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1.王太子カップルとその取巻きのお茶会





 なんて綺麗な光景なのかしら…。




 ここは緑萌ゆる学院庭園の一角。王太子様カップル主催の個人的なお茶会での出来事。


 突然吹きつけた強い春風が、私の目の前に座る男の柔らかな髪を嬲る。男性にしては少し長めのまっすぐなプラチナブロンドが、陽光を透かしてキラキラと輝いて眩しい。彼のあまりの美しさに私は小さく息をのんだ。


 けれど、当の本人は鬱陶しいのだろう。旗めく深緑のジャケットは風に任せたまま、桜色のうすい唇や、アーモンド型のグレーの瞳に髪がかからないよう、華奢な白い指で乱雑に後ろへかきあげる。


 儚げで端正な見た目からは落差のあるワイルドな一連の仕草に、私は魂を抜き取られたかのように今度はぼうっと見惚れてしまう。


 この瞬間をどうにか切り取って、何度だって見返したい……。どうしてここに、いつものノートを持ってこなかったのかしら……。なんて。幼い頃から10年近く、私は何度、同じことを考えているのか。我ながらいつまでも学習しないと思いながらも、やっぱり目が離せない。今なお私を虜にしている彼こそ、王太子様の良き友人・サフィール公爵家が次男・アルベルト様であり、私、リリー・トラス伯爵令嬢が長年ひっそりと惹かれ続けている想い人だった。




「すごい風ね!リリー、大丈夫?」




 私の顔を心配そうに覗き込むジュリア様の美しい顔にはっと意識が戻る。伯爵令嬢として、男性を穴が開くほど見つめるなんてはしたない…!私は慌てて目をぎゅっとつむって短く深呼吸をする。


「申し訳ありません。突然の強風に驚いてしまって。お恥ずかしながら、わたくし一度、お化粧を直しに行きたいです。帰りにお教室からストールを持ってこようかと思うのですが、ジュリア様もいかがですか」


 今の突風で乱れてしまったジュリア様のストロベリー色の髪と、寒さで少し赤くなってしまった鼻に素早く目をやり、自然な流れでの一時退席を促す。目の前に座るアルベルト様はもちろん、斜め向かいの王太子様にも聞こえるよう、いつもより気持ち大きめの声を心がける。私の目線の意図に気づき、乱れた部分の髪を隠されたジュリア様も「わかりましたわ。私もご一緒致します」と笑顔で答え、主催者の王太子様へ退席の許可を願う。



「フランツ様、申し訳ございません。リリーと共に一度、お化粧なおしに行かせていただいてもよろしいでしょうか」


「気にするな。行ってこい」


 などとクールぶっている王太子・フランツ様だが、実は初恋の人である婚約者のジュリア様のことになると、どうもご自分のお気持ちでいっぱいいっぱいになってしまう。今も、珍しく髪の乱れたジュリア様に見惚れて、ご婚約者様が寒がっていますよ?という、私からの遠回しなヒントにお気づきでないご様子。ジュリア様のいない所ではいつも完璧な王子様だからか、こういった空回りがなんとも微笑ましい。



 とはいえ、招待を受けた令嬢の方から場所を変えてくださいとは言いにくいので、どうにかお気づき願いたい。ジュリア様はあなたに可愛いと言ってもらうため、寒さ度外視のオフショルダーをお召しなんです。友人として、このままこの冷たい風の吹きつける庭園でのお茶会続行は体調が心配だ。たとえ馬に蹴られたとしても、早めに切り上げましょうと声をかけざるを得ない。


 お願い、助けてください、とあてにならない王太子様にバレないよう、ちらりとアルベルト様へと視線を流す。バチリとグレーの瞳とかち合うけれど、すぐに視線はそらされ、面倒くさそうに眉間へ皺が寄る。目があったことへのトキメキ半分、面倒くさがられたことへの落ち込み半分…。幼い頃はリリーと親し気に呼びかけてくれていたし、いつも優しく笑ってくれていたのに。いつからこんなに嫌われてしまったのかしら…。


 そんな私の心中も知らず、それでも視線の意図をくみ取ってくれたアルベルト様は瞬時に眉間の皺を無理やり伸ばし、不自然なまでにキラキラの笑顔を貼り付け直して口を開く。


「フランツ様、恐れながら。風も強くなって参りましたので、御令嬢方が席を外されている間に、温かい温室へお茶席を移動させてはいかがでしょうか」


 友人兼お目付役のアルベルト様からの不自然な笑顔とわざとらしくかしこまった敬語での進言に、眉をよせる王太子様。しかしすぐに困惑した顔で苦笑されたところをみるに、ご自分の配慮が足りなかったことに気がついていただけたようだ。


「ジュリア、トラス嬢。気が利かなくて悪かった。新しくジンジャー入りの紅茶を用意して、温室で待っている。この分だと、しばらくアルベルトに怒られそうだ。従弟に怒られる姿なんて見られたくないから、少しゆっくり戻ってきてくれると助かる」と困り顔のまま私たちにウインクしてくださった。なんとも憎めないお方だ。ジュリア様と私はクスクスと笑って答え、お言葉に甘えて一時退席させていただくことにした。アルベルト様といえば、私たちへ軽い会釈をすると周りの侍従たちへテキパキと指示をだすのに忙しく、再び目が合うことはなかった。


 黙っていれば、大変絵になる私の初恋の君は、王太子殿下の友人兼お目付役として大変クールで有名だった。しかしその将来性と端正な顔立ちから、社交界中の女性を虜にしている高嶺の華のおひとり。それに比べて私は、いくら未来の王太子妃・ジュリア様の一番のお友だちとはいえ、伯爵令嬢。しかも、商売上手が運よく二代続いたおかげて爵位を獲得できた成金の新興貴族だ。伝統を重んじる貴族社会のなかでその格の違いは圧倒的だ。


 それでも。この身分差に叶うはずがないと知っていても、長くこじらせつづけたこの想いの終わらせ方が分からない。そう考える今だって、まだ未練がましく彼の動きを目で追いかけてしまう。……だから嫌われてしまったのかしら。いい加減あきらめないといけないんだけど…とまた、いつもの終わらない思考のループがはじまってしまう。


 アルベルト様に婚約者でもできれば、あきらめもつくのにな。


 吐いて捨てるほど女性が寄ってくる彼が、どんなに素敵な女性にも靡いたことがないことを知っていて、そんな事を考えるのだから私も大概だ。でも本当にいつか、彼の心を射止める人が現れたのなら、祝福してこの恋を終わらせよう。だからまだ、このまま彼を好きでいたい。自分が結婚適齢期を迎えていることも分かっているけど、彼を想ったまま別の方と結婚するなんて失礼なことはしたくない。まあ、いざとなれば家業の手伝いに勤しもう。うん。そうしよう!一人納得した私はジュリア様とともに教室を目指して歩きだした。




 春の強い風に背中を押され、キャーキャーと楽しそうにジュリアとドレスを抑えて歩くことに必死になっていたリリーは、その姿をアルベルトが愛おし気にみていることに気づく由もなかった。



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