五、混戦
難升米は、大鉄鉾を軽く横に薙ぐと、ブンと風を切る音がし風圧で地面の雑草が切れた。
夜邪狗は武者震いをすると、矢をつがえキリキリと弦を引き絞る。
今にも激突する寸前。
「ぐはっ!」
「うおっ!」
邪馬台国の軍の中で、血飛沫とともに絶叫が起こった。
彌眞は唇を噛みしめ、決意に満ちた表情で目を血走らせ、同胞同輩を己の鉄剣で斬りつける。
軍の中から、まさかの反逆者が出るとは夢にも思わない邪馬の兵達は、なす術もなく倒され混乱を起こす。
彌眞は一心不乱に剣を振るう。己が信じる者の為に。
軍の中団にいた彼は一気に最前線まで斬り込んだが、落ち着きを取り戻し、仲間の裏切りに瞳に怒気をみなぎらせる兵士達の逆襲がはじまった。
はじめは同士討ちを恐れていた兵長が、兵たちに斬り込みを許すと、自らも彌眞へと襲いかかる。
しかし老兵たちの多くが、彌眞に加担し、軍の混乱は増すばかりだった。
「こりゃあ、どうしたんだ?」
激突寸前に起こった仲間割れといえる混乱に、難升米は首を傾げる。
「ははは、疑問に思った兵士達もいたということだ。難升米、未来にかすかな光が見えたな!」
背後から、夜邪狗が言う。
振り返る難升米に彼は指を指し示す。
「あの青年を助けるんだ!」
夜邪狗はそう言うと、矢を放った。
矢は唸りをあげ、風を切り裂き幾人かの兵達を貫いた。
彼の恐るべき弓の破壊力に、わずかな恐れをなした兵達が、矢が描いた軌跡に隙間が出来る。
その先には、奮戦むなしく、今にも切り殺されそうな彌眞の姿があった。
「あれだ」
「心得た!」
難升米は猛然と駆け、兵士達を大鉄鉾で貫いた。
彼が一突きすれば四、五人が貫かれて絶命した。
恐怖で怯む兵士達に、難升米は大鉾を軽々と振り回し、頭上で旋風させる。
彼の巻き起こす剣圧だけで、近づく者は斬り刻まれるので後退する者逃げ出す者が続出した。
中には環濠の中へ自ら飛び込む者までいて、軍は大混乱に陥った。
難升米の目指す先に彌眞がいる。
橋の中央まで走ると、難升米は大鉾を橋に突き刺し、兵達を恐るべき形相で睨みつけ、身動きがとれないよう目で殺す。
「無事か」
難升米は武骨の将らしく、ぶっきらぼうに声をかける。
「はい」
彌眞はふらつきながら足取りもおぼつかないが、はっきりと返事をした。
「戦えるか」
難升米は彌眞を一目で気に入り、満身創痍の彼に問いかける。
「はい」
身体と心は裏腹の動きを見せる彌眞だが、まだ瞳は燃えていた。
もはや敵となった邪馬台国の兵に己の刃をむける。
それは難升米が思った通りの返事と行動だった。
「それはなにより」
難升米はにこりと笑った。
「だが、私の後ろに下がっていろ!若者をむざむざ死なす訳にはいくまい」
「・・・しかし」
「いいから行け!」
難升米は一喝する。
彼の怒号が響き渡る中、現れたのは老兵達の集団だった。
「難升米様」
彼等は元々難升米の配下の兵であった。
皆、頬を紅潮させ喜び、老将と生死をともにすることを誓った。
「そういうことだ。行け」
(ま、どちらにせよ多勢に無勢か・・・)
難升米は弱き心を、頭を振って打ち消した。
「いいか、少しでも長く生きよ!」
老将は老兵達と共に駆けだし、未曽有の大軍へと向かって行った。
「はい!」
彌眞は難升米たちの突撃する後ろ姿をその目に焼きつけると、踵を返し神域の門へと走った。