閑話 アーシュヌが泣いた日
「やはりこの地はただの眉唾ものの噂話などではなく、真に邪神様に近き場所だったのであろう」
実際のところこの神殿は、ビフレストVer4.0開発チームの邪神設定を信奉していたかつての邪教徒達が、秘密裏に隠すようにして創り上げた神殿であり、いわくも何もなくただの『邪教徒の隠れ蓑のために丁度良い場所だった』という理由だけで造られた神殿だったのだが、偶然にもイレースィがその場に訪れた事で、よりその場所は特別な場所という認識へ――――そして事実特別な場所なのであった。
神の悪戯か、はたまた神の子による悪戯か、この地は世界中に繋がる龍脈が幾重にも重なっていた生命力に溢れた土地であり、本来であればそこに住まう邪教徒達の魔法行使の腕が上達する程度の恩恵だったのだが、僅かにでもその場で神の子の神力が発露された為、全ての龍脈の力はより活性化され、その強大な恩恵に人々が気づくのは必然だった。
かくして龍脈の力を浴び続けたグスタフ筆頭の邪教徒達はほとんど不老の存在へと至り、長年に渡って龍脈を研究しつくし、着々と表の世界にも進出し多大な影響力を得た。
人脈、そして龍脈の力を利用し再度「偉大な邪神イレースィ様をこの地に!」とイレースィの置き土産である召喚陣(グスタフ命名)を起動させる事に成功した邪教徒一行(勢力拡大済み)。
しかしイレースィは邪神ではなく、その性格を無視すればむしろかなり神聖な存在である。
それにより現れたのは、真に邪悪な異世界の強力な魔物。
○ ○ ○ ○ ○
「な……なんで、こんなシステム外の魔物がこの世界にいるんですか!?」
アーシュヌが気づいた頃には時既に遅し。
「主神様や上位神の方々が懸命に創り上げた世界が……ど、どどどどどうしましょう!! システム外の魔物相手には、システムで縛られている住人に倒せるはずが……」
RPGを意識して創り変えられた世界故に強さという数値の上限が定められている唯一の世界がビフレストである。
「し、仕方ありません! システム外にはシステム外の存在を! こうなればこの魔物の出身世界と同郷の強者を連れてきて倒してもらうしかっ!! そしてそのためには私も身を削らねばなりません……」
強い瞳を滾らせ決意するアーシュヌ。
――突如現れた魔物の出身世界である第2394世界を管理している上位神への土下座を敢行した。
「それで『アルバザ』がそっちの世界に紛れ込むって……どういう状況よそれ……」
桃色に緩いウェーブがかった長い髪に、豊満で艶めかしい姿態は扇情的なのにも関わらず、色気というより美が全面に出ているため、むしろ上品にさえ見える。神界の女神の中でもイレースィやアルマに次いで人気が高いのが彼女である。
そんな彼女は困った子、とでも良いたそうな表情でアーシュヌを見下ろす。
先輩の上位神であるアリーセ様に呆れられますが、私も知りません。魔物の名称も初めて聞いたくらいです。
「それが突然現れて……私にも何が何だか……」
「まあいいわ、貸し一つって事で。『アルバザ』を倒せるような人間なんてこっちの世界でも少ないのよ……」
「も、もももも申し訳ございません」
かくして上位神アリーセの異世界勇者選別オーディションに受かった青年オスカー・クレメント。
サラサラの金髪に爽やかな笑顔を自然と溢せる王子様系のイケメンである。
そのうえ『自分とまったく無関係の異世界が危険だから助けてくれ』との無茶な願いに、二つ返事で了承するほどのお人好し。
『助力してくだされば、何でも一つ願いを叶えてさしあげま……え? いいんですか!?』
女神モードで清ました態度で接していたアーシュヌも思わず素が出る程驚いた。
性格も良ければ顔も良いこのオスカー・クレメント、しかし彼はその二十年の人生で一度もモテた事は愚か異性にまったく縁のない人生を送ってきていたのであった。
それもそのはず第2394世界の管理者である上位神アリーセは美を司る。故にその世界は、皆等しく美男美女である。
故に個性豊かな者はモテるが、まさに王道といったお人好しのオスカーはあまり恋愛対象として見られる事はなかった。いわゆる没個性と呼ばれるものだ。
かくしてシステム外にはシステム外をの法則で、アルバザを見事打倒したオスカーはビフレストの英雄となった。
必然モテた。
「女神様……あの時の叶えていただける願いの一つなのですが……私をこの世界に住まわせてください」
