102 タイソーの受難は続く (下)
黄龍がタイソーをドラちゃんの上に転移させた。ドラちゃんの傍にドラニちゃんが飛んでいてその上にポニーに乗った龍愛。
ドラちゃんとドラニちゃんの両脇に大きな鳥が飛んでいる。
イヌワシが龍愛の眷属になって大きくなったのだろう。片方がドラちゃん並み、片方がドラニちゃん並みか。双方ともドラゴンよりやや小さめか。その代わり翼が長い。頭から尻尾までの長さの三倍くらいある。
ドラちゃんが教えてくれる。
『ちっちゃい方がオスでホーク龍、大きい方がメスでホーク愛なんだよ』
『メスの方が大きいんだ。強いのかな』
『山椒は小粒でピリリと辛いと言うから、小さくても強いかも』
『山椒というのは?』
『日本の香辛料だよ。山城稲荷神社にも自生している』
詳しいドラちゃんである。
追い抜いてきた飛行機が少し右旋回する。窓がきらりと光る。
窓から外を見ていたタイソー夫人。
えらいものを見てしまった。ドラゴン2頭、ドラゴン並みの大鷲2羽が飛行機を抜いていく。
一頭のドラゴンの上に剣を持った狐面を被った人が立っている。見たことのあるような背格好だと思った。しかし人がドラゴンの上に立ってジェット機より高速で飛べるものではないだろう。もう一頭にはポニーと女児が乗っていたようだ。見間違いだろうと思った。
すぐ飛行機の進路が変わり見えなくなった。
後ろの座席の人が騒ぐ。
「見た?ドラゴン2頭に大鷲2羽」
「見た。見た。ドラゴンには人やポニーが乗っていた」
やっぱり見間違いではなかった。夫はどこに行ったとタイソー夫人。
ドラちゃんの前方から飛行型異形が2羽、高速で近づいてくる。やる気満々だ。
正面衝突する直前、スッとドラちゃんが異形すれすれに高度を下げる。タイソーが頭上の異形の腹にショートソードを突き立てて、ドラちゃんの上で踏ん張ってそのまま尻尾まで切り裂いた。
すかさず大鷲が足で掴んでヨーロッパ大陸の方に向かって飛んで行って掴んだまま急降下、イタリア半島のつま先の山の中の人のいないところに落とした。ド派手に地面に衝突した。
残った一頭はカンカンに怒ったようだ。Uターンして空中戦を挑んできた。
大鷲がやる気になった。すれ違いざま鋭い爪で異形の翼を切り裂く。異形の首に噛みついて振り回して離した。下から上がって来た大鷲がもう片方の翼を爪で切り裂く。両方の翼が破れ団扇になった。異形が落ちて行く。
後ろから大鷲が翼を畳んでスピードをつけて落下しながら異形の首を咥えてさらに加速して落下。さきほど異形を落とした隣に落とした。異形は加速して落とされ地面に激突、地面にめり込んだから流石に絶命した。
タイソーは黄龍によくやったと褒められたような気がする。汚れ飛んでけをしてくれた。
気がつけば機内の後部トイレ付近である。狐面を収納。黄龍はすぐ消えた。
シートベルトのサインが消えるまで待って座席に戻った。
「あなた、どこに行っていたの?」
「トイレ」
「長かったわね。窓の外にドラゴン2頭と大鷲2羽が飛んでいたのよ。映画みたい。それにドラゴンの上には人がいたのよ。大人と子供。それにポニー」
「見間違いでは?」
「いいえ、機内の窓側の人はみんな見たのよ」
「それは見たかった。スマホで写真を撮ったかい?」
「それがあっという間だったから撮れなかった。でも大人は何となく背格好に見覚えがあるような人だったのよ」
「遠くだからわからないだろう」
「そうかなあ。似ているのよね。まさかねえ」
俺を見られても困るとタイソーは思った。
常識と疑惑の間で苦悩するタイソー夫人であった。
タイソー夫妻はローマで一泊して無事英国に戻って日常に復帰。
タイソーが仕事を終わって職場を出るとハットとステッキの英国紳士が向こうからやって来た。
「こんにちは、タイソーさん」
MI6の表の顔の人である。名前はウィリアム スミス。いかにもの名前である。
「こんにちは、スミスさん」
「少しお話がありましてね。お付き合い願えますか」
いろいろあるタイソー。仕方がないから頷いた。
「たいしたことではありません。そこの店に入りましょう」
店は普通のレストランだが、個室に案内された。
「夫人が待っているといけませんから、用件のみにしましょう」
「助かります」
「実は、このキャッシュカードと小切手帳、書類などを預かりましてね」
見ると名義はタイソーである。書類はタイソーが口座開設を申し込んだことになっている。仰天する金額が入金されている。
「夢にリューア神様が出て来て、これらを眷属のタイソーに渡すように。IGYO討伐代である。政府はこの口座に一切触れてはならないとのお告げでした」
「わかりました。また一つ妻に秘密が増えてしまいました。スミスさんは信徒でしょうか」
英国紳士は小さい像を首から下げた皮袋から出した。リューア神様とシン様たちの像である。
「ありがたいことに、朝起きたらベッドサイドテーブルに置いてありました。お認めいただいたのだと感激しました」
「そうですか。お仲間ですか」
「何かありましたら、MI6の仕事だと言ってもらって結構です。名刺を渡しておきましょう」
MI6の名刺だ。
「その時は使わせていただきます」
「地中海上空はタイソーさんでしょうか」
「はい。リューア神様には宗形さんというマネージャーがいてこき使われています」
「その前の砂漠のサソリ型IGYOもそうでしょうか」
「20匹の時は、近くにリューア神様の神社の氏子のツアーの方々がいて襲われそうだから眷属総出で対応しました。初見なので面白いから全員参加したようです。私は無理やり参加で毒針に刺されましたが。その後の2匹は私です」
「あの毒は各国の諜報機関が入手して分析しましたが、単なる水でした。毒液はすでに効力を失っていたそうです。効力を失う前に刺されたのは貴重な体験でした」
「痛かったですが」
「現場で毒液がかかったと思われる虫はことごとく死んでいました。毒であることは確かです。長話をしました。夫人がお待ちでしょうからこれで失礼します」
「はい。ありがとうございました」
MI6氏と別れて、家路につくタイソー。キャッシュカードなどはバングルの中である。どうするか、夫人に言うか、口が軽いから言うと面倒だと悩むタイソーである。やはり何かあったらMI6のスミスさんに押し付けようと思った。
タイソーは帰りがけに、もらった小切手帳を使ってバングルの中に入れておく食料などを買って行く。これからしばらくは買い物に精を出すようだと思いながら。




