33.取巻き令嬢は困惑する
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アルベルト様にファーストネームを呼ばれながら休日を過ごすという夢のような時間はあっとう間に過ぎさり、気がつけば私はひとり家の迎えの馬車の中で呆然と夕日を見つめて揺られていた。
せっかくデート特集の取材にかこつけてアルベルト様と自然な流れでデートもどきを体験できるという一世一代の大チャンスだったのに‼︎ 貸してくださった腕を取るため、普段よりもぐっと近いアルベルト様との距離に気づいたあたりから、私の頭は終始処理落ちしてしまっていた。無事に遊覧船やカフェなど取材を予定していた場所はすべて周りきれたが、終始夢のなかにいるときのようにフワフワと浮ついていた。取材だけはなんとか使命感で乗りきれたが、とことん情けない。
だって、普段エスコートしてもらう時とはまるで違うんだもの。例えば、レオ兄様の固くしっかりとした腕はいつも私を安心させてくるけれど、アルベルト様がお相手だと安心なんて産毛の先程もできなかった。むしろ緊張に指先が震え、腕を取る手ははしたなくしがみつきすぎていないか、逆に私の下心のせいで淑女にあるまじきほど不自然なほど遠のいてはいないか、と己の一挙手一投足に自信が持てず、意識をしないと呼吸も忘れてしまいそうだった。
だって近すぎるんだもの!!!!!
華奢にみえてその実、しっかりと筋肉のついた腕から伝わる彼の体温、いつもより強く香るマンダリンの甘やかな匂い、お話中に聞こえてくる息遣い……。そのどれもが彼との近さを物語る。レオ兄様とだったら何でもないはずの距離なのに、アルベルト様がお相手になった途端、とんでもなく密着しているように思えるのだから不思議だ。そして、そんなことを考えてしまうこと自体が恥ずかしくて堪らない。
だけど、その、近さを感じさせるどれもが私の恋心をくすぐった。
今この時だけは、私のためだけに差し出された腕なのだ、と思えたから。だから、本当にどんな些細なことにもはしゃいで、勝手にドキドキしてしまったと反省してしまう。特に……。
「……ずっと見てましたよ。本当に。相変わらず綺麗だ。」
そう言って切な気に笑ったアルベルト様の姿がふいに浮かんだ。
途端にボンッ!と音をたてて急激に頬が真っ赤に染まる。あれも彼にとってみたら些細なことだったに違いないのに、思い出すだけでも危険なほど動悸がした。あの時のあの言葉は、王都への感想だ。それなのに、私ときたら、まるで自分へと向けられた言葉に聞こえてしまって。思わず振り向いたら、アルベルト様があんまり切なげに、何よりまっすぐ私を見つめていて。あんなに切なそうだったのは、王太子様と過ごした幼き日々へのノスタルジーでしかないのに。
"もしかしたら、アルベルト様も私を想ってくれているのかもしれない"
なんて考えがよぎった。あまりの衝撃に息を吐きだすことも忘れ、ただぎゅっとデッキの柵を握りしめた。そして、アルベルト様が隣に並んで柵から身を乗り出し、懐かしそうにフランツ様との思い出話を語りはじめたのが聞こえてきてはじめて、”私のことじゃない”と思考が動き出した。それと同時に、先ほどの自分の思い込みが恥ずかしすぎて穴を掘って埋まってしまいたいと思ったのだった。船の上だったけど…。
「あんな台詞をあんなに麗しい人があんな表情で言うのがいけないのよ……!」
思い出すだけでも荒ぶる思考を一旦落ち着けるため、独り言をつぶやきながら、真っ赤になった頬を窓に押し付けて物理的に冷却する。夏とはいえ、夕暮れの窓はひんやりと冷たくて気持ちがよい。じわじわと熟れた頬の熱が冷めるのとともに、思考も少しずつ覚めてくる。
ふぅと大きく息を吐いて背筋を正し、心のなかで自分に言い聞かせる。
落ち着くのよ、リリー。急に縮まったアルベルト様との距離にくらくらして、勘違いしてはいけない。きちんと思い出して。
私のアルベルト様に対する気持ちは、彼にとってみれば取るにたらない鬱陶しい気持ちなのだと忘れてはいけない。学院や社交界で引く手数多の彼は、自分を慕って誘ってくる女性たちへ最低限度のマナーをギリギリ保った挨拶しか返さなくなる。キラキラとした笑顔と優しい口調で誤魔化し、決して靡かず、やがて二度と近づかせてはくれなくなるのだ。"仕事仲間"として適切な距離を心がけなくては、今の距離さえも保てなくなってしまう。いつか彼の心を震わす素敵な”お姫様”のための席に、私は到底座ることはできない。けれど、"仕事仲間"としてなら隣に座ることを許された。その幸せを失いたくはない。アルベルト様にとってはマナーの一環でしかないただのエスコート。でも"デートごっこ"としてほんの一時、ただの仕事仲間が未来のお姫様の席を間借りさせてもらってしまった幸運を噛み締める。
「明日はどんな顔をして会えばいいのかしら……」
王都の建物の間から覗く海の向こうへと沈んでいく夕日がこんなにも惜しいのは、あの一瞬、間借りじゃなくて本当の彼のお姫様になれた気がしたからかしら……。
なんて、今日の思い出を抱きしめながら10年の片想いのご褒美に、まだ見ぬ素敵なお姫様の席をもう少しだけ貸してもらいたいと願ってしまった。……だから、バチがあったたのかもしれない。
バロット公国の公女・タナ様が短期留学されるという話が急遽もちあがったのは、それから二週間後のことだった。
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