111 新採用の高橋、宮川助教 法医が人外魔境と知る
翌日二人が出勤してIDカードをもらい、法医らしからぬ、生命科学研究所とでもいえばいいような実験室に案内されて自分は何を研究するのだろうと悩んで研究室に戻ると警察から電話がかかってきた。
「多摩川で変死体、現場にお願いする」
「荻野先生、多摩川に変死体で来て欲しいそうです」
「了解と返事をしておいて」
荻野が壁にかかっているボードを見る。
法医所属の全員の名前が書いてある。
祓川、荒木田、榊原の横には異のランプ
宗形には稲のランプ
舞とルーシーは英のランプ
荻野、高橋、宮川には法のランプがついている。
「あれはね。法が法医、異が異形等対策室、伐が討伐中、稲が山城稲荷神社、英が英国、出が出張中。自動的に変わる」
「討伐とは?」
「異形の討伐」
「え、えええ」
「大丈夫よ。我々はヒトだから討伐とは関係ない」
「このボードはどうやっているのですか」
「さあ、わからないわ。龍愛様が作ったのよ。高橋と宮川の名前は気がついたら追加されていた」
「龍愛様とは昨夜の歓迎会にいたお子さんでしょうか」
「そう。この星の神様」
「ええええ」
「討伐がなければ原則現場に行ける。今回は全員可能。二人で行ってきて」
「あのう、どうすれば」
「宗形先輩に頼むから大丈夫。警察が現場に来てくれというのはほとんどない。よほど遺体の周りの状況を含めて見て欲しいのだと思うよ。特殊な事例よ。異形とか」
「脅かさないでください」
「我々は人間だから防護服を持って行ってね」
「人ではない方がいるんですか」
「我々以外はヒトでない」
「え、ええええ」
二人の絶叫が研究室に響き渡る。
「法医に来たからには知っておく必要がある。我々以外は皆龍愛様の眷属。ヒトはやめてしまった。犬も黒龍と黄龍といって眷属」
「では、では、ここは本当に文字通りの人外魔境なのですか?」
「そう。だから我々は防護服を持参する。眷属には必要ないけど」
「えええええ」
「もう逃げられないよ。神様が作ったボードに二人の名前がある」
ニタリと笑う天才荻野。寒気がする二人。
「靴は逃げやすいように、紐でしっかり締めて脱げないような靴がいいよ。今のはダメだ。脱げたら裸足で逃げるようだ。幸いスカートではないからそこはいいけど」
「靴は今からでは買いに行けないです」
「はい。これ。さっき、クロちゃんとキイちゃんが持ってきてくれた。履いてみて」
「ピッタリです。測ったように」
「昨日クロちゃんとキイちゃんを撫でていた時測ったんだと思うよ。危なくなったら逃げられるように、毎朝夕ランニングね。その靴、私も履いているけどいくら走っても底は減らないし傷まないから安心して」
「あの、あのボードには休がないんですが」
「あれ、ほんとだ。気が付かなかった」
まさか、休み無しか。
天才荻野先輩は休みなしか。それでああいう論文が連発できるのか。二人はそう思った。
「警察が来たみたいだよ。行ってらっしゃい」
宗形、高橋と宮川の名前の横に出のランプがついた。
「宗形先輩も出たみたいだよ。頑張ってきてね」
神様作成のボードの自分達の名前を眺め諦めた二人、迎えの警官と出て行った。
パトカーに初めて乗る二人。警官が話しかけてくる。
「ついに法医に新人が入ったんですね」
「え、まあ。昨日から」
「そうですか。ずっと荻野先生一人でやっていたようなものですから大変だと思っていたんです。いつ電話してもいらっしゃるので休まず頑張っていたのではないか、我々より大変と感謝していました」
やっぱり荻野先輩は無休だったと二人は思う。
「今度は三人になったから楽ですね」
「あの、教授とか、非常勤講師の方とかは?」
「ああ。あの方々は特殊な事例しか出てきません。それに祓川教授と荒木田先生、榊原先生は、警官としての地位が雲の上の人たちで、迂闊に話はできません」
「え、警官なのでしょうか」
「はい。警察署長などは顎で使えます。ボンクラ署長は八丈送りとか、異形の能力の試しに異形に差し出されるとかの都市伝説があって、とても怖いです」
「・・・・・」
「でも大丈夫ですよ。荻野先生は何も感じずに働き続けていますから」
天才は鈍感力と間断ない努力で出来上がるのかと二人は思った。
「私たちは普通人ですから」
「荻野先生も最初はそう言っていて、行くと必ず転職サイトを見ていましたが、今ではパソコンの画面は仕事の画面です。大丈夫です。すぐ慣れます」
パトカーの脇をバイクがすっ飛ばして一瞬で追い抜いていく。白と赤の服を着ていたような気がする。
「あ、あれは」
「宗形先生のNinjaです」
「あの、スピード違反では?」
「そうですねえ。300キロ以上出ているでしょう」
「いいんですか」
「そういうことになっています。我々はゆっくり行きましょう」
「どうせ異形が出たら我々は逃げるだけです」
「出るんですか?」
「宗形先生が飛ばしていますからね。多分異形関係でしょう」
後ろからバスのような灰色車両がすっ飛ばして来る。また抜いて行った。
「あれは?」
「異形等対策室の車両です。エンジン、足回りなどすっかり載せ替えてあって、300キロは無理でも楽に200キロは出るんじゃないですか」
「それじゃ」
「はい。異形関係に決まりです。靴は脱げない靴を履いていますか?」
「ええ、紐靴を渡されました」
「しっかり紐を締めておいたほうがいいですよ。締め付けすぎるといけませんが」
「逃げるんでしょうか」
「はい。逃げるが勝ちです」
「着きますよ」