オスカーも男であるのだ。致し方ない。むしろ自身の世界を救ってくれたのだから、それくらいの願いは叶えてあげたい。叶えてはあげたいのだが……しかしアーシュヌとしてはシステム外の存在をそのままビフレストに残すわけにはいかない。
「貴方には恩があります。しかし私も世界を管理する身。少し厳しい言い方になってしまうかも知れませんが、この世界のシステムに縛られない貴方は、言ってしまえばアルバザと同じイレギュラーの存在です」
「それでは……やはり私は残れないのですね…………」
「ですが一つ方法がない事もありません。オスカー・クレメント。貴方がこの世界のシステムに縛られるのであれば、問題はないでしょう。しかしその場合、強さの上限が定められているこの世界では以前のような強さを捨てなければなりません」
「問題ないです!!」
「そ、即答ですか……」
「ですが私は、強さ以外に取り柄もなく、他の生き方を知りません。せめてこの世界での冒険者として生活できる程度の力は残して頂けるのでしょうか?」
強さとはオスカーにとっては死活問題だったのだ。
英雄と祭りあげられ生まれて始めて異性に愛されたものの、力の全てを失ってしまったら……愛想をつかされるかもしれない。という点での死活問題だったのだ。
「この世界では単純な肉体的、もしくは魔力的な強さをレベルという数値で視覚化します。レベルの上限は100です。恐らく以前の貴方ならば、この世界でいうところのレベル200と少しといったところだったでしょう。なのでシステム化に置かれた場合はせめてものお礼として上限いっぱいの100レベルとして設定しておきます。
以前の貴方の半分程の力量しか出せない事を念頭に置いて行動してくださいね?
とはいえレベル100ならば、ビフレストで最強といっても過言ではないので、そうそうおかしな自体が起こらない限りは大丈夫でしょうが」
「ありがとうございます女神様!」
両手を組み跪いたオスカーは涙を流しながら感謝を告げた。
それほどまでに異性に飢えていたのかと、アーシュヌは若干引き気味であった。
○ ○ ○ ○ ○
「あ、アリーセ様!」
「あら、アーシュヌ。無事なんとかなったみたいで良かったわね」
「え、ええ……正直世界を管理するのがこんなにも大変だとは……それで、今日は、あの……オスカー・クレメントとの契約の件でお話がありまして…………」
「ああ、一つお願いを聞く。というアレね。何だったの?」
「その……ビフレストへの移住を希望されまして…………」
「そう? 良いんじゃないの。そういう契約なのだから」
自身の世界の強者を一人等、特に問題ない。という器の広さにアーシュヌは感動を覚えた。
「でもそんなことして大丈夫なの? ビフレストは特殊な世界だから私も良く分からないけれど彼もまたシステムの範囲外? とやらなのでしょう?」
「それならば問題ありません! システムの制限下に置くように処置したので、もはや彼はイレギュラーな存在ではなくなりました!!」
えへん!と控えめな胸を堂々とはるアーシュヌだったが、対するアリーセは微妙な表情をしていた。
「それってアルバザもシステムの制限下とやらに置けなかったわけ?」
そのアリーセの一言に、まさに電撃が全身を貫くような衝撃をアーシュヌは受けた。
「なぜ……なぜ……そんな簡単な事が……仮にも元ドライアドの大精霊であり、神へと至った私が…………もしかして私、駄目な子……? 出来損ない……?」
膝から崩れ落ち両手を地につけたまま呆然と自問自答するアーシュヌを流石に不憫に思ったアリーセが「貸しはなしでいいから、ね?」と元気付けようとするものの、その日アーシュヌの自己嫌悪は留まる事を知らなかった。
ようやく調子を取り戻したアーシュヌは、とにかくアルバザがなぜ突然現れたのか、その原因を突き止めない事にはまた同じ事の繰り返しになってしまう、次にまた同じ事が起こらないとは限らないのだ。その対策として別世界からの侵入者は強制的にシステムの管理下に置くように措置を施す事にした。
しかしそれは非常に繊細で大規模な世界改変の式を扱う高位の神術。一人ではどうしようもなかったが、ビフレストVer4.0開発チームの協力を仰ぎ、なんとかその作業はすんなりと終える事が出来た。
しかしこれはあくまで対症療法。原因の大本を正さねば!
