109 万年殿の奮闘
祓川は、善は急げだ。西帝大学の万年講師殿の面接は早いとこ片付けてしまおう。そう思って万年殿に面接は明日10時とメールした。すぐ承知しましたと連絡が来た。宗形もOKである。
翌日、9時に万年殿が医学部棟に到着、入ろうとして警備員に止められ、「俺はここの法医の准教授に採用される者だ。入れろ」と騒いだ。すぐ法医に警備員が電話した。
荒木田が出た。
「面接の約束は10時だ。西帝大学の医学部長に頼まれたから面接するだけだ。採用の約束はない。10分前になったら入れてくれ。面接はデビル宗形だ」
わざわざ勇名を馳せるデビル宗形と言われたのでなんとなく面接結果が見えた警備員である。
「法医から10時10分前に入れてくれと指示がありました。時間までどこかでお過ごしください。それ以前に入ると不法侵入となります」
万年殿は、おかしい、すぐ面接すると連絡が来たから喜んで採用してくれると思ったが。違ったのかと不安になった。警備員も冷たい。待つよりほかはないかと何回も腕時計を見て医学部棟前をウロウロしている。
10時10分前に警備員に中に入れてもらった。
法医の研究室に急ぐ。案内板では法医は10階である。
エレベーターを待っているが中々来ない。遅刻してはならないとエレベーター脇の階段を登り始めた。
日頃の運動不足がたたる。足が上がらない。息が苦しい。足がもつれそうになりながら10階まで登った。
エレベーターホールの案内板を見てやっと研究室前にたどり着いた。ドアに貼り紙がしてあった。
「解剖中につき御用の方は地下一階解剖室まで」
慌ててエレベーターホールまで走る。エレベーターは今度は一階に止まっている。中々来ない。すでに約束まで五分を切っている。
エレベーターの階数表示と腕時計を交互に見たがエレベーターでは間に合いそうにない。必死になって階段を駆け下りる。足がもつれ、ついに転んでしまった。階段で打った腕が痛い、額が痛い。捻った足首が痛い。メガネは倒れた拍子にどこかに飛んでいってしまった。
すでに約束の時間は過ぎた。それでも足を引き摺り、腕を抑え、メガネを探して拾い必死になって法医解剖室までたどり着いた。
ドアに解剖中と札がかかっていた。ドアには鍵がかかっていてドアを叩いても誰も出てこなかった。
電話するよりほかはないかと思ってメールのプリントを見ると、面接は13階会議室1と書いてあった。
エレベーターホールに必死になって走った。今度は運良くつかまった。エレベーターに乗り13階のボタンを押す。すぐ各階のボタンが全てついた。各駅停車になってしまった。中々13階につかない。焦る。
13階に着いてホールの案内板を見て会議室前にたどり着いたのは10時13分であった。
恐る恐る会議室のドアを叩く。
「どうぞ」
中に入ると巫女さんが待っていた。
「遅刻ね。この会議室は15分まで借りている。あと1分30秒くらいだわ。まず言わせてもらう。あなたの論文は、学内誌と、薬屋さんの雑誌とか査読(その分野の専門家が読んで評価する)がない雑誌の、それも随筆に近い記事だけね。原著(オリジナルの研究成果の論文)は無い。業績にならない。法医は解剖鑑定書も業績だけど、目ぼしい鑑定書はない。例として提出いただいた鑑定書は落ちこぼれ学生レベルね。時間が守れなかったことと業績がない。このことによって採用不可と決定。ちょうど時間だわ。出ていきなさい」
謎の圧力によって会議室の外に押し出され中から鍵がかけられた。一言も喋れなかった。すぐ会議室の次の利用者が来て鍵を開けて入って行った。
巫女さんはどこへ行ったのだろうと思った。
目を逸らしていた業績がない現実を突きつけられてとぼとぼとエレベーターホールに向かった。今度はエレベーターが13階で止まっていて、すぐドアが開き、途中止まることもなく一階に着いた。エレベーターホールで未練がましくグズグズしていると、早く出ろと警備員から圧力がかかって来るようで医学部棟を出ざるを得なかった。
准教授に採用されるのは確実と思って教授に言わずに他校に自薦したから、もう戻っても針のムシロだ。
結局、万年殿は西帝大学に戻ってすぐ辞表を提出した。引き留める者は誰もいなかった。




