101 タイソーの受難は続く (上)
砂漠ツアーから首都の空港に着いたタイソー夫妻は早速英国大使館に向かった。夫人がバッグに入れていたパスポートを車と一緒に流されてしまったので再発行の手続きである。
「あなた、なんであなたはパスポートを持っているの?」
「それは英国政府高官たるもの常にパスポートは携帯している」
「荷物は流されたじゃないの」
「ポケットにねじこんでおいた」
砂漠では薄着をしていた。スーツでも着ていればポケットはたくさんあるが。疑いの目の夫人である。
タイソーはスマホ、パスポート、それとクレジットカードなどが入っている財布はバングルに収納しておいたので流されなかったのだが、それは話せない。ポケットにねじこんでいたで押し通すことにした。
大使館員には砂漠にIGYO出現の新聞記事を見せた。それに英国政府高官の身分証明書を見せる。
荷物は遭難時に河に流され紛失という書類をオアシスの警察に作ってもらっていたのでタイソー夫人のパスポートは問題なく再発行してもらえた。
大使館を出て、すぐ買い物である。
荷物が砂漠で失われてしまったので、旅行に必要なものの買い物である。スーツケースを初めに買って、店を回りながら買ったものをスーツケースに詰めた。
支払いはタイソーのカードである。ブラックカードを夫人に見られないように支払う。
店員はカードを見て丁寧にお礼を言ってくれる。
夫人はここでも疑惑の目である。冴えない中年英国人になんでそんなに丁寧に接客するのかと思う。
実はタイソーは渋い魅力の中年おじさんである。いぶし銀に加えてブラックカードである。店員の態度が微笑みを浮かべ丁寧なのもむべなるかなである。
どんな英雄も家に帰ればただの旦那になってしまうように、夫人にはタイソーがくたびれた中年の夫に見えるのであった。
夫人はブランドのバッグを買った。かなりの金額である。もちろんバッグの中身も一通り買い揃えなくてはならない。タイソーはどうも出かける時よりグレードアップした気がして、旅行保険で賄えるのだろうかと心配である。
夫人はスマホも買った。最新機種である。高そう。支払いはここでもタイソーである。夫人のクレジットカードは荷物と共に流されてしまっていた。オアシスでは紛失届はしておいた。
緊急用のクレジットカードを発行してもらえばいいのだろうが、タイソーがカードを持っていることがわかって、手続する気にならならない夫人であった。
その日は予約してあったホテルで一泊。
翌日タイソー夫妻の乗る飛行機は一路地中海へ。ローマで一泊して帰る予定である。
地中海上空に達した。バングルが震える。
悪い予感がするタイソーである。
愛ホンはスマホの集積回路など一切なく、また電波を使っていないので、電子機器に干渉することはないが、見た目はスマホである。トイレに立った。
個室で電話を受ける。相手は宗形である。
「今地中海上空よね。その先に異形がいてね」
「はい」
ボソッと答える。
「画面に音声バリアというのが出ているでしょう。それを押せば通話中声が漏れることがない。便利でしょう。元気よく話せます」
元気がないのは宗形からの電話だからだと思ったが口にできない。
「異形が出たのはね、そっちの上空よ」
「上空ですか」
「そう。上空。何機か旅客機が掴まれて地上に降ろされ乗客は食べられてしまった。戦闘機が迎撃に行ったのだけど、話にならない。掴まれて握りつぶされた。逃げたのもいるけど。このままだとその飛行機も異形に狙われるわね」
「それは困る」
「EUから討伐依頼が出て来たのよ。面白いことに初穂料は墜落地点によってEUが払うか、アフリカの国が払うかに決まったらしいよ。EUの方が簡単に払えると思うからEU側に落としてね」
「あの私がやるのですか」
「一番近いわ。それにやらなければ捕食される」
「私は空は飛べません」
「今回は龍愛がドラちゃんに頼んだわ。それと龍愛が飛べる眷属がいなくては不便だからと神様と朱様と龍愛でイヌワシ2羽を捕まえて、いやイヌワシと仲良くなって眷属にして乗れる大きさにした。神様と朱様が訓練してくれたけど、初戦だから今回は乗らないことにした」
「私は飛行機の中ですが」
「黄龍を派遣するわ。個室を長く占領していてはおかしいわね。個室から外に出ていてね。狐面はしないと呼吸ができないよ」
タイソーは慌てて狐面をする。
機内では放送があった。
「前方に鳥が飛んでいると情報がありました。シートベルトをお願いします。回避行動を行うときに機体が傾きます。ご注意願います」
何やら緊張しているキャビンアテンダントがシートベルトと足元、棚、荷物を確認して回っている。
タイソーの足元に狐面をした黄龍がやって来た。
行くよと言っている気がする。
「疫病神症だ」
つぶやいたタイソー。




