九十二話 「これで勝ったと思うなよ!」
「ついにこの日が来たわね」
女子寮の食堂でスフロアがそう言って来た。
「ちゃんと眠れたか? 緊張すると眠れなくなるって言うよな」
俺は箸を置き、スフロアにそう返す。
スフロアの他に、ルクダとダフティ、それと部屋から俺と一緒に来たラフティリも居る。
食堂にあるテーブルをいつもの面子で占拠して、朝ご飯を食べるのはこれでもう百回に届くのではないだろうか。
「子供じゃないのだからそんなワクワクして眠れなくなるなんてヘマ犯さないわよ!」
「いや、子供だろ……。おまけに、俺よりも」
「最近誕生日を迎えたからって生意気ね。一歳しか変わらないでしょうが」
「まあでも寝られるか。六歳のラフティリもいつものように爆睡していたし」
「よく寝たわ!」
俺に話を振られたラフティリはガツガツご飯を食べていた手を止めて、そう返して来た。
スフロアはそんなラフティリを見て、「ちょっと羨ましいわね……」と呟いた。
「ルクダも良く寝たよ!」
ラフティリと同じく、ご飯をモグモグ食べていたルクダが話に混ざって来た。
口の周りに付いていた食べカスをスフロアが「ほら、ゆっくり食べなさい」と言い拭う。
「ありがとー、スフロアちゃん! でも、ルクダももう子供じゃないから何があってもちゃんと寝られるよ!」
「成長したな……。初めて保育園で会った時ははいはいも出来ていなかったのに……。子供の成長ってやっぱり早いんだな」
「もー! そうやって直ぐ子供扱いするー!」
「ほんとよ。というか、はいはいが出来ていなかったのはアズモの方でしょ」
怒るルクダをスフロアが宥める。
子供扱いする俺もあれだが、スフロアもナチュラルにルクダを妹扱いしている節があると思う。
「そんな悪しき記憶、俺にはない」
はいはいが出来なかった記憶は封印している。
幾ら何でも恥ずかし過ぎるからだ。
自分で時々思い返すだけでも「うわぁっ」となるのに、人から言われると顔が赤くなる程に恥ずかしい。
だって、俺の中身はもう何歳だ……。
アズモが一歳の時に憑依して、一年くらい泣きまくっていたら急に保育園に入れられて、学園に入学して最近またアズモが誕生日を迎えて七歳になった。
俺の記憶が正しかったら、俺は十七歳だったはずだから……二十三歳!?
嘘だろ……?
「またアズモが面白い顔しだしたわね」
「イエラもあたしの寝姿撮るんじゃなくてこいつを撮ればいいのに」
アズモの中に俺が居る事を知っているスフロアとラフティリが周りには悟られないように小言を言って来る。
『私としても、私の顔を歪ませるのは止めて欲しいが』
アズモも参戦してきた。
そりゃアズモの顔だもんな。
言いたい気持ちは分かるが、勝手に変わる表情を止めろと言われても難しい。
俺は表情が豊かな方なんだ。
凝り固まっていたアズモの表情筋は絶対俺のお陰で柔らかくなった。
「……」
ルクダが意味ありげな視線を俺に向けていたのに気付いた。
「どうしたルクダ?」
「ううん、なんでもないよ」
ルクダがなんでも無いと言っていたから、それ以上深堀はせずに「そうか」とだけ返した。
ダフティがルクダとスフロアの部屋にお邪魔しに行ってから、スフロアとは毎日喋る時間を取り喋っていた。
ほぼ内通者で確定のダフティに何かされる事を危惧して確認をしていた。
結果は何もしていないとの事。
毎日、三人で色んな事を喋っていると言っていた。
話題としては、クラス対抗戦の事が多い。
出場する生徒が三人集まっているという事もあり、どうするかの作戦を話し合っているらしい。
それ以上の内容に関しては、対戦相手の俺には話してくれないが、ダフティが危険な誘いとかをして来るなんて事は無いと言っていた。
毎日、作戦の事をああでもないこうでもないと話し合い、寝る時間が来たら普通に寝る。
スフロアは最近のダフティの行動を俺にそう教えてくれた。
「皆さん大人ですね。私は昨日寝るのに時間が掛かりました」
