プロローグ
あらゆる神々が住まう神界において主神と謳われる唯一の神。
主神はすべての世界を創りし者。正しく神である。
主神は無数の世界を円滑に管理するため、それこそありとあらゆる神を創った。
小さな力を司る神、大きな力を司る神。
そうして増えた神々の中には位階といわれる身分があり、上位神を筆頭に中位神、下位神とある。
しかしそれは〝管理の円滑化のため〟に存在する身分であり、人のいう身分とはまた少し違う。
――有りていに言ってしまえば、体育会系部活動における先輩、後輩のようなものだ。
しかしながら当然、その身分は年齢によって決まるわけではない。
神は人とは違う価値観を持つ。
神力――神の内包する力。
そしてそれを用いて世界の事象を改変させる式を組むのが神術と呼ばれる神の御業である。
神力がいかに強力か、神術をいかに上手く使えるか、それが神々における区分である。
――有りていに言ってしまえば、レギュラーとベンチのようなものだ。
主神はもちろんそれらの位階に捉われることはない。
他に位階に囚われない存在は主神を除けばただ一つ。
主神自らが「我が子として生まれよ」と願った主神の子〝イレースィ〟である。
主神が生み出したものはすべて(神々でさえ)主神の子と言えなくもないが、それらは子として創り出したわけではないので、明確に主神の子として創り出された彼女こそは例外であり、主神の次に位置する存在であった。
雪のように白い肌、くすみ等一切見当たらない腰まで伸びた白銀の髪。
全身が白としか形容しようが無いほどに真っ白で、唯一違う双眸は海のように透き通り、見る角度によってはキラキラと虹のように何色にも輝く。まさに主神の娘らしい神秘さである。
他の神々から見てもその美しい姿には畏敬の念を感じざるを得ない。
年の頃は人でいう14程に見えるが、実年齢は一万歳である。(神々の世界での年齢は百年単位でしか区切らない)
そんな彼女、イレースィは自称メイドの上位神アルマと共に、ある部屋へと向かっていた。
「もしやアルマも来るつもりではなかろうな?」
イレースィの後ろを半歩下がり歩くアルマへ不承不承と睨みつける。
「何をおっしゃいます姫様。私めは貴方様の専属メイドです。もちろん何処へ行かれようともお供する所存です」
その答えにイレースィは、肩をすくめる。
幾度この問答を繰り返した事やら。彼女がそう断言するならば、イレースィにはもうどうしようもない。
神界にイレースィが存在した頃からの長い付き合い故に、彼女の意思を翻すことができないのは何よりイレースィ自身が一番よく分かっていた。
彼女は何も『(メイドとして)そうあれ』と主神に生み出されたわけではない。
そもそもアルマは光を司る上位の女神だ。
普通ならば世界の何個かは管理するべき立場なのである。
もちろん主神も最初はアルマに対し難を示した。
しかしアルマの一言によって主神は大きなため息を吐いた後、それは黙認されることとなった。
「幼き姫様に光を見出したのです!! 私はこの光を見るため、慈しむため、守るために存在したのでしょう!」
とまで言われてしまえば、光の女神として「そうあれ」と創った主神には返す言葉もなかった。
以来常にメイド服を身にまとい、光の女神だけあって金の髪や金の瞳は美しいのだが、髪は後ろで丸められメイドとはかくあるべし、というように無表情を貫き通すようになってしまった。
十万を機に年齢を数えるのを辞めたと言っていたアルマだが、見た目は人でいうところの20歳頃だろう。
なんともったいない事かと、あらゆる神々はため息をこぼしていた。
ちなみにアルマのメイドはただの趣味である。
しかし、ただの趣味と侮るなかれ。
その忠誠心は主神の娘であるイレースィに対して本物であるのは疑いようもないし、あらゆる先進世界からの技術を吸収し、さらにはそれを昇華させたメイドとしての技術は文字通り神業だ。
百歩譲って世話をするのなら分かるが、なぜメイド? と聞かれれば確実に第一世界の影響なのだろう。
最も文明が発達した第一世界は、いっそ過保護といえるまでもの多数の神々によって管理されている。
だからこそ、あらゆる神々は第一世界を寵愛し、娯楽や文化を神界でも真似している。
神界のトレンドは第一世界のトレンドと密接にリンクしているのであった。
◇◇◇
一際大きな扉を前に二人は立ち止まる。
その扉はただ大きいだけで装飾一つもなく、この神界においてはかなり珍しいものである。
「ほう、ここが廃棄寸前の世界が集められた場所か!」
大きな扉の前に立ち、目を輝かせたイレースィは侍女であるアルマに問う。
「はい、姫様。本来ならば姫様にはあまり立ち寄られては欲しくない場所なのですが、今回ばかりは……致し方ありませんね……」
「死特有の臭いだな。私は全く気にしないぞ、アルマ!」
ケラケラと笑う主を見て、アルマは一つ嘆息すると、仕方ないとばかりに意を決し一歩踏み出し、全長五メートルはあるであろうその両扉をゆっくりと開いていく。
重々しい扉の音と共に二人の目の前に広がるのは、ただただ薄暗く、どこまでも地面が続いていくような不思議な空間であった。
完全な暗闇において、薄暗いとされるのは仄かに発光する淡い光を放つ扉おかげだ。
微かな光を発する扉は理路整然と左右に分かれ無数にあるが、それは正しく〝扉〟だけであり、傍から見ただけでは何かを隔てているようには見えない。
その光放つ扉の先は、これから消えゆく世界が置かれた管理部屋。
扉の先に移動させられた世界は救われる事はなく、少しの延命程度しか成すすべはない。
ここはまさしく世界の墓場であった。
「さて。それでは神々の試練とやらを始めるために、さっそく案内人とやらの元へ赴こうではないか」