噂のミルクティー
三題噺もどき―ひゃくさんじゅうなな。
お題:ミルクティー・現実・カッター
毎日毎日暑さが増している。日々更新していく気温。
―よりもさらに、高い頻度で更新されているものが一つ。
青い鳥や、グラデーションのおしゃれなカメラのアイコン。つまりはSNSと称されるもの。
その世界で、今、じわりじわりと、噂になりつつあるものがある。
不思議な「ミルクティー」があると。
一昔前、透明なミルクティーというものが流行った。見た目は水なのに、ミルクティーの味がするという、なんとも不思議なものである。視覚情報と味覚情報の相違がすごく起こりそうである。…実際飲んだことがないものだから、何とも言えないが。
しかし、いま話題になっているのは、見た目は普通のミルクティーなのだという。
―350mlの、今では割と見るようになったサイズの小さめのペットボトル。500mlでは少々大きいという意見から生まれたのだろうか。
それには、もちろん、プラの薄いラベルが巻かれている。
ただただ白い、真っ白なだけのラベル。それが上半分を覆っている。
それには、よくあるような成分表示やカロリー表示、賞味期限なども書かれていない。あの小さな文字度細々と書かれているあれは、ない。
ただ、ラベルいっぱいに『milk tea』と、白い文字で書かれている。
白いラベルに白い文字を書いていると、見えないのではないかと思うが、それが不思議と見えるのだ。“白”と一言で言っても、何色もあると言うし。それをうまく組み合わせたら、白に白といっても見えるのだろう。―見えないかもしれないけど。
そこはまぁ、感覚の違いだろう。案外見える液体の色から、ミルクティーだと判断しているだけで、文字は違うことが書いているかもしれない。
中身がミルクティーだから、ミルクティーと書かれているのだろうと、そう思い込んでいるのかもしれない。
ペットボトルを目にした時点で、それがミルクティー見るだと分かる。そうなるように、白でおおわれていない半分は、独特なあの色合いが見えるようになっている。
あの何とも言えない、茶というか肌色というか、ベージュというか…あれは何色と称されるのだろう。残念ながら寡聞にして知らないが。
単純にミルクティー色と言った方が伝わりそうだ。
見てくれはそのように、普通のものである。
ラベルのあれこれに関しては少々疑問が残る所もあるが。
それ自体が、このミルクティーが噂になっている原因ではない。それ自体は、疑問に想えても提唱するものはいない。
ではなぜ、このミルクティーがこうしてまことしやかに噂されつつあるのか。
曰く―
このミルクティーが、なぜか写真として記録に残すことができないのだという。
噂になり、何人もの人間が写真を撮り、SNSにその姿を広めようとした。どうにかして。
しかし、その姿は写らない。モノはそこにあるのに、レンズを通した途端、見えない。映らない。―残らない。
まるで、“そこにある”という現実を、カッターナイフできれいに切り取ったように。現実にあるペットボトルを、写真という空間から切り取っているような。
そして、そのミルクティーを“飲んだ”という記憶はあれども、記録として残すことができないという。味とか、風味とか、見た目とか。文字に残そうにも、曖昧になってしまうという。
特に味に関しては曖昧もいい所なのだ。ミルクティーの色をしている以上それの味だと思うが…コーラの味だったような気もしてくるという。水のような気もするし、コーヒーのような気もする。
―しかし同時に、あれはたしかにミルクティーだったと、思ってしまう。
ただそのミルクティーを飲んだという、事実は、現実は、彼らの中で、わだかまりのように残る。
さらにもう一つ、それが噂される原因がある。
それは、コンビニにもスーパーにも売られていない。
―非売品であるという事。
しかし、飲んだ人間は口をそろえて、金を払って購入したと言い張る。
ではどこで?と問うと、また口をそろえて、分からないという。
そのミルクティーは、いつの間にか、そこにある。
現実に現れる。
買ったはずはないのに、自分で支払いをして購入したような―気分になっている。
そしてそのミルクティーは、ペットボトルは消えてなくなってしまう。
そこだけを、カッターナイフできれいに切り取ったように。キレイさっぱりと。
飲んだという事実と、買ったという違和感と、なくなったという喪失感を残して。
「……」
そして、そんな噂のミルクティーが、今、目の前にある。
あなたは、どうしますか?