6.お転婆令嬢とお澄まし少年
「いつもこちらのお部屋から見える素敵なお庭を是非歩いてみたいと思っておりましたの。もし、お許しいただけるなら是非、散策させて頂きたいのです。」
広大な敷地を誇るサフィール公爵家のお屋敷。もちろんお庭だって広い。なんなら、立派な庭園の端にはちょっとした森まで広がっている。さすが公爵家…。
「僕でよろしければ喜んでご案内させていただきます。」と微笑んでくださったアルベルト様が、すぐに薔薇の咲き乱れる庭園へ案内してくださった。まずは第一関門クリアだ。
優しい花の香りがし、色とりどりの上品な薔薇が咲き乱れる庭園にアルベルト様が加わると、まるで宗教画のような神々しさが滲む。その光景に、またもやお姫様気分になりそうな自分の気持ちを律し、あえて立ち止まってしゃがみこむ。隣を歩いていたアルベルト様はもちろんすぐに止まって同じようにしゃがんで、声をかけてくださった。
「ご気分が優れませんか?気がつかず、申し訳ありません。つい浮かれて勇足になってしまった。あちらの四阿で少し休まれませんか?」
申し訳なさそうに眉尻を下げる彼の表情を無言でじっと観察し、推論に間違いはないと確信する。申し訳無さそうな顔をしてはいるが、よく見ると若干だるそうな目をしている。体力のない"御令嬢"に絶対物足りなく思っているに違いない。私は隣にしゃがむアルベルト様にしか聞こえない声で、こっそり話しかける。
「….ありがとうございます。……あの実は……。私、本当はあちらの森で、アルベルト様と遊びたいのです……。あんなに立派な木が沢山生えていて、木登りしたらさぞ気持ちいだろうと思うと堪らなくて…。……あの…アルベルト様は登られたこと、ありますか?」
私の内緒話にきょとんとしながらも、興味をそそられたのだろう、アルベルト様も後ろの侍女たち2人に聞かれないよう小声で答えてくれる。
「木登り、ですか…。私はしたことがありません。森の奥までは難しいですが、ご案内はできますよ。…トマス嬢は木登りをされたことがおありなのですか?」
やった!木登りに食いついてくださった!
恥ずかしさと作戦成功への期待で顔が赤くなってしまうが、これは私のお転婆具合をアピールするチャンス!!
「……大変にお恥ずかしながら、木登りは得意ですの。昔から、近所にすむ従兄弟や使用人の子ども達に混ざって外を駆けまわっていたもので……。あちらの森を見た時からつい、木登りや釣りをしたくなってしまって……。それで、今日こそアルベルト様をお誘いしようと、適した服を着て参りました……。アルベルト様さえよろしければ、あちらの森で一緒に遊んでいただけませんか……?」
うるうると上目遣いで彼を見上げれば、困りつつもグレーの瞳がキラキラと好奇心に輝く。瞳は正直だ。小声で、なるほどそれでその装いだったのですね……等と珍しく答えにならない発言まで返ってくる。……もうひと推しだ!
「……アルベルト様、差し出がましいようですが、もしも使用人の目が気になるなら、私におまかせください。なんとか致します。覚悟が決まったら私の手を握って下さい。」といって、手を差しだす。少し躊躇いがちに、そっと優しく私の手を掴んでくださったアルベルト様とぎゅっと短く握手をかわす。最後に小声で「いいですか?全力で追いかけてきてくださいね?森の入口あたりの木の上で待っています。」と声をかけると勢い立ち上がり、全速力で森へ向かって走り出す。え?と戸惑うアルベル様と後ろの侍女たちに聞こえるよう、大声で叫ぶ。
「鬼さんこちらっ!手の鳴る方へ〜‼︎」
ズボンをはいて本気を出したお転婆娘のすばっしこさを舐めてもらっては困る。木登りをしたことのない公爵家の坊ちゃんや、ロングスカートにヒールを履いた侍女たちなんてあっという間に巻いてみせたのだった。
強制鬼ごっこをしかけて逃げ果せた私は、森の中の手頃な木へ登ってアルベルト様が追いつくのを葉に隠れて待つ。強引なやり方ではあったが、彼に言い訳を作るためにはこれしか思いつかなかった。
今日までの彼の子どもらしからぬ完璧な振る舞いを見れば、公爵家の肩書がいかに重いものであるか分かる。賢く、優秀な彼は、この歳で既にその役割を理解し、完璧にこなしていた。それでも、私は公爵家次男と伯爵令嬢としてではなく、"アルベルト様"とお友だちになりたかった。そのためには、私が馬鹿になるしかないと思った。今回のことが大人達にバレて怒られるのは私だけで良いのだ。……もしかしたら、もう2度とサフィール公爵家の敷居は跨げなくなるかもしれないけれど、それでも良かった。
私が今まで出会った同年代の誰よりも賢く、カッコいいアルベルト様。父との課題なんかなくても、私はアルベルト様の"一番のお友だち"にどうしてもなりたくて必死だったのだ。
閲覧ありがとうございます!
続きはまた明日掲載予定です。
なかなか現在に戻れない…。
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