スフロアから教えてもらった事を踏まえ考え事をしていたら、ダフティがそう言った。
「今日は十五組との対抗戦なので、アズモさんとラフティーさんが居るのもありますが、兄様も居ます。私より強い兄様とちゃんと戦えるかが心配で眠れませんでした」
「なるほどな。だが、ブラリはブラリでダフティの方が強いと言っていたぞ」
「まさか。兄様に私が勝てる訳がありませんよ」
ブラリは「僕より断然真面目に習い事に取り組んでいたし、ダフティは僕より強いよ」と言っていた。
俺にダフティを倒させる為に様々な事を教えてくれ、訓練に励んだ。
話を聞いた感じでの所感だが、ブラリとダフティどちらが強いかは正直微妙な所だと思う。
戦闘力は全然離れていないと考えている。
だから、ダフティが言うように「絶対にブラリに勝てない」なんて事は無いはずだ。
もしかしたら、今のその発言にも何かしらの意味があるのかもしれない。
だが、ダフティが本当は何を考えているかなんて俺には分からない。
分からない俺はブラリの言われた通り、ダフティに勝つだけ。
それだけを考えて今日のクラス対抗戦に臨む。
「大丈夫よ! ま——」
「あぶねえ!」
ブラリの作戦を知っているラフティリが何かを言いかけたので、慌ててラフティリの口に食べ物を突っ込む。
作戦がバレてしまうのは不味い。
「……ねえ、ラフティーは何を言いかけたのかなー?」
スフロアがニヤリと笑い、そう言う。
スフロアに質問をされたラフティリは口をもぐもぐ動かせてまた何の躊躇いも無く喋ろうとしたので、俺もまた食べ物を突っ込んだ。
ラフティリは俺に何か言いたげな顔をするが口に物が入っているので喋れない。
よく分からないという顔をしながら咀嚼していた。
「させるかよ。うちのラフティーの無邪気さを悪用させるかっての」
「あら? 私はラフティーが何かを言いかけていたから気になっただけよ?」
「何するのよ! むあっ!」
俺はボロが出る前に再びラフティリの口に食べ物を突っ込んだ。
このままじゃ埒が明かないと思い、立ち上がり食事中のラフティリを抱えた。
「これで勝ったと思うなよ! この後絶対ぶちのめしてやるからな!」
「何処の悪役よ……」
俺はラフティリを抱え敗走した。
ここで負けても良い。俺達の勝負はこれからだ。
—————
『本当に面白い人達です』
声が聞こえた。
俺の宿主の声だ。
ああ、本当に聞いた通りだったな。
俺は宿主にそう返した。
学園に入るに当たって、組織では様々な注意を受けた。
それがあって学園生活は守らなければいけない事が多く窮屈だったが、比較的楽しく送れたと思う。
クラスの連中が良かった。
あいつの友達をなんとなく入れてみたら、片方は異形化する素質があったのも良かった。
俺としてはそっちの方が異形化するのかと驚いたが。
面白い能力を宿してくれたと思う。
これなら持ち帰っても許されるだろう。
……ただ、残念だな。
あいつの中の人間は今日で最期か。
『残念ですか? 人間ですよ?』
相変わらず俺の宿主は人間を毛嫌いしている。
家族を殺されたくらいで怒って俺を生み出すなんて変な奴だ。
面白い奴だったら別に何しても良いと思うんだけどな。
『私は許せません。だから、最高の絶望を与えます』
本当に上手くいくのか、その作戦は?
『家族が全て上手くやると言ってくれました』
その家族はお前の思想に同調してくれているかなんて全く分からないけどな。
『私の最後の家族ですよ? 私に賛同してくれます』
だと良いけどな。
まあ、俺としてはどう転んでも面白そうだから別に良いけど。
だって、今日は暴れてもいいんだろ?
『はい。今日は大丈夫です。学園生活もこれで終わるので遠慮なく好きなように』
ああ、それは最高に嬉しい。
この身体で生まれてから暴れるのは二回目か。
あの時は最高の殺しが出来た。
ほんと俺の宿主もよく俺をここまで抑え込んだもんだよ。




