第12話 解けない鎖
生徒会室まで続く真っ直ぐに伸びた廊下は生徒会専用であるため、一般生徒はいない。
誰もいない廊下に、アキヒトは呆然と立ち尽くしていた。
今しがた、目の前の生徒会室に、レイージョとミヅキが入っていた。レイージョは自分がミズキと手を繋いでいたことは激怒して彼女を連れ去り生徒会室へと入った。
怒ったレイージョがミヅキに何をするか分からない。助けに行かなくてはいけないが、足が動かなかった。
自分は王太子であるが、アクヤーク家の者と結婚しないとその地位もなくなる。
「完全に足元を見られたね」
自分の軽率な行動を反省した。
国のために、高魔力も者は国から出したくない。そのために自分の側室にするのが一番だと思った。それはレイージョも同意見であると考えていた。
「まさか、レイージョは私に本気になったのか」
“嫉妬”と馬鹿にしていたが、彼女が自分の本気になっているなら悪いことをしたと思った。この国の王である自分の感情で物事を進めることはできない。
ありえない事であるが、王太子ではない自分をたまに考える。
アキヒトは大きくため息をついて、生徒会室の隣にある応接室に入った。
応接室には大きなソファが2つあり、その間にローテーブルがある。奥の扉には簡単なキッチンがありお茶を沸かすことができる。
「アキヒト様」
部屋に入った途端、聞き覚えのある声がした。
視線に入ってきたのはカナイだ。彼はソファの座り、優雅に紅茶を飲んでいた。相変わらず前髪で顔の半分を隠してるため表情が見えない。
王太子である自分が、入室したのに立つどころか紅茶を飲むのをやめずに視線だけをアキヒトに向けた。
「君は相変わらずだね」
彼の態度に苦笑すると、カナイは表情を変えずに「貴方の友人からです」と言った。
彼によく“友人”と言われるが、その言葉にいつもチクリと胸に痛みを感じた。それがなんだかは考えないようにしていた。
それが今の生活を崩しかねない感情であることくらいは気づいていた。
「そうか」となんでもない顔で言うと、カナイの対面に座った。
「何をしているのですか?」
「生徒会室にレイージョとミヅキがいる」
「ストーカーですか?」
「違うよ」
淡々と話すカナイにアキヒトはため息をついた。
「レイージョがミヅキを虐めないか心配なんだよ」
「だから、さっきから魔力を探っているのですね」
「そうだよ。ミヅキの魔力感知をして彼女の位置を確認している」
魔力の流れが見えるカナイに偽っても仕方ないと思い正直に言った。
「彼女らが出ているのを待たずに、部屋入ればいいのではないですか? ノーヒロさん虐められているのでしょう?」
「そうなんだけどね。レイージョをあまり刺激したくないんだよね」
「怒らせたのですか? 彼女はあまり感情を表に出さない方ですよね」
カナイは首を傾げると、アキヒトは困った顔して頬をかいた。
「嫉妬したようでね。ミヅキと手を繋いでいたら、彼女の手をつねったんだよね。更には婚約解消をほのめかされたよ」
「え?」
カナイは目を大きくした。珍しく表情を大きく動かした彼に驚いた。
「誰に嫉妬したのですか? ノーヒロさんと手を繋いでいたからですか?」
「そうだよ。いつも嫉妬したかと聞いても全く反応しなかった彼女だが、ミヅキが相手だと違うようだね。私がミヅキに本気になるとでも思っているのかな」
「そうですかね」カナイは難しい顔をした。「彼女はアクヤーク家である自分が王妃になる理由をしっかりと理解していると思います。だから、アキヒト様が今までどんな女性と仲良くしよと何も言わなかったですよ」
「確かに、彼女が感情的になったのは今回が初めてだね」とアキヒトは考え込んだ。
「興味があるのはアキヒト様じゃないかもしれませんね」
「ミヅキか」更に、アキヒトは考え込んだ。「確かに魔力を他者に渡せないが、では彼女に強くあたるのはなぜなんだ。優しくした方がいいじゃないかな」
「……演技とか?」
「うん?」
「自分がミヅキ・ノーヒロを狙っているとアキヒト様に知られたくないじゃないですか? アキヒト様は女性なら誰でもいいようですし」
カナイがため息をつくとアキヒトは「失礼な。選んでいる」と怒った。
「基準はなんですか?」
「遊びだと割り切れる女性だよ」
笑顔で力説するアキヒトにカナイは大きくため息をついた。
カナイは生徒会室ある方を見た。そこはただの壁であるがカナイが見れば壁の向こう側にいる人物の魔力が見られるのだろう。
「ミヅキの魔力は探さなくても分かるんだよ」
アキヒトもカナイと同じように壁を見て言った。
「本当ですか? それはすごいですね。魔力感知で特定の人間を探すのは大変と言っていたのに」
「相手に魔力の形を覚えてないと探せないから不便であったが彼女だけは違う。膨大な魔力が私に流れてきて場所を教えてくれる」
「運命だと思ったのですか?」
「運命?」アキヒトは鼻で笑った。「そんなもん信じちゃいないよ。私と同じ能力なら感じるよ。だから、危険だって話をしているんだよ」
「だから、特待にして生徒会に入れたのですよね」
「そうなのだが……。レイージョが反応するのが予想外であった」
「なら、全部レイージョ・アクヤークに渡してはどうですか」
カナイはニヤリと笑うと、アキヒトの表情が固まった。そして、レイージョがさきほど仄めかした言葉を思い出した。
それは考えたことがなかった方法だ。
「王太子ではない、アキヒト様でしたら誰と生涯を共にしたいのですか?」
「王太子ではない自分などいないよ」
思い浮かんだ方法を頭から追い出した。ありえない。
長く伸ばした前髪の隙間からカナイの漆黒の瞳が見えた。その瞳にドキリとしたがそれがカナイにバレないように笑顔を作った。
「私は平民のように恋愛をできる立場ではない。だから、そんな感情など持ち合わせてはいないのだよ」
「御三家貴族の君も同じだよね」
「う~ん」
「あぁ、そんだったね。君の家は貴族としては珍しい全員が恋愛結婚をしているんだよね」
彼の家族を思い出して、ため息をついた。
「王太子やめればいいじゃないですか。王族でも恋愛結婚している人いますよね」
「確かにそうだけどね」
王太子をやめるとか恋愛結婚をするなどいう発想は自分になかった。生まれた瞬間に目の前に道があり、その整備された道から外れることは許されなかった。
王族の自分を目の前にしても堂々と意見を言えるカナイがすごいと思った。その自由さが羨ましくも思えた。
「全ての鎖がなくなったら、君と過ごすのもいいかもね」
ありえない話だ。
だけど、国の事を考えなくていいなら能面な令嬢や魔力が高いだけの平民など相手にしたくない。
幼い頃から一緒にいる気の知れた友人と過ごすのは楽しいだろうと思った。
「だが、私は王太子なんだよ」
自分で言っていて悲しくなった。