太極拳のトレーニングウェアに与えられた第二の生
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
進学を機に日本へ留学した長女が、大学の休暇を利用する形で故郷の台湾へ久々に帰省してくれた。
母親として喜ばしい限りだわ。
だけど実家に着いて早々、長女は意外な物を欲しがったの。
「良かった、傷みも黴も特に無くて!」
中身を改めた長女は、嬉々とした様子で紙袋を抱き締めたの。
「その表演服を買ったのは、美竜が高校へ進学してすぐの時だったわね。通信教育の功夫は早々に止めちゃったけど、太極拳は大学受験の直前まで続けてたっけ。大学で手頃なサークルでも見つけたの?」
拳法を齧っていた長女にとって、この黒い表演服は謂わばトレーニングウェア。
それを引っ張り出したのだし、てっきり私は娘が拳法を再開するのだとばかり思っていたの。
ところが…
「いや、そうじゃないの。大学で使うって所までは正解だけど。」
「えっ?」
何とも意味深な一言を呟いたのを最後に、長女は表演服を話題にしなくなったの。
話を振っても逸らかされるばかりで、そのまま留学先の日本へ戻ってしまったわ。
「私の口からはまだ言えないなぁ。時期が来たら必ず分かる事だよ。」
何か知っていそうな次女に聞いてみたけど、反応は同じだったの。
「ねえ珠竜、お願いだから教えてくれないかしら。美竜ったら例の表演服をやましい事に使ってるんじゃ…」
「決して悪い事にはなっていないから大丈夫だよ。我が子の事を信じてあげなよ、お母さん。」
次女もそう言って笑うばかり。
全く取り付く島もなかったわ。
だけど珠竜の言う「時期」というのは、存外早く訪れたの。
それは私達の住む台南市にも秋の涼しさが感じられるようになった、十月の事だったわ。
「お母さん、見た?お姉ちゃんからのメール!」
「勿論よ、珠竜。どうやら美竜も、日本の大学で楽しくやっているみたいね。」
居間へ駆け込んだ次女に応じながら、私は添付された娘の自撮り写真に視線を落としたの。
留学生と一般学生との交流目的で開催されたハロウィンイベントに、長女の美竜は白塗りメイクの殭屍に扮して参加していたんだけど、長袍代わりに着込んだ黒い衣装は私にとっても見覚えのある物だったの。
「表演服を大学で使うって、こういう事だったのね。驚かそうって魂胆だとは思うけど、あんな意味深な言い方じゃ勘繰っちゃうじゃないの…」
満面の笑みを浮かべて殭屍のポーズを取る長女を見ていると、何だか私まで笑顔になってしまうの。
きっとあの表演服も、新しい役目を与えられて喜んでいるんだろうな。