閑話 神々が泣いた日
歯車が狂ったのは、何が原因だったのか。
それは人が生まれたからか? 人が国を作ったからか? 人が争ったからか? 人が無謀な願いを望んだからか?
元を辿ればキリがないそれは〝歯車が狂った〟等と呼べるものではない。元からそういった運命であったのであろう。
しかしそれは人の世においての話であり、運命すらも捻じ曲げ、あらゆる事象を書き換える神術を扱う超常の存在の住まう世界においては運命などというものは存在せず、確実に歯車を乱した者がいる。
その者の名は〝イレースィ〟
全てを創りし全知全能の主神が「我が子を」と望み生まれた存在である。
それは正しく神の子である。
そんな神の子が住まう神界には数多の神々が存在し、それら神々はあらゆる世界の管理を主神より任せられていた。
それが主神に「神として創られた」存在の意義であり、それは言わば生きることと同義であり、仕事のようなものとも言える。
かといって神々は世界を管理する、ただの機械的な存在ではなく一個の人格を持って存在している。
しかし個としてほぼ完成されたと言っていい存在である神に向上心のあるものはあまり多くはなく、
自身の司る概念を慈しんだり、武神の類いは日々を修行に費やしたり等と、しばらくの間、神界は停滞していた。
――そんな神界に一つの転換期が訪れる。
それは第一世界から第九世界の『一桁世界』と称される、主神が初めに創られた世界の文明の発達であった。
神界に時間という概念はないに等しい。そこが遍く全ての中心であるからだ。
しかし世界は違う。個々の世界は創られた時期はひどく乖離しているのにも関わらず、初めに創られた第一世界よりも後に創られた世界の方が億年単位で長く存在していたりもする。
時間の進みが遅い世界、早い世界、神界の時間間隔とあまり差異のない止まったような世界。
時間という楔に縛られてもなお、あらゆる世界の中で一桁世界は、余りにも発達した文明を築き上げていた。
神々はこぞって一桁世界を観察し、その文化を模倣した。
初めはただのお遊び――おままごとのようなものだった。しかしそれがどこか楽しくも愉快であり、数多の神々は過保護と言っていいほどまでに一桁世界を大切に扱った。
それが変わる事のない神界において時間という概念が生まれた瞬間なのかも知れない。
暦も年齢も全てを神界は一桁世界のそれに準拠した。
そうした日々がもはや当たり前になって久しい頃、生まれたのがイレースィだった。
イレースィも他の神々同様、一桁世界――その中でも殊更第一世界の文化をひどく気に入り、常に観察していた。
そして彼女は思った。
――――ゲームがしたい。
「父上、父上! ドラクエとやらが第一世界で人気だそうだ!」
「ほう、どらくえ? とな?」
「ロールプレイングゲーム。略してRPGというゲームなのだ!」
「つまり……?」
全知全能の主神は知ろうとすれば全てを知れる。
――しかし知ろうと思わなければただのおじいちゃんなのだ。
「仮想世界を用いて、遊ぶ遊戯といったようなものなのだ! 世界を壊す存在である魔王を、自身が勇者となり打ち砕くのだ!!」
まだ生まれて二千年にも満たない彼女の姿は、童女と呼ぶべき姿であるが、既にその頃から完成された美そのもの。そんな彼女が興奮気味に両手を掲げて必死に説明する様は、子を望んだ主神にとってひどく愛らしく写った。
――――故に主神は本気を出した。
愛しの我が娘と遊ぶべく、一番新しく創られた世界『ビフレスト』をRPGの世界へと魔改造した。
イレースィが望む完璧なRPGを創るため第一世界から第九世界のゲームという存在を一瞬で網羅し、
『ビフレスト』をゲームのような世界に作り変え、しかしそこに住まう住人には昔からそれらが当たり前であったかのように記憶や意思を操作し、大きな力にも耐えうる大地に作り変え、それによって生じる矛盾も生態系もしっかりと調整した。
元々他の世界には神術の劣化技術を魔法として伝えた世界や、人を襲う凶悪なモンスターが蔓延る世界、勇者や魔王が実在する世界など元々がRPGのような世界も無数に存在したのだが、それらの世界は管轄している各々の神に任せている主神には知る由もなかった。
――知ろうとしなければ知らないのである。
むろんそのような世界が無数存在したのは偶然のものもあれば「うちの世界ももっとゲームみたいにしてみよう」という神々の独断で創り上げた世界が大半であった。
そうしてようやく出来上がった主神様渾身の出来栄えである『ビフレストVer2.0』。
しかし主神は万全を期すために愛娘であるイレースィに見せる前に、他の神々を呼び出し前評判を確かめる事とした。
それは正解であり、やはり全知全能といえど個性を獲得している神々からの様々な視点からの意見には納得がいくものも多く、あらゆる可能性を生み出し、更に改造に改造を重ねた『ビフレストVer4.0』が出来上がった頃には、主神を含めた沢山の神々が諸手を挙げて喜んだ。
かくしてビフレストVer4.0の開発チームである神々をゾロゾロと引き連れ、イレースィの元に向かう主神一同。
さぞ姫様は驚いてくれる事だろうと、皆がビフレストVer4.0の素晴らしさを矢継ぎ早に説明すると、イレースィは気まずそうに部屋の隅を指差した。
そこにはゲーム機本体と無数のゲームソフトが積み上げられていた。
聞くとイレースィは遠隔操作式の自身の分身を創りだし、それを第一世界に向かわせ実機をそのまま購入しまさにプレイ中であったとの事。
――神々の目からは鱗が落ちた。その後に涙が落ちた。
以降、自身を模した遠隔操作式の分身を作った神々は一桁世界での疑似生活を楽しむ、という新たな娯楽が生まれた。
もちろん直接の顕現や受肉は影響の大きさから主神に言われるまでもなく禁止されており、もしそれらを破って一桁世界に訪れた場合は大罪として永遠の業火に焼かれる法までもが生まれた。