○ ○ ○ ○ ○
西大陸の大国であるプラギテウス王国の王はその日、執務室の机の上に置かれた一枚の紙を忌々しいと言わんばかりに睨みつけていた。
「なるほど……これが邪神を祀る異教徒達の召喚陣とやらか……」
「はい、なんとか邪教徒の神殿からこの一枚は回収はできたものの、恐らく召喚陣自体はそれ一枚とは限らないでしょう。更に言えば召喚陣さえ記憶していれば、いくらでも複製する事も可能です」
「そうなると例の魔王アルバザのような存在が大陸中に湧いて出てくるということか?」
「いえ、恐らくその可能性は少ないかと。召喚陣の作動制御自体かなり複雑で扱いは困難なうえ、彼の地のように魔力が豊富に溢れる場所で、多くの強力な魔法使い達の命を散らして、ようやく……と言ったところでしょう。しかし逆を言えば、それらの条件さえ整えさせてしまった場合、邪教徒の生き残りは性懲りもなくまた行動を起こす事もあるかと」
「なるほどな……しかし彼の地のように魔力が豊富に溢れる場所は少ないはずだ。問題が在るとするならば……他国か」
「ええ、勇者召喚の義によって呼び出した強者を駒に戦争をふっかけて来ないとは限りませんから」
オスカーは女神アーシュヌから直々の勅命を受けてビフレストに来たわけだが、そうなると今度は神の使いというような半ば事実の誤解が広まり民衆が混乱する恐れがあったため、アーシュヌはオスカーに「私からの勅命であったという事は隠す方向でお願いしますね!」と気軽に頼んだために、オスカーはこの世界に来た理由を「何者(女神様)かによって召喚され、この地に来た」とだけ説明した。
そうなれば召喚陣の存在を知っている各国の上層陣の一部の人間は「悪しき者を望めば魔王が現れ、救世を望めば勇者が現れる」のが召喚陣の仕組みなのではと考えた。事実それは正しいのだ。
そうなれば時間と共に必然と各国一斉に召喚陣の研究を始め出すようになる。
「事情を知らぬ異なる世界から来た年若い勇者を傀儡の戦争道具とするため」動く者。
「いずれまた魔王が現れた時のための対策として」動くもの。
「他国の抑止力のためと消極的理由で」動くもの。
そして召喚陣を起動させるための一番の問題である龍脈の重なる場所だが、それは各国の王都、帝都に存在していた。
龍脈の重なる地に狙って国を興したわけではなく、龍脈の力が強いため国として繁栄できたのである。
必然龍脈の恩恵を得た国は亡国となることはなく、逆にその恩恵を受け入れられなかった国々が自然淘汰され、今、全ての国の真下には充分召喚陣を起動しうるだけの龍脈の力があった。
そうして長き年月を重ね勇者召喚に成功した人類は、世界や自国の危機と成れば勇者を呼び出し、
邪教徒も負けてはいられんとばかりに魔王を召喚し、数百年単位でどこぞのモンスターバトルゲームの様相を呈したような代理戦争が起こるハメになった。
そうして利用された龍脈は摩耗し続けたうえ、異世界からの召喚が相次ぎ世界の次元構造もぐちゃぐちゃに。
あらゆるバグが発生し、100レベルを上限とした機能も崩壊し、アーシュヌはもうダメだと絶望のあまり滂沱した。
アーシュヌは少し抜けた所のあるポンコツであっても一応は神なのである。
だがアーシュヌは、あれだけ各国が大々的に召喚陣を使っていたのにも関わらず、なぜか自体がこれほど大事に至ってなお、どうしてもその原因に気づく事が出来なかったのだ。
それはかつて幼きイレースィが行使した神術での洗脳。
『アーシュヌの意識をイレースィがこれから成す事全てを完全に逸らす』
という効果を持った高度な神術。実際それはイレースィが管理部屋での自由行動を得るための手段であり、イレースィ本人も、その効果は管理部屋の内部だけの事だと考えていた。
そのため帰り際に解いた洗脳も、
『管理部屋の内部で起きうるイレースィの行動全てから意識を逸らす洗脳』として解いたのだが、
『ビフレストでイレースィが成した全ての意識を逸らす洗脳』の方は残り続け、主神が気づくまでその洗脳は解けなかったのであった。
アーシュヌは泣いた。