011 問題児 龍姫、龍華、龍愛
放課後、職員室でため息をつく荒木田先生。隣を見ると、大井先生が涙目である。
「どうしたの?」
「先生、私のクラスは学級崩・・」
「談話室で話しましょう」
「失礼します」
龍姫、龍華、龍愛の三人がランドセルを背負って職員室に顔を出した。
大井先生の方もか、と思った荒木田先生。
「一緒にやる?」
「はい、お願いします」
「みんなこっちに来て」
荒木田先生が先導し、大井先生、龍姫、龍華、龍愛が談話室に入った。荒木田先生が使用中の札をドアにかけておく。
「私からね」
大井先生に声をかけておいた。
「龍姫ちゃん、授業はどう?前の学校で学んだところとつながっている?わからないところはない?」
「はい。大丈夫です」
「ノートをとってないようだけど」
「授業内容はわかりますし、知識として蓄えてありますので大丈夫です」
「本当?」
「はい。たとえば一時間目の授業内容は次のとおり」
龍姫が一時間目の授業の概要を話す。全くそのとおりだ。
「二時間目の授業内容は次のとおり」
授業の概要を話してくれた。
「ただ説明不足があります。次のとおり」
全くその通りであった。
「ごめんなさい。ご指摘ありがとうございます」
謝ってしまった荒木田先生である。
「いいえ。予習をしている子にはわかると思います。復習する子も後になりますがわかると思います。頭の良い子はわかると思います。悪ガキはもともとちんぷんかんぷんですから同じことです」
授業内容をまとめるには授業の全体像を俯瞰できなければならない。適切にまとめるには前後もわからなくてはならない。この子に教える事はない。知識だけではなくまとめ方も大変上手だ。知識の底が見えない。もしかしたら若手教員への指導者レベルかそれ以上なのかもと思ってしまって、これからの授業は指導者並生徒に監督されるのかと荒木田先生はため息が深くなるのであった。
「私の方はもういいわ。龍姫ちゃんは帰っていいわ」
「龍華、龍愛と一緒に帰りますから残っています」
名字は同じだし、名前に皆龍がつくから、仲の良い親戚なのだろう、一緒にやっても親から苦情は来ないだろう、それに龍姫ちゃんはまるで長女のようだからまあいいかと思う荒木田先生。
「それじゃ、下の子のことはよろしくお願いします」
頼んでしまった荒木田先生。
「頼まれました」
頼もしい返答であった。
大井先生が聞いた。
「あの、龍華ちゃんは」
「お姉ちゃんと同じ。わかっているので大丈夫です。問題は龍愛。何もわかっていない。ノートは機械的に板書を写しているだけ。頭には何も入っていない」
そこまではっきり言わなくてもと大井先生。
「龍愛はこれから厳しく教育しないとダメですから、先生もよろしくお願いします」
そう言われてますます涙目になる大井先生。
「甘くしたらダメです。厳しくしてください」
「あのう、まったくわからないのでしょうか」
「龍愛、返事」
「龍愛、なんにもわかんない」
ヒックヒックしだした。
「龍愛、今まで何をしていた。何もしていないからこうなる」
「ふえーん、お姉ちゃんがいじめる」
「龍姫ちゃん、そんなに言わなくとも」
「こいつのお父さんに頼まれていますから、いいんです。今のままでは最低の評価になってしまいます。せめて下から二番目まで持っていかないと」
「はあ」
何の評価だろうと荒木田先生と大井先生。それにしても我が校に入った時に編入試験があったはずだ。最低限の知識はあるはずと荒木田先生と大井先生が気づいた。
「編入試験ですか」
こちらの考えていることが手に取るようにわかるのでしょうかと荒木田先生と大井先生。
「編入試験は過去問を覚えていただけです。この学校の過去問は良問が多いので、入試にかなりの頻度で過去問が出ます。そしてこの学園に編入希望は滅多にありません。稀な編入試験に新たな問題を作るのは大変だから過去問だらけです。過去問が出たら解答を覚えている通り書いた。内容はわかっていない」
「そうですか」
龍姫ちゃんは予備校講師のようだと荒木田先生と大井先生。
「今日から鍛えますし、休みの日に集中的に教育しますから、夏休み明けぐらいにはまずまずの成績が取れるようになると思います。ただ、夏休みも忙しいと少し後ろにずれ込むかもしれません」
「よろしくお願いします」
頼んでしまった大井先生。
「大井先生、龍愛は上のお姉ちゃんと引き受けます。ですが、現状ほんど学級崩壊です。どうするおつもりですか」
生徒に突かれてしまった。涙目の大井先生、ぽろっと涙が。
「ええと」
「荒木田先生によく指導を受けてください。力で支配するのは簡単ですが、それでは解決にはなりません」
「はい」
力で支配できるのは、龍華ちゃんぐらいだと大井先生は思う。
龍姫ちゃんが続ける。
「しかし、力がなければ生徒を守れない事態に遭遇するでしょう。力をつけましょう。夏休みにゴードンブートキャンプに入ってみますか?」
外人だろうか。怖そうだとまた涙がポロリの大井先生であった。
「ちなみにただです。荒木田先生と大井先生にはぜひ参加してもらいたいです」
あ、こっちに来たと荒木田先生。
「夏休みは・・・」
「上のお兄ちゃんとお姉ちゃんに頼んで予定を立てておきます。夏休みに入ってすぐ始めましょう。後悔はさせません。ゴードンブートキャンプにいかないと後悔します。では今日はこの辺で。龍華、龍愛帰るよ」
龍姫ちゃんが、ヒックヒック言っている龍愛ちゃんの首根っこを掴んで軽々とぶら下げて出て行った。龍姫ちゃんの体は斜めになっていない。ものすごい体幹と力だと荒木田先生と大井先生。
「龍姫さん、龍華さん、龍愛ちゃんはどういう人たちなんでしょうか」
小学校の生徒にさん付けの涙目の大井先生が荒木田先生に聞いた。
「わからない。龍姫ちゃんと龍華ちゃんはとても小学生とは思えない」
「ゴードンブートキャンプは聞いたことがありませんがどうしましょう」
「確かにこの頃物騒なことが多い。詳しい発表はないけど今までの物騒な事件とは質が違うようだ。龍姫ちゃんが言うように必要かもしれない。私は行ってもいいかなと思う」
「行くんですか」
「あなたもよ」
龍愛ちゃんのようにふえーんと泣きたくなる大井先生であった。
「それで学級崩壊の話だけど」
それから暗くなるまで荒木田先生に指導を受けてしまった大井先生。涙目がおさまらない。
大井先生への指導が終わって、談話室を出たとき龍姫ちゃんが言ったことを思い出した。たしかこう言った。
「力がなければ生徒を守れない事態に遭遇するでしょう」
後輩の大井先生は龍姫ちゃんのように首根っこを掴んで引きずってでも連れて行こう。
災難の多い、いや災難の大井先生である。