害賠償金も莫大だ。訴訟も起こるだろう。300億円プラス修理費プラス乗客乗員救助代のほうがはるかに損失が少ない。保険金も出る。ドケチだから損が少ないとなれば喜んで了承する。間違いない」
「わかった」
首相は電話を切ってフリーマン州政府連絡員に向き直った。
「IGYO討伐と人と船の救助を頼んでくれ。船は客室部分に浸水していなければ300億円支払うそうだ」
「わかりました」
犬とフリーマン州政府連絡員が消えた。
「やつは靴を履いてなかったぞ」
どうして靴を履いてなかったのか分からない会議出席者であった。
再び山城稲荷神社応接室。黒龍とフリーマン州政府連絡員が転移して来た。
宗形の膝の上に抱っこされた幼女が菓子を食べている。
「草加せんべいというのよ。食べる?」
宗形に聞かれたが今は忙しい。
「討伐と救助をお願いします。船は客室部分に浸水がなければ300億円支払うと運行会社の社長が確約しました」
「分かったわ。龍愛、シンさんに船を出してもらって。現地で落ち合おう」
「うん。行ってくる」
せんべいをかじりながら幼女が消えた。
「さて、出かけよう。黄龍、みんなを境内に集めてあるわね」
子犬が尻尾を振っている。
宗形と境内に出ると大勢の人が集まっている。
宗形マネージャーが説明する。
「ホーク龍からの報告では、クルーズ船、クイーン・アンジェリーナがオーストラリア東岸で水棲型異形約5頭に襲われてあと5分くらいで犠牲者が出始める。シンさんには船を出していただくよう龍愛が頼みに行った。みんなはホーク愛に乗って現場上空まで転移。水棲型異形を討伐、船と乗員乗客はシンさんと龍愛が何とかする。では狐面をかぶってくれ。向こうに着いたらすぐ海中で討伐開始だ」
みんな狐面をかぶる。鳥居に止まっていたホーク愛が上空で巨大化する。
「カンナは海に入らなくていいからね」
「眷族じゃないし」
黒龍と黄龍が眷族とカンナをホーク愛の上に転移させる。
ホーク愛は上空へ。すぐトップスピードになり転移した。
下に海が広がる。クイーン・アンジェリーナらしいクルーズ船が動きを止めている。巨大な異形が船の周りを泳いでいる。ゆっくり沈むのを待っているらしい。急に沈めては船の中に餌が取り残されると思っているのだろう。頭がいい。
空には空軍の飛行機だろう。数機飛んでいる。はるか遠くの海上に船影を認める。海軍の船が急行して来るのだろう。
「行くよ」
宗形たち眷族が船の周りの海へぱらぱらと飛び込んで行く。
日が遮られたのでカンナが上空を見ると、巨大な船がゆっくりと降下して目の前を通りすぎて止まる。ホーク愛は宙に浮かぶ巨大船の甲板の龍愛の側に着陸。
「カンナは見てな」
龍愛がカンナに呼びかけた。
「はい」
龍愛が甲板の端に行って下を見てメガホンをとり出した。
「あたしは龍愛、この星の神だ。これからシンお兄ちゃんの眷族のドラゴンお姉ちゃんが船を引き上げる。静かに甲板に座っていな」
「ドラお姉ちゃん、ドラニお姉ちゃん。お願い」
妹分の龍愛に頼まれたドラちゃんとドラニちゃんが甲板から飛び立って大きくなって船首と船尾に別れて船をゆっくり持ち上げる。
甲板にいた人は座ったり伏せたりしているようだ。
船がゆっくり上昇して海面を離れた。船底に開いた穴から水が流れ出す。
「ふうん。いくらか客室部分に浸水したね。無かったことにしよう」
シンが船に手を向けると客室部分は浸水前に戻り、浸水はなかったことになった。
シンは、シンの船の甲板を岸壁に見立て、クルーズ船を接舷させた。
再び龍愛がメガホンをとり出した。
「龍愛だよ。船長。船はシンお兄ちゃんの船の甲板に接舷した。甲板を岸壁と見なし、乗客、乗員を下船させなさい。船長と船の管理要員は残ってね。船の管理はドックに着くまで船長が管理者だよ。エレベーターは下船用途に限り使って良い」
どうしたわけか、船に通常の電力が供給された。
船長はマイクを取った。
「この船は、リューア様によって救助されましたが航行不能です。全乗客は隣の船の甲板に下船してください。甲板が岸壁代わりです。急がなくて大丈夫です。船員は誘導せよ。船の管理の船員は下船してはならない」
「龍愛、船会社に客室に浸水していないか確認してもらう。船会社から確認要員を呼んで」
「お兄ちゃん、わかった」
黒龍が消え、フリーマン州政府連絡員を連れてきた。
龍愛がフリーマンに、
「船は救助して乗客、乗員がシン様の船に移動中。クルーズ船は現在船長の管理下にある。船会社により客室に浸水の無いことを確認してもらう。船長ほか管理要員、確認要員を船に残し、乗客らが下船後、そのまま指定のドックまで運ぶ。ということを会議の連中と船会社の社長に言って来てくれる。確認要員は船会社の社長室に集まればいい。ドックの場所も決めておいてね」
その頃会議室では巨大船が空中に出現との空軍からの報告を受けていた。意味不明である。パイロットは正気かと思った会議出席者であった。
会議室にフリーマン州政府連絡員と子犬が出現した。今度はフリーマンは靴を履いていた。
「皆さん、クルーズ船は宙に浮き、シン様の船に接舷、乗員乗客は下船中。船会社に客室に浸水の無いことを確認して欲しいそうです。確認要員は船会社の社長室に集まればよい、ドックの場所も指定するようにとのことでした。船長と管理要員、確認要員は船に乗ったまま、ドックまでだそうです」
「船が宙に浮いていると報告があったが、シン様の船とはそれか」
「はい、空母風の世界最大級の船が宙に浮いています。その船にドラゴン2頭がクルーズ船を持ち上げ接舷しました」
「まるでハリウッド映画だな」
「全員、助かったのか」
「甲板にいた人は助かりました。船底に穴が開いていましたので船底にいた人は分かりません」
「隔壁閉鎖で何人か犠牲になったかも知れんな。しかしそれだけで済んだのなら奇跡だ。IGYO討伐はどうだ」
「リューア様の眷族が海に飛び込み討伐中です」
「おい、聞いていたな。船会社に連絡しろ」
首相に言われて壁際にいた連絡員が出て行った。
イギリスにある船の運航会社、オーストラリア連邦政府から連絡を受けた。夜であるが最新鋭のクルーズ船が沈没しつつあるので首脳陣は揃っている。
オーストラリア政府の連絡内容に驚く。
「なんだと、船が空中に浮いているだと。寝ぼけているのか」
「いえ、これはオーストラリア政府からの正式な連絡となります」
「社長、船からも衛星電話で宙に浮いたと連絡が来ています」
「信じられんが。すぐ確認要員100人ほど集めろ。それからイタリアの造船所に連絡しろ。船を造った造船所だ。ドックが空いているか確認、空いていたら船の修理を依頼しろ。船は運び入れる。契約は後だ。損はさせない」
イタリアの造船会社。夜中なのにクルーズ船の運行会社から電話が来た。変な話だが社長の自宅に電話した。
社長から旧知の船の運航会社社長に電話してもらうことにした。
造船会社社長は船の運航会社社長に連絡を入れる。
社長の説明は奇異な話ではあるが、オーストラリア連邦政府が関与しているという話だったので詳しい話を聞いた。
ドックは空いている。悪い話ではない。都合が良い。造船会社は申し出を受け入れた